AFC アサヒファミリークラブ

AFC(アサヒファミリークラブ)は、朝日新聞北海道支社オリジナルの会員制クラブです。どなたでも無料でご入会いただけます。

ログイン後にご利用いただける便利な機能があります。ぜひご登録の上、ログインしてご利用ください。

どんなときも、原点は食卓。
鍋ひとつから生まれるチーズ。
アンジュ・ド・フロマージュAnge de Fromage(黒松内 )

ベーコンに使うのはデンマーク産ランドレース種の豚バラ肉。

私たちが食べているチーズは、大きく2種類ある。一度熱を加えて溶かし固めたプロセスチーズと、菌の働きで熟成していくナチュラルチーズだ。北海道は国産チーズの9割以上を作っていて、大手メーカーの工場のほか、ナチュラルチーズ工房も100以上あるという。工房製のナチュラルチーズには個人の考えや個性がはっきりと表れる。つまり「チーズは人なり」だ。ならば、私の大好きなチーズを作る人に会いに行ってみよう。

牛舎跡地の工房でチーズは育つ

 アンジュ・ド・フロマージュがあるのは、日本北限のブナ林のある黒松内町だ。古いサイロを従えた建物は、昔の牛舎を工房とホールに改装した。ホールは予約制のカフェで、日によってはコンサートや町の催し会場になる。オーナーの西村聖子さんは札幌出身で、2011年に黒松内で開業。現在はチーズ職人3人と西村さんの4人の工房だ。

 この日はギフトの発送日で、チーズの詰め合わせ作業とチーズの製造が同時進行中だった。東京の販売イベントから戻ったばかりで、直売用の小さなショーケースは見事にからっぽだ。

 「3人は年齢も経験もいろいろ。技術者としての考えは互いに譲らないので、対立する時もあります。でも、お鍋ひとつからこれだけのチーズを作り出すこの人たちは、本当にすごいと思います」と西村さんは言う。見ていると、親子ほど年の離れた職人同士が上下関係抜きで一緒に働く姿はなんだか平和で家庭的に思える。そう言うと、「私はチーズを作れないから、大事な仕事はチーズの営業と、職人さんたちの食事の用意。おいしいものを食べて不機嫌になる人はいないでしょう?」と西村さんは笑った。けれど、この工房の生産力はあなどれない。チーズに使う乳量は月10トン、これは余市やニセコを含む後志(しりべし)地方のトップクラスなのだ。

三浦さん
白カビのチーズ、「アンジュカレ」の制作を担当する三浦さん。凝乳酵素(レンネット)を正確に測ってピペットでミルクに入れると、みるみる凝固が始まる。温度と時間は厳格に管理され、暖かく湿気のある室内での作業が続く。

経験と研究でオリジナルの味を

 あたたかな製造室では、水蒸気と、まるで赤ちゃんを抱いたときのような乳の匂いの中、白衣の職人がひとりで静かに大鍋をかき混ぜている。大きなステンレスの寸胴鍋に長いヘラが当たって、コツーン、カツーンとのどかな音がはね返る。

 鍋には、最寄りの牧場から届いて低温殺菌済みのミルクがなみなみと入っていて、乳酸菌を入れたばかりだ。もう少ししたら凝乳酵素(レンネット)を加え、杏仁豆腐のようにカッティングして水分を取り除き、型に入れると言う。

 白カビタイプを得意とする三浦豊史さんが今日作るのは、新作「アンジュカレ」(四角)。途中で他のチーズの工程を取り入れてもっちり優しい独特の口当たりに仕上げる、ちょっと凝ったチーズだ。

 「でも、食べる方はただ味わって頂けばいいんじゃないでしょうか」と三浦さん。「ひとつ言うなら、ご自分の好きな柔らかさで食べることですね。」

 白カビタイプのチーズは出荷後も熟成して柔らかくなり、味わいも変わる。初めはナイフで切っていたのが、終わりにはパンに塗れるくらいになることもある。そこがナチュラルチーズの楽しさのひとつだ。

