この中に身を置いて、感動に包まれたい。4層の客席がステージを取り囲む。車椅子にも対応。4階席は地上9階に位置する。
新たな物語の始まり
10月7日、札幌の中心部に「さっぽろ創世スクエア」(北1条西1丁目)が全面オープンした。26階建ての「高層棟」と、9階建ての「低層棟」がある。高層棟はオフィス棟で1〜7階はテレビ局のHTB(北海道テレビ放送)が豊平区南平岸から本社を移転し、入居した。
低層棟の「札幌市民交流プラザ」には、愛称hitaruと呼ばれる「札幌文化芸術劇場」とSCARTS(スカーツ)と呼ばれる「札幌文化芸術交流センター」、「札幌市図書・情報館」が入る。
都心の新しいにぎわいが生まれようとしている。新たなランドマークの中を見て回った。
新しい劇場のhitaruは、創世スクエアの目玉と言ってよいだろう。建物の北側から見ると、窓の無い大きな箱のように見える部分に、劇場がすっぽり入っている。最上階の4階席は建物では9階にあたる。10月7日、8日、こけら落とし公演でヴェルディのオペラ「アイーダ」が満員の観客で上演されたばかりだ。グランドオペラと呼ばれる大がかりなオペラが上演できる劇場は北海道にはなく、ここができて初めて可能となった。
客席数2,302。これは営業を終了したニトリ文化ホール(旧厚生年金会館)とほぼ同じ。さまざまな公演の主会場となっていた同ホールが老朽化し存続が危ぶまれた段階で、新たなホールの必要性は必然のものとなり、新劇場建設の構想が生まれた。10年程前からの計画だった。
どんなホールにするのか、コンセプトを作る上で白羽の矢が立ったのが現在hitaruの舞台技術部長を務める伊藤久幸さんだ。2016年、この劇場を作り上げるため札幌に移り住んだ。それまでは、東京の新国立劇場の技術部長として日本を代表する劇場を裏で支えた。
「新国立とは違うミッションがここにはある。地域にどう使ってもらえるか、そこを一番に考えました」と、伊藤さんは語る。
オペラ、バレエ、ミュージカルはhitaruの3本柱ではあるが、その他にもポップスから演劇まで、幅広くこなせるのがこの劇場に求められたことだ。
「劇場は器にすぎませんが、北日本の拠点として、広告塔となるような物になったと思います」と話す。技術部のスタッフはすべて地元で採用し、日々の実践の中で最新の設備に触れながら、舞台技術のスキルを磨いている。「技術者の底上げをしていくことも大事な役割のひとつ」という。
「設備的には最新鋭のものが入っていますが、それはあくまで裏方のこと。『今日の舞台はよかった』とお客さんに言ってもらえるのが何よりです」と話す。
市民交流プラザ館長の石井正治さんと、最上階の4階席に座ってみる。
舞台を下に見下ろすが、小声のせりふも聞こえるように設計されているという。
とはいえ、その設備も気になる。交流プラザ館長の石井正治さんに館内を案内してもらう。石井さんは札幌国際芸術祭の担当を経て、2017年4月からこの施設の開設準備に関わった。
建物一階、あるいは地下からエスカレーターを乗り継ぎ、建物の4階に上がったところが、hitaruのメインロビーだ。入口を入ってまず驚くのがすぐ左側にあるクロークの間口の広さ。北海道の劇場ならではのありがたい配慮だ。ここからもう一つエスカレーターで上がった5階が劇場の1階席となる。床の赤いじゅうたんや階段の金色のモールに気分が高まる。
客席への二重扉を開けると、暖かい茶色を基調とした4層の客席の連なりが目に飛び込み、圧倒される。客席の手すりが描く大きな曲線が舞台そばのバルコニー席まで続く。
舞台ではリハーサルが行われていた。見えている舞台の裏と横にさらに三つの舞台があり、大がかりな場面転換が短時間に行えるようになっている。最上階の4階席に座るとさすがに高さを感じるが、舞台から一番遠い席でもその距離は40メートル以下で、舞台上のささやきも聞き取れる設計がなされている。主舞台後方に可動式の音響反射板を降ろすことができたり、バトンと呼ばれる照明や舞台装飾の昇降器が42基あったり、演出の幅が段違いに広がったのも大きな特徴だという。
