AFC アサヒファミリークラブ

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麦畑から15kmのパンに、何のせる?
小麦…たよろ春小麦の会、パン…ベーカリー イシダ、バター...プティフロマージュ ニウプ

麦畑から15kmのパンに、何のせる?
「量は限られているけど、ここの気候は春小麦に最適でいい麦ができるんだ」(村中さん:右)。「村中さんたちの顔が見える小麦を使うのは、パン屋の幸せ」(石田さん:左)。

食のプロが共鳴しあい道北の美味を育てる

 朝6時、パン職人の石田誠次さんは「ベーカリーイシダ」で仕事を始める。生地を仕込みながら、8時の開店時間までひとりでパンを焼く。食パンやバゲットが窯に入るのは昼11時。20分弱で焼き上げて売場に並べると、お客さんが焼きたてを喜んで買っていく。キャンバス布にフランスパン生地を並べ、クープ(切れ目)を入れるしぐさは静かで正確だ。工学部卒業で神戸発祥の有名ベーカリーチェーンで働き、2015年に生まれ故郷の名寄にUターンして開業した。

 昼前、ベーカリーに急いで立ち寄ったのは市内の「AOZORA料理店」オーナーシェフの須藤民篤さんだ。ベーカリーに自社の手づくりバターを届けに来たという。

 2人のなれそめはこうだ。須藤さんが結婚を機に札幌から移住してきたのは2017年。仕事のできる料理人が来るという噂は、石田さんも耳にしていた。ある日の午後、レストラン開店予定地の民家を覗くと、大工仕事中の須藤さんがいて、抱えていったフランスパンを喜んで受け取ってくれた。「すぐに打ち解けました。ここで開業した者同士、何でも話せる初めての相手でした」(石田さん)。


石田さんのフランスパンは、老舗チェーン「ビゴの店」仕込みだ。確かな味は地元の食卓を担い、遠くの客を引き寄せる。製パン工場を営んだ父も、自ら現場で働く人だった。(写真:深江園子)

 「名寄に住むなら、いいパン屋さんがあるよ」。須藤さんのほうも、石田さんのことは聞いていた。出会ってから発想を転換し、「料理に合うパンを石田さんにお願いしよう」と自家製パンから切り替えた。 それから2年、この地域に小さな変化が起きている。2人は名寄市立大学栄養学科と協力し、朝食抜きの学生のためにワンコインメニューを開発。「アマムの会」という食関係者のユニットを結成して、地域一帯の食を発信するマルシェや勉強会が始まった。地域にとっては、2人の頑張る姿そのものが変化のタネとなっていった。

無農薬の放牧牛乳でつくるバター

 食堂なみの気楽さで、近郊のおいしいものが楽しめる店。AOZORA料理店がそんな評判をとって軌道に乗り始めた2018年、須藤さんは新たな事業を始めた。「何と言うのか…誰かがやるしかなかったんです」。

 隣の美深町には、無化学肥料、無農薬の美しい放牧牧場がある。その牛乳のチーズを、須藤さんはピッツァや料理に愛用していた。ところがチーズ職人が引退することになり、人探しは難航。悩んだ末、須藤さんは自ら工房を引き継いで同町仁宇布に「プティフロマージュ ニウプ」を立ち上げた。製造担当者の目黒英二さんは名寄出身で、機械メーカーなどで製造と営業職を11年ずつ務めた後、ここでチーズ作りをしたいと自ら手を挙げた。今は発酵バター、ヨーグルト、モッツアレラチーズを製造中だ。

 毎朝7時半、目黒さんはすぐ隣の塩崎牧場にしぼりたての牛乳を取りに行く。朝夕2回の搾乳時間が近づくと、広い放牧地で1日遊んだ牛たちが集まって牛小屋はにぎやかだ。牧場主の塩崎智史さん夫妻と子どもたち、時にはご近所さんも加わって、牛を囲んだ幸福なだんらんが生まれる。「仁宇布はとても気持ちのいい場所。うまく説明できないけれど、塩崎さんのご家族とここの牛乳が大好きなんですよ」。

