2022年8月末日現在、北海道庁のデータによれば北海道には約515万人が暮らす。人口のピークは1997年の約570万人で、以降人口は減り続けている。全国の人口のピークは2008年だったので、北海道は時代に10年先駆けて人口減少局面に入ったと言える。同時に進むのが札幌圏への人口集中だ。1970年には北海道の人口の約5分の1が札幌圏に集中していたが、現在はそれが4割を超え2分の1に迫ろうという勢いだ。
だが、人口減に悩む道内の自治体も手をこまねいているだけではない。多くの市町村が移住に向けての施策を行い、専門の窓口を置いているところも多い。そんな市町村を、ぶらりと訪れてみようと思う。まずは空知地方の南にある栗山町から始めよう。
新千歳空港から車で約45分、札幌から約60分。北に岩見沢市、東に夕張市、西に長沼町と由仁町に接する。人口約12,000人。ご多分に漏れず人口は減少しており、2015年に同町が作成し2021年に改訂された「栗山町人口ビジョン」によれば、このままの状況だと2060年に人口は5,000人を切ると予想されている。同ビジョンの中で、町が重点を置く決意をしたのがUターンやIターンを含めた若者の定着だ。同町ではビジョン策定の一年前に、「若者定住推進室」(現在は推進課)を設け、移住者に向けたさまざまなPRを行ってきた。
2022年12月のある日、「移住」をキーワードに、移住した人、そのサポートをした人、7人の関係者に集まってもらった。場所は、町内に2021年8月に移住者がオープンしたレストラン「サメオト」。イタリアンを中心としたボーダレスな料理の店で、予約で満席になることも多い人気店。オーナーシェフは苫小牧出身の早乙女充さん。苫小牧から京都の大学に進み、その後料理の道へ。京都、イタリア、東京で修業し、自分の店を出す際に選んだのは、縁もゆかりもない栗山町だった。
生まれ育った苫小牧で開業を考えていたが、大阪で大学教員をしている早乙女さんの弟が自身の研究テーマでもある地域活性化の観点からアドバイスをしてくれた。「もっと地方の方が面白いのでは」といろいろと調べてくれてリストに上がった自治体のひとつが栗山町だった。
実際にいろいろと連絡を取ってみて、いちばん親身になって相談に乗ってくれたのが栗山町だったという。2017年には、同町が行っているお試し移住「ちょっと暮らし」の制度を利用して3週間ほど栗山町に住んでみた。
「知らない土地、どんな人がいるんだろうとちょっと心配したのですが、最初に対応してくれた役場の若い男性の対応がとてもフレンドリーで、一気にその不安が消えました」と当時を振り返る。わからないことはすぐに相談に乗ってくれ、店舗の物件の土地や、開業までの仕事も町が紹介してくれた。
2018年に実際に移住したら、すぐに役場の若者定住推進課から「こういう人がいるので会ってみませんか」とのメッセージが来たりした。「率先してコミュニケーションの場を設けてくれたのは本当にありがたかった」と話す。
「店を作るに当たっても、私と妻の感性にきっと合うからと役場が紹介してくれた工務店が大当たり。古民家の素材を大切に使うコンセプトを妻がすっかり気に入り、思い通りのスタイルになりました」という。
「街中で戦っていくのは妻と私のスタイルには合っていない」と早乙女さん。「ここに来たのは大正解。小さい町なので、自分の存在が町に影響を与えることができるのもいいところです」と語ってくれた。
早乙女さんに連絡をしたのは、同町の若者定住推進課の金丸佳代さん。栗山生まれだ。
「移住者の希望に合うようにサポートの仕方を工夫しています。早乙女さんの場合はレストランの開業が前提だったので、いろいろなネットワークがあった方がよいと思い、農家さんや地域活動をしている町民も紹介しました」という。
同町でマルハチいけだ農園を営む池田昌史さんは13年前に札幌から移住した新規就農者だ。もともと音楽関係の仕事をしていたが、メロン農家を経て、今は栗とホーリーバジル(バジルの一種)を作る。池田さんも役場の対応によって移住を決意した一人だ。
「移住するにあたり、他の地域にも問い合わせたのですが、いちばん親身に世話してくれたのが栗山町でした」と話す。
「農家をやりたいという希望に向き合ってくれました。当時、町には今と違って専門の窓口もなかったのですが、私の話を聞いてくれた。それがなかったら今ここにはいません」という。やぶを切り開いて整備した栗の観光農園とハーブの商品がメイン。「ここを選んでよかった。終の住み家にしたい」と話す。
池田さんの栗農園を描いたパステル画がある。作者は札幌から移住した木坂洋平さん。生まれてからずっと札幌。介護の仕事をしていたが、知り合いが栗山に移住し、見に行ってみたら気に入った。「環境を変えたい」のも理由のひとつだったという。今はパステルアートや音楽の仕事をしている。「人の距離感が近いのがいい」という。
「地域おこし協力隊」の制度を使って移り住んだのは、大阪出身の北山沙也加さん。大学のゼミで栗山を訪れたのがきっかけだったが、4月にキッチンカーで起業する計画だ。「都会過ぎず、田舎過ぎず、みんなが暖かいところ」と栗山を評する。