「閉館したニトリ文化ホール(旧厚生年金会館)は純粋に貸し館でしたが、hitaruは同じ規模の客席数を引き継ぎながら、2割の自主事業を行うところが特徴です。高機能な舞台機構を活用したものを考えています。今のところ特に芸術監督のようなものは置かずに、地元の有識者などの助言を受けながら自主事業の内容を決定しています」と、石井さんは語る。
建物1〜2階部分にはSCARTS(札幌文化芸術交流センター)がある。「市民の創造的な活動を支援する」というミッションがあり、さまざまなイベントも行われる。「文化、芸術に関わる情報が札幌一集まる場所にしたい。アートに関するよろず相談所的なところですね」と話す。
図書・情報館館長の淺野隆夫さん。2階の円形書架にて。
棚はテーマに沿って作られていて、眺めているだけでも面白い
建物1〜2階、外からもいちばん目につくところに「札幌市図書・情報館」がある。札幌市教育委員会が運営し図書館の管轄なのだが、「図書館」という言葉ではくくれない斬新さにあふれる。
本に囲まれているが1階は飲食自由で、北海道と札幌の魅力を発信する場所、2階は飲み物のみOKで、働く人が利用しやすい場所、という位置づけがある。図書の貸し出しは無く、小説や児童書のコーナーは無い。ミーティング利用歓迎、「静かに」することは、一部の部屋を除き要求されない。
館長の淺野隆夫さんに話を聞く。9年前から市の中央図書館担当となり、電子図書館の仕組みを立ち上げた。その後、「都心にふさわしい図書館を」という市民からの声を発端として計画されたこの館の開設担当となった。
「『都心にふさわしい』?何か不思議なコンセプトだな」とまず感じたという。どういうものが都心にふさわしいのか、その中身を考え始めた。
中央図書館で来館者と接し、30〜40代の働き盛りの世代の図書館利用が圧倒的に少ない事実を目の当たりにする。都心ではこの世代の人たちが日中働いている。利用してもらうにはどうするか。
利用者と接する中で「こういうことを知っていればこの人はもっと楽だったのに」と思うことが多くあった。新しい館の役割として「人助け」を挙げる。仕事から暮らしまで、何でも相談できる「課題解決型図書館」というのがこの館のコンセプトにもなっている。2階中央には「リサーチカウンター」があり、計16名の司書が交代で利用者の質問に答える。いろいろな分野の専門家を呼び、相談窓口を設けることも計画している。打ち合わせできる部屋や、テーブル席、個人席などを無料で最長80分まで、ネットで予約することも可能だ。
「何でもネットでわかってしまう時代。でもネット情報での満足度は6〜7割くらいではないでしょうか。残りの何割かを埋める存在でありたい」と語る。「最新の情報、本当に大切な情報は人の頭の中にあると思います。人と話す中で、補えるものがきっとあるはず」と話す。
居心地のよさも重要な要素の一つ。照明は白色蛍光灯と電球色の中間。本が読みやすく、かつ、事務的にならない空間を目指した。思わず座りたくなるような椅子も多く並ぶ。「ここで物を考えよう」「誰かとあのことについて話してみよう」という気分にさせる演出であるともいえる。司書たちが考えたそれぞれのテーマの棚は、図書館の分類法には捕らわれない構成となっていて、作り手のメッセージが伝わってくるようだ。
(文・写真 吉村卓也)
市民交流プラザは都市の防災機能も担う。図らずも、9月6日の震災でそれが実証される結果となった。大規模停電でホテルに宿泊することができなくなった観光客らの避難所となり、6日は約400名、次の日も約150名が市民交流プラザの3〜5階部分(hitaru)に泊まった。建物は発電機の稼働により72時間電気が供給され、ガスを利用した「コジェネレーション」という発電システムで空調も動くように設計されている。札幌市の判断で、オープン前の施設を急きょ開け、ボランティアの協力も得て重要な避難所として機能した。
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