AFC アサヒファミリークラブ

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赤い羊羹が語る、江差の今昔。
五勝手屋本舗

左がオリジナルの五勝手屋羊羹。大正金時使用。右が新作、春限定のさくら羊羹。福白金時使用。塩漬けのさくらも花びらも入っていて、やさしい香りと塩味がいい。
左がオリジナルの五勝手屋羊羹。大正金時使用。右が新作、春限定のさくら羊羹。福白金時使用。塩漬けのさくらの花びらも入っていて、やさしい香りと塩味がいい。

ニシンとヒバ材で栄えた街で

 “老舗”が「時代をまたぐような長命な産業」という意味ならば、北海道に老舗が少なくても無理はない。けれど、江差の街はちょっと訳が違う。現在、いにしえ街道と名付けられた街並みの問屋蔵や商家に足を止めると、200年、300年という来歴が記されていて、気分はつい、遥かな時代に向いていく。本州向けの魚油や魚粕の原料であるニシンが集まり、それらの漁を取りしきる家々と廻船問屋が儲けに儲け、様々な人々がぶつかりあいながら活躍した日々がこの場所にあったのだ。今回紹介する五勝手屋本舗は、江差隆盛の歴史の一部でもあり、今なお活躍する老舗菓子店だ。

四角い羊羹、丸い羊羹

 五勝手屋本舗は、支店なしの一店のみ。いにしえ街道から一本山側へ曲がったあたりにあり、銘菓は「五勝手屋羊羹」だ。この家は慶長年間に当時の江差の近郊に移り住んだというが、そこはヒバ(ヒノキアスナロ)の伐採のため本州からやってきた、五花手組と名乗る杣人(そまびと=木こり)の村だった。この家が菓子屋業となった頃、松前藩の御紋菓を製造したという。五花手村でようやく実った豆を菓子にして藩へ献上したことから、屋号を五勝手屋とした。

 五勝手屋羊羹が生まれたのは明治3(1870)年。江差沖で軍艦開陽丸が座礁したのが1868年、戊辰戦争が終わったのが1869年だ。動乱の時代を越えて受け継がれた羊羹は、昭和11(1936)年天皇函館御行幸に際し、献上の栄誉を得た。

 

と、ここまでの五勝手屋羊羹は四角い「流し羊羹」だ。全国的に知られる筒型の丸缶羊羹が登場するのは、昭和13年。つまり丸缶は流し羊羹の後発だ。専務取締役で当家六代目にあたる小笠原敏文さんは「このあたりの方は皆様、昔からお供えにお土産にと使ってくださいますが、それはたいがい“箱羊羹”なんですよ」と苦笑する。丸缶タイプは、小笠原さんの祖父が筒型の包材の提案を受けて商品化したというから、当時から流通や保存の事情を見据えた、進取の気性を感じる話だ。

五勝手屋羊羹
四代目、つまり小笠原専務の祖父の代以降のラベル(上)は、どこかポップでユーモラスな味わい。旧版(下)から受け継いだ金のメダルが連なったデザインは、国から受けた数々の賞の証だ。

さくら羊羹
さくら羊羹は五勝手屋の140年ぶりの新商品。福白金時が原材料だ。

一釜入魂、150年

 明治時代から続く店構えの一角には工房があり、ここはきんとんや練り切りといった季節の生菓子と、最中菓子などを作っている。羊羹づくりが見たいと乞うと、小笠原専務が店舗裏手の専用工場へ案内してくれた。二階建ての工場は一階が釜場、二階が包装のラインになっている。羊羹には寒天を使うため、釜の火を途中で止めることはできない。五勝手屋では早朝に豆を炊くところから筒に流すまでを、一気に行う。煮えた豆をプレス機で絞ってでんぷんの塊にし、砂糖の蜜と寒天を煮溶かして注ぐ。もうもうと上がる湯気の中で大釜が焦げ付かないようかき混ぜながら煮詰めるのだが、煮え具合の判断によってできが変わる。この“眼”を受け継ぐのはいかにも難しそうだ。小笠原さんはうなずいて、「製造担当者には私の祖父の時代からの人もいて、当社の技術を次へ伝えています。とはいえ、炊き上がりの見極めは、20年勤めても大変な仕事です」と教えてくれた。

 炊き上がった羊羹は充填機で筒に注がれ、冷却のため一日寝かせ、翌日グラニュー糖をかけて包装される。

 形と同じくらいユニークなのが、この羊羹の赤っぽい飴色だ。一般的な小豆の羊羹は黒いが、この羊羹は、赤い金時豆の色をしている。江戸末期に五花手村でとれた豆と同じかどうかはわからないが、長年にわたって近郊産の金時豆が使われ、現在は十勝産の大正金時が用いられている。明治末期の資料によれば、函館の雑貨商が初めて帯広に支店を設け、以降豆問屋が相次いで開業したとあるから、当時から和菓子店は十勝の豆とも関わりが深かったのだろう。「和菓子屋の感覚でいうと、金時豆は小豆より他の素材の味が生かせると感じます。食べ飽きない味ということでしょうか」と小笠原さんは言う。

小笠原敏文専務
丸缶羊羹は厚さ2センチくらいが好み。流し羊羹の食感にも近いんです」と小笠原敏文専務。今年、さくら羊羹のリニューアルを行った。

大正金時と福白金時
オリジナルの五勝手屋羊羹に使われる大正金時(左)と福白金時を並べてみた。

昭和20年代の店構え
昭和20年代の店構え。今と同じ場所にある。この時で創業から約80年。

白い金時豆と出会って

 和菓子の世界は奥深い。豆、米、砂糖などごく限られた材料と高度な技で、季節の移ろいや人の営みを表現してきた。同じ材料を色と形で花にも水にも感じさせるのは、和菓子独自の世界観だ。加えて、江差は北前船の寄港地だったことから関西風の暗喩的な表現が好まれる。「例えば、ある花をお題に頂いたら、花そのものをかたどるのは関東風。花を詠んだ歌にちなんで作るのが関西風かと思います」と小笠原さんは言う。

 父と共に暖簾を担う小笠原さんが、筒羊羹「さくら羊羹」を発売したのは2013年の春。五勝手屋羊羹一品を大切に磨き上げてきたこの家にとっては、およそ140年ぶりの新作だ。しかし、ただ新しいものを出すだけではない。金時豆の羊羹屋として、白い羊羹にも金時豆のおいしさを生かしたい。そう考えていた小笠原さんは昨年、味に定評のある白い金時豆「福白金時」を探し当て、即座に採用し、今年3月、「さくら羊羹」は生まれ変わった。「以前より豆のこくが増して、五勝手屋羊羹とも遜色ない、深い味わいになりました。着色もやめ、自然な豆の色に桜の花びらを加えました」。桜餅でわかる通り、桜の塩漬けは葉の香りが強い。これを避けて花びらだけを使ったところが、なんともゆかしい。「祖父の丸缶羊羹も、一からの試行錯誤だったはずです。しかし、一時的な新しさではお客様を長く引きつけるのは難しい。伝統を受け継ぐには、原型を理解した上でアップデートしなければなりません」

 北海道の春は駆け足で過ぎていく。一瞬の季節を筒の中に封じ込めたこのお菓子で、春を惜しんでみるのもいい。
(文・深江園子/写真・吉村卓也)

五勝手屋本舗
北海道江差町本町38 TEL 0139-52-0022
http://www.gokatteya.co.jp/

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