 そんな目黒さんに放牧シーズンを知らせるのは、牛乳の中の「草の色と香り」だ。毎日チーズやバターを作っていると「ああ、全然違うなぁ」とはっきりわかる日がある。それは雪が解け、牛が放牧地に出て1週間ほどの時期だ。塩崎さんに聞くと、「ちょうどその頃、牧草が十分食べられるようになって、乳に青草のカロテンや風味が反映されるようです」と教えてくれた。「牛乳からそれが伝わっていたなんて、何だか嬉しいですね」。

牛乳100%
絞った乳は主に出荷され、乳業メーカーの飲用乳になる。塩崎さんの牛乳100%で製品を作るのは目黒さんだけ。互いに一対一の稀有な関係だ。

牛のミルクが原料の、希少なバター
ほぼ牧草だけで育てる(グラスフェッド)牛のミルクが原料の、希少なバター。牛の本来の主食は、穀物でなく草だ。100ha規模の放牧牧場でのびのびと暮らす牛たちが、このグラスフェッドバターを生み出す。


草香るバターが喜ぶパンはどこ?
ミルク…塩崎牧場、バター…プティフロマージュ ニウプ、企画…AOZORA料理店

若手酪農家
塩崎さん(中)は大阪出身で帯広畜産大学を卒業。後に美深町へ移住して循環型酪農を営む若手酪農家だ。須藤さん(左)はこの牛乳の加工を継続しようと新事業を設立し、目黒さん(右)がチーズ、バター、ヨーグルトをつくる。製品は須藤さんの店で使うほか、シェフたちに早くも注目されている。

顔の見える春小麦で焼くパン

 一方でパン屋の石田さんも、地域の宝を活用している。それが、“地元生産者限定小麦”の食パンだ。名寄市に接する士別市の多寄町には、小麦の生産グループ「たよろ春小麦の会」がある。リーダーの村中吉宏さんはタマネギ、小豆、小麦などをつくるベテラン農家。天塩川沿いの15haを小麦畑に当てて、主に「春よ恋」を栽培している。

 「石田さんは2年ほど前に1人で訪ねて来られて、地元の小麦でパンを作りたいと話してくれました」と、村中さんは当時を振り返る。同会は10年ほど前からオリジナル小麦粉をつくり、品質安定の工夫を重ね、直販で販路を増やしてきた。だから、石田さんの気持ちは十分汲み取れた。「きっと、地元のものを外に発信したい思いがあったんじゃないかな」(村中さん)。

 輸入小麦をベースにパンの仕事を覚えた石田さんにとっては、「地域の小麦を使えるのはラッキーで特別な事」だ。香り高くてでんぷんの甘みが広がるこの食パンに、お店では「多寄の村中さんたちの春よ恋を使用」と書き添えてあった。

ご近所同士でつくる、土地の美味

 食の職人にとって「地元の宝で作る、ここだけの味」はひとつの理想形だ。だが現実に、お客の求めにしっかり応じつつ自分の思いを形にしていくには、我慢強さが必要だ。顔と顔を見合わせる相方がいることが、どんなに支えになるだろう。塩崎さんの牛乳と目黒さんのバター、村中さんの小麦と石田さんのパン。同じ空気を吸って働く人同士が、物を通してわかり合う。このパンとバターを食卓にのせる時、彼らの幸福感も一緒に付いてくる、そんな気がする。
(文・深江園子/写真・吉村卓也)

バターの粒
タンポポのように鮮やかな色の、バターの粒。牛乳から分離したクリームに乳酸菌を入れ、保温して一晩発酵させる。狙ったpHになったら攪拌し、へらで練って布に包んで揉み、白い水分(バターミルク)を絞ると、やっと発酵バターの完成だ。


ベーカリー イシダ
名寄市西4条南2丁目10-1
TEL 01654-8-7615
https://bakery-ishida.com/

プティフロマージュ ニウプ
名寄オフィス 名寄市大通北3丁目17 AOZORA料理店内
TEL 01654-8-7416

特集関連よみもの

天塩川流域、食のプロたちが集まる「アマムの会」

 今回の特集で取り上げたパンやバターができるまでに、大きな役割を果たしたのが「アマムの会」というグループの存在だ。これは、道北、天塩川流域の農家、食品製造者、料理人など、おいしものを作っている人たちが中心となって、地域の食文化の向上と発信を進めるための団体だ。

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