表紙の写真は、厚岸のアサリ漁の風景だ。左側はカキとアサリ漁を営む大澤水産の大澤茂人さん。右側にいるのは田中一真さん、魚のバイヤー(買付け人)だ。美味しい北海道の海の幸を求めて全道を動き回り、漁師さんに直にコンタクトし、現場を見せてもらう。普通のバイヤーと違うのは、常に漁の様子を取材し動画や写真に収めるため、カメラを手放さないことだ。
田中さんが一緒に仕事をするのは、株式会社Net Oneというネット通販等を行う会社。撮影した動画や写真は、ネットで商品を探すお客さんに見せるための重要な説明素材となる。
この日の厚岸は雨模様だったが、干潮のタイミングをはずせないので早朝から行動開始だ。カキは通販ですでに扱っていたが、アサリを扱えるかどうか可能性を探りに来た。船に乗せてもらい、厚岸湖の一部を埋め立てて作られた潮干狩り場のようなアサリの漁場へ。厚岸といえばカキが思い浮かぶが、アサリの生産量は北海道一だ。ハマグリ並の大きさが特徴だ。大澤さんは金属製のクマデで砂を掘り、大きなものだけをカゴに入れて行く。要領は潮干狩りと同じ。そんな風景をカメラに収めていく。現場に行き、見て、漁師さんと話し、商品を吟味する。それが田中さんのスタイルだ。
そして、田中さんが買い付けた魚を含め、海産物をネットショップで販売しているのが上の写真の風景だ。普通の会社のオフィスのような光景。これが魚屋とは信じがたいが、数々のネットショップの中でもトップクラスの売上を誇るオンライン魚屋である。札幌にオフィスを構えるが、その販売先はもちろん全国だ。
このネットショップ「高水」は北海道出身でNet Oneの水野治人社長が立ち上げたものだ。水野さんは、元々ネット関係の仕事をしていた。北海道の海産物の通販がネット上で人気があることはよく分かっていたが、その実態を調べてみて驚いた。人気のショップは実はほとんどが道外の会社で運営されていたからだ。
「北海道のものを北海道の会社が売っていない。これはどういうことだろう」と疑問に思ったのが自分でショップを立ち上げる動機となった。「北海道をナンバーワンにしたいと思い、本格的にやることを決意しました」と当時を振り返る。会社の名前にはその気持ちがこもっている。
一方、田中さんは神戸出身。魚とは全く関係ない仕事をしていたが、実は親族が大阪にある珍味の卸商で、事情があってその会社を継ぐこととなり、魚の世界に飛び込んだ。珍味の売上は全体的に低迷気味。輸入材料に頼ることも多く、これからはうまい魚を探さないと差別化できない、と北海道に魚探しの旅に出る。魚は全くの素人。飛び込みでいろいろな港を回り、門前の小僧のように魚の知識を吸収。美味しいものを求めて最終的にたどりついたのが羅臼。2018年、羅臼に自社の工場を作るにいたる。
そのときにたまたま友人に紹介されたのがすでにネット通販ショップを立ち上げていた水野さんだ。水野さんからの「うちのショップに魚を卸してくれないか」という話がそもそものきっかけだった。
消費者目線でどうしたらお客さんが納得して買ってくれるかを考えてショップを設計する水野さん、うまい海産物を求めて北海道中を動き回る田中さん。2人が出会い、当初はほとんどが市場からだった仕入れルートは、どんどん独自買い付けの方向に進む。
そして2020年11月、世はコロナ禍。飲食店需要が激減し、道内の漁協や漁師さん達が魚が売れなくて困っているというニュースに話が及び、「じゃあ、これをネットで売ってみよう」ということから「#Once 北海道」という生産者応援企画が始まる。
