AFC アサヒファミリークラブ

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定山源泉公園の中に、定山渓温泉の開祖とされる美泉(みいずみ)定山の像が湯を浴びながら、足湯を楽しむ人たちを見つめている。流れ出る源泉に触れるときにはご注意を。熱くて手をつけていられない。この温度でふんだんにわき続けるお湯。これだけホテルが建ち並んでも、長い歴史の中でお湯が足りなくなったという話は聞いたことがない。自然の恵み、定山渓のパワーの源だ。

定山渓、今と昔の物語

昔の定山渓に触れてみる

 札幌の中心部から約30キロ。定山渓温泉は言わずと知れた「札幌の奥座敷」だ。豊平川の川岸からわき出るお湯が、建ち並ぶホテルや旅館にふんだんに供給される。ナトリウム塩化物泉。透明で、なめるとしょっぱい。

 今は、レンタカーで訪れる外国人観光客も多くなった温泉地も、かつては鉄道が通じ、職場の団体旅行でにぎわった。

 昔の定山渓に触れたくて、定山渓郷土博物館を訪ねた。国道230号沿いの定山渓小学校の敷地内にある。無人なので、近くの定山渓観光協会で無料でカードキーを借りて、入場する。訪れる人が多くないことは、キーの貸出簿を見れば明らかだ。

 建物入口にカードキーをかざし、入場する。自分で電気のスイッチを入れ、薄暗い室内がパッと明るくなると、定山渓鉄道が通っていた時代にタイムスリップしたかのような光景が目の前に現れた。駅の看板、古い農機具、ご飯のお櫃(ひつ)、製材用の大きなのこぎり。旅館の名前の入った番傘や印半纏(ばんてん)があった。かつて、定山渓駅前でくり広げられたであろう客引きの喧騒が聞こえてくるような錯覚に陥る。


定山渓郷土博物館の一角に定山渓鉄道のコーナーがある。当時使われていた駅名のハンコ。昔の駅舎で今も残っているのは、石山地区で地域の会館として使われている「石切山」駅だけである。博物館以外で鉄道の名残を見つけるのは難しいが、じょうてつバス「定山渓車庫前」の軟石でできた待合所の内側には、当時のレールがオブジェとして飾られている。

激動の時代を経て

 昔を知る人を訪ねた。中西博さん。昭和6年、樺太生まれ。現地で父が45歳で亡くなり、母の兄を頼って一家で札幌に引き上げる。その後中西さん自身は母の兄の養子となり、定山渓近くの豊羽鉱山付近に住んだ。まだ鉱山が操業していたころの話だ。戦火が激しくなり、千歳の海軍飛行場に勤労奉仕に行っているときに終戦。防空壕の中で玉音放送を聞いた。

 終戦後、日本の傷痍軍人の保養所としても定山渓は使われた。米軍に接収されたホテルもあった。

「米兵の捨てたタバコの吸い殻を、みんな拾って吸っていた。そんな時代だった」と語る。


定山渓観光協会提供の古い写真から。玉川橋の近くには屋形船まで浮かんだらしい。乗っているのは芸者さんだろうか。


ここからの眺めがいちばん好きだという中西博さん。戦時中から今までの定山渓の移り変わりを見てきた。

観楓会の時代

 昭和30年代以降の高度成長期、定山渓は秋の「観楓会」に代表される団体旅行でにぎわった。

 「満員の電車に乗って、客がぞろぞろ降りてきた。大手企業の団体客が多くて、それはにぎやかだったよ。芸者さんも250人くらいいた。玉川橋のところではボート遊びがあったよ」と中西さんは当時を振り返る。

 資料館の一角に、ボート遊びの写真が飾られていた。いつの時代だろう。ボートには丸まげの女性。芸者さんだろうか。屋形船らしき船も写っている。中西さんの子供のころ、定山渓小学校には300人くらいの生徒がいた。豊平川の河川敷には温泉のお湯を使ったプールがあり、冬でも泳げた。そのせいか、水泳の得意な子供が多く、定山渓からはいい選手がたくさん出たという。

 87歳の今も建設会社の会長として毎日会社に出る。長く定山渓の連合町内会長も務めた。 

 中西さんが定山渓でいちばん好きな場所、定山渓大橋の上に案内してもらった。橋の真ん中に立ち、川の上流方向を望む。

 「ホテルは建ったり壊したりでしょっちゅう変わるけど、ここからの山と川の眺めが好きなんだよなぁ。もう何年か経てば、眺めもがらっと変わるだろうなぁ」

 かつて屋形船の浮かんだ玉川橋近くは、今はカヌー遊びの場となった。


観光協会の行事宣伝部長を務める金川浩幸さん。企画に参加した「定山渓ネイチャールミナリエ」(下)は今年で3年目を迎えた。


提供:定山渓観光協会

湯の町の雰囲気を

 定山渓温泉街の中心部、国道から温泉街に降りていくカーブの道は「見返り坂」と呼ばれる。坂の途中、月見橋の手前に「定山源泉公園」がある。この地を温泉地として拓き、「定山渓」の名前の由来となった僧侶、美泉(みいずみ)定山の生誕200年を記念して2005年にオープンした。足湯があり、いつも観光客でにぎわいを見せる。

 当時の定山渓観光協会会長で、「ぬくもりの宿ふるかわ」の会長、古川善雄さんは「湯煙のあがる温泉街、人がぶらぶら歩く雰囲気を作りたかった」と語る。自身も定山渓で生まれ、育った。「ただホテルが建っているだけではつまらない。これからはリゾートとしての温泉宿を考えていきたい」と語る。

未来を見据えて

 源泉公園を出て坂を下り、月見橋を渡る。定山渓ホテルの角を左に曲がると「二見公園」に着く。午後6時、ここからさらに先の「二見吊橋」までの遊歩道沿いがライトアップされる。今年3年目を迎えた「定山渓ネイチャールミナリエ」だ。浴衣姿の観光客、カップル、家族連れが三々五々訪れる。

 観光協会の有志が中心となってスタートした企画だ。ホテル鹿の湯グループの常務取締役・金川浩幸さんは同協会の行事宣伝委員長も務める。

 「定山渓エリアは一言で括れないほどいろいろな要素がある。箱根と似ているかもしれません。雑多だけどエリア全体で強いブランド力がある。そんな地域になり得ると思います」。

 定山渓を広域に見れば、近くには泉源を別にする小金湯温泉、豊平峡温泉、薄別温泉がある。八剣山エリアでの遊び、果樹園もある。エリアにはおしゃれなカフェも増えてきた。今後この温泉地がどう変わっていくのか。楽しみだ。(文・写真 吉村卓也)


定山渓のおしゃれなカフェの草分け、「カフェ崖の上」。本当に崖の上に建つ。若い女性客も多い。紅葉の時期は絶景だろう。

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