チーズの元(カード)
レンネットを入れると凝固が始まる。杏仁豆腐のように見えるこれがチーズの元(カード)となる。黄色い液体がホエーだ。

お菓子からチーズへ 職人たちとの出会い

 アンジュ・ド・フロマージュができたのは8年前。だがその種はさらに前、西村さんが札幌で営んでいたケーキサロンにあった。ヨーロッパや地元レストランで研修を積んだ西村さんはお菓子と料理の教室を主宰していたが、読書家の西村さんは、本の中に食の原点を訪ねるようになる。古代から暮らしを豊かにしてきた食べものは、パン、ワイン、チーズ、蜂蜜だ。ならば、ジャムを作る前に果樹園へ行くように、チーズケーキを焼くならチーズから作ってみたいと、思いが募っていった。

 そんな時出会ったのが、三浦さんと射場勇樹さんだ。当時2人は酪農学園大学の乳加工技師と学生で、少量手作りのチーズを西村さんに教えに通い始めた。西村さんは、お店の地下に小さな熟成庫まで設けて打ち込んだ。プロの発想にはない、ケーキの原料作りの挑戦だ。自家製チーズを使うとケーキはよりおいしくなったが、それだけではない。日々チーズを作り育て続ける研修は、西村さんにチーズへの一層の情熱と、職人たちとの信頼関係をもたらした。

 一方のチーズ職人たちにも通う理由があった。三浦さんは大学ではできない小ロットの製法を工夫していた。射場さんは函館のチーズ工場に就職した後も、手作りチーズに惹かれていた。「みんな西村さんのチーズの原点を知りたいというところに共鳴していた」と射場さんは振り返る。西村さんは2人の職人と工房の計画を練りながら、この研修を4年続けた。

白カビを吹き付けて熟成させる。
カードはゆっくりと水分を切り、型に入れられる。水分を失うにつれ自然とくっついてチーズの形になる。正方形を半分にカットして白カビを吹き付けて熟成させる。

アンジュ・ド・フロマージュは4人のチーズ工房。
アンジュ・ド・フロマージュは4人のチーズ工房。赤いエプロンの西村聖子さんが代表。主にモッツァレラやセミハードが得意な射場さん(左端)、最近加わった高木さん(右端)と、白カビチーズのベテラン、三浦さん。

「日本のチーズを作る」

 西村さんは自分たちのことを「何も知らない社長と技術だけある人たちの会社」と言う。ブナの森とおいしい水があり、酪農業のある黒松内を気に入り、移住を決めた。その時、役場との面談から設計プランまで、西村さんの手料理を囲む親しい間柄の人たちが付き添い、手伝ってくれた。「何もできない私たちを見かねて助けて下さったんです」。昨年は、そうした人の輪の中に、3人目の職人、高木宏昭さんが加わった。

 チーズは人なり。だとすれば、ここのチーズは人の出会いでできている。

 最近公開された映画のモデルにもなった近郊のせたな町の名チーズ職人、晩年の近藤恭敬さんとの親交は、アンジュにセミハードチーズを残してくれた。地元のワイナリーとの友情は、絞ったぶどうからチーズ用の輝くジャムを生んだ。4人は自分たちのチーズを「日本のチーズ」だと言う。

 新鮮な牛乳の風味がありながら味は穏やか。塩分も低めで日本の食卓に合うのだ。「たくさんの人に召し上がって頂きたい、みんなそう思いながら作っています」。鍋ひとつと人の手が作ったチーズは、明日の食卓にきっと小さな満足をくれる。(文・深江園子/写真:吉村卓也)

Ange de Fromage
アンジュ・ド・フロマージュ
北海道寿都郡黒松内町字赤井川114番地
TEL 0136-75-7400
http://ange-seiko.com/fromage/

先頭へ戻る