SNSを駆使し、「コロナで魚が売れない」「余ってしまった」というネット上の漁業関係者の「つぶやき」を見つけたら、すぐにコンタクトを取る。ネットに流れる漁業関係者の情報を欠かさずチェックして情報を探すのは田中さんの日課になっている。そして、「話を聞かせて欲しい」と漁業者に会いに行く。さらにそこから人を紹介されたりと、ネットワークが広がる。
そうして見つけたもののひとつが江差のベニズワイガニだった。9月のある日、田中さんはカメラマンと共に漁に同行していた。漁の予定が遅れ、田中さんたちは約12時間船上にいた。これまで加工用となることが多かったベニズワイガニの美味しさを何とか知ってもらおうと、通販の商品を作る予定だ。
「北海道の海産物のよさをもっと知ってもらいたい。ウチならではの商品を探したい」と、多拠点生活を続けながら、魚探しの旅を続ける。
魚はスーパーで、というのがごく一般的になりつつある今日、路面店の「魚屋さん」もすっかり数が減ってしまったように見える。今度は昔ながらの魚屋さんを訪ねてみた。
場所は札幌市南区真駒内泉町。地下鉄真駒内駅から徒歩15分くらいの閑静な住宅街の中の魚屋。真駒内泉町商店街の一角にあるが、多くの店がすでに営業しておらず、商店街と呼ぶには寂しすぎる風情。だが、昭和42年にこの地に店を構えて54年、「新八田中商事」は健在だ。外見は控え目で、ここに本当に魚屋があるのだろうかと半信半疑でドアを開ける。入ると意外と広い店内。魚売り場を見て、「さすが魚屋」とうなった。
氷水につけられた新鮮な大きなサンマ、朝どりのマイカ、カスベの大きなひれ、生食できるタチの大盛り、小イカ、真ダラの子、ホッキ貝、ホタテ、黒カレイ、石狩鍋用のサケの切り身とアラ、ぼたんエビ、発泡スチロールのケースいっぱいのイクラ……。刺身売り場のマグロは本マグロのみ、それに、ブリ、サーモン、タイも……。 南区は札幌で最も高齢化の進んだ地区だが、ここに開店した当時は近隣は住宅街の開発真っ只中だったという。
「だいぶお客さんの層も変わったねぇ。子どもも独立して2人暮らしだからあんまり量はいらないよ、とかね」と話すのは、社長の竹田雅彦さん。元々はこの店の従業員だったが、先代の経営者から引き継いで竹田さんで三代目。毎朝市場に行き、朝9時頃に店に戻り魚を並べる。そんな生活をしてもう何十年だ。
スーパーのパック入り魚を見慣れた目には、並んでいる魚はどれも魅力的に映る。でもどうやって料理すればいいのだろう。
「魚のことなら何でも相談に乗るよ」という竹田さん。もちろん魚もさばいてくれる。「全部やってあげますよ。ホッキ貝なんかね、自分でやる人は10人に1人もいないねぇ」。
「今日はいいサンマがあるよ」ということで、いきのよさそうな大きなやつを刺身にしてもらう。腹を割いて内臓を出し、尻尾の方から皮をするっとむき、三枚に下ろす。食べやすいように切り身にして、あっという間に銀色に輝くサンマの刺身ができあがった。お見事!
「真ダラの子はこんにゃく和えがいいね。小イカは湯通しして煮付けに。タチはポン酢で生もいいし、片栗粉まぶしてさっと揚げてもうまいよ」と、聞けば料理法も伝授してくれる。
「近所の小学生が通りかかってね、『これ何の魚?』なんてね。タラやサケなんか切り身しか見た事ない子も多いんだろうね。そういう時は見せてあげるんだ」。
こんなコミュニケーションも路面店ならではだろう。
「昔からのなじみのお客さんが圧倒的に多いけどね、最近若い人も増えてきましたよ」という言葉にちょっとほっとした。
魚の買い方はいろいろだ。海に囲まれ、美味しい海産物に恵まれていることの幸せ。さあ、今日もおいしい魚を食べよう。せっかく北海道にいるのだから。
(文・写真 :吉村卓也)
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