栗山町の移住相談窓口は若者定住推進課だが、サポートを若者に限っている訳では無い。どんな世代の希望もこの課で対応している。
八巻秀州(やまきひでくに)さん、かよ子さん夫妻は、定年を機に7年前に移住した。かよ子さんは岩見沢出身だが秀州さんは北海道には無縁。妻の実家への帰省に付き合っているうちに、北海道に馴染みが深まった。約30年間の東京勤めを経て北海道暮らしを決意。同町の分譲する「エコビレッジ」の立地に一目ぼれしたのも大きな理由だ。町を見下ろす丘の上にある新しい住宅地。一年を通じて二人で近くの遊歩道を歩き、自然を愛でる。早乙女さんのレストランも近所なので、山で集めた植物を店に飾ったりしている。秀州さんが趣味で撮った野鳥の写真も店内の壁に掛けられている。世代は親子ほどに違うが、友達付き合いだ。
首都圏で15年間暮らし、移り住んだ熊谷繁幸さんも定年後移住組だ。生まれは夕張。栗山町に来たのは小学校5年生以来だったが、町がきれいになっているのに驚いたという。東京での説明会で金丸さんと腰本さんに会い情報交換が始まり、移住に到った。「ここで仲間ができるのが楽しい。とても楽しい」と語る。
栗山町が人口の社会増を目指すために、ワークショップをしながら方向性を定め、「くりエイトするまち栗山町」というキャッチフレーズができたのが2017年。栗山駅前の空き店舗を改装して「くりやまクリエイターズマーケット」を作り、クラフト作品等の商品を販売している。ものづくり工房「ファブラボ栗山」も作り、3Dプリンターやレーザー加工機などを備える。
クリエイターズマーケットの出展には料金がかからない代わりに、月に2回店番をするのがルール。そこに商品を出品したのが縁で栗山町の移住コーディネーターとなったのが腰本江里沙さんだ。雄武町出身だが、結婚を機に栗山に来た。
「直感的に、こういうことに関わりたいと思った」という腰本さん。ここに住んで15年となった。移住コーディネーターも2019年に募集があって自ら手を上げた。道外で行われる移住相談会にもよく出かけ、栗山のよさをPRする。
北海道も移住促進に向けて、いろいろな施策を行っている。担当部署は道総合政策部地域創生局地域政策課だ。移住交流担当の関上友季子課長補佐に話を聞いた。
道が移住政策に本腰を入れ始めたのは2004年度くらいから。当時は、定年後のセカンドライフを送るシニア世代を主なターゲットにしたものだったという。2005年に「北海道移住交流促進協議会」が任意団体として設立され、道と市町村が協力して移住者を北海道に呼び込もうという動きが出てきた。2020年3月に同協議会は一般社団法人となり、現在は道内179自治体のうち153の市町村と、各地の商工会など147の民間団体が加盟する組織になっている。ターゲットは高齢者から若者世代に移り、仕事や教育の相談にも対応できるよう、移住に関する情報を集めている。
首都圏での窓口になっているのが、東京・有楽町の東京交通会館にある「認定NPO法人ふるさと回帰支援センター」だ。ここには全国の自治体が移住相談窓口を設置し、44都道府県1政令市が専任相談員を置いている。北海道の移住相談員の一人が、2016年の窓口開設以来のスタッフの大貫絵梨さんだ。東京の大学に在学中、学内の地方留学制度を利用して札幌に半年間在住したのをきっかけに北海道に惹かれるようになり、この仕事に就いた。
「最初の頃と比べてずいぶん自治体も積極的になってきました」と、その変化を語る。現役で仕事をしている世代の相談が多く、転職を伴う移住相談が多くなってきたのも最近の特徴だという。対面、メール、電話、オンラインといろいろな方法で相談を受けるが、毎日何かしらの問い合わせがある状況だそうだ。今のところ、道内への移住希望は札幌が人気だ。地方暮らしの場合、「移住先で仕事があるかどうかが相談者のいちばんの心配」とのことで、就業のサポートはますます重要になっていくことだろう。
全国に先駆けて人口減の進む北海道だが、道、自治体、民間団体が緊密に連携を取りながら首都圏等での移住イベントの開催をはじめ、地域の魅力と暮らしのPRや移住相談など、オンラインも活用しながら、北海道への人の呼び込みに力を入れている。
2022年7月にまとめられた内閣府の第5回生活意識調査では、東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)の居住者の半数近くが地方移住に「関心がある」と答え、東京23区の20歳代に限れば、その数が初めて半数を超えた。コロナ禍で生活スタイルが大きく変わろうとしている中、「災い転じて福となす」チャンスが北海道に訪れているのかもしれない。
(文・写真:吉村卓也、表紙写真:能登匡洋)
※支援に取り組む道内自治体の事例を今後も不定期に、シリーズ「住めば都」として紹介していく予定です。
ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。
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