道東の酪農地帯、中標津。中標津農業高校の実験室で、生徒たちがペットボトルに入った赤い液体をゼリー化する実験をしていた。液体の正体は光合成細菌だ。詳しい説明は省くが、光合成ができる細菌で、これを野菜栽培に利用できないかと研究している。
そもそも、酪農地帯の中標津は果菜類と葉菜類の栽培が少なく、地場産野菜をもっと食べたい、野菜の収穫を増やしたいという願いから始まったプロジェクト活動だ。そして、このメンバーは「SDGs QUEST みらい甲子園」という、高校生が参加するSDGsのアイデアを競う大会に「植物活用研究班」として参加した。
近ごろいろいろなところで聞くようになった「SDGs」という言葉。2015年に国連が定めた「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」のことだ。このまま地球の資源を使い続けたり、貧富の差が拡大する社会が続くと、世界はひどい状況になるのではないか、人間は幸せになれないのではという危機感を背景に生まれた。2030年までに持続可能なよりよい社会を実現するために作られた指標だ。そのための17のゴール(目標)が定められている。
1. 貧困をなくそう 2. 飢餓をゼロに 3. すべての人に健康と福祉を 4. 質の高い教育をみんなに 5. ジェンダー平等を実現しよう 6. 安全な水とトイレを世界中に 7. エネルギーをみんなに、そしてクリーンに 8. 働きがいも経済成長も 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 10. 人や国の不平等をなくそう 11. 住み続けられるまちづくりを 12. つくる責任、つかう責任 13. 気候変動に具体的な対策を 14. 海の豊かさを守ろう 15. 陸の豊かさも守ろう 16. 平和と公正をすべての人に 17. パートナーシップで目標を達成しよう
このゴールを達成するために、高校生にアイデアを考えてもらおうというのが「みらい甲子園」。今年で3回目の開催となり、2021年度は全国6つのエリアで、846チーム3,249人の高校生が参加して行われた。北海道エリアからは71チーム252人、29校が参加した。
チーム単位で申し込み、いろいろなゴールを達成するためのアイデアを考え、発表する。書類審査を通り、ファイナル大会に進んだチームは自分たちの発表を動画に撮って送る仕組みだ。コロナ禍もあり、北海道エリアでの最終審査の発表会は3月31日にオンラインで行われた。
冒頭紹介した中標津農業高校のチームは「秋山記念生命科学振興財団賞」を受賞した。メンバーが所属する植物活用研究班は同校に8つある研究班のうちの1つで、授業の一貫としてプロジェクト活動が行われている。現在2、3年生の10人が所属している。顧問は同校生産技術科の小山大貴先生だ。
この研究は、元々は牛舎の消臭等に使っていた光合成細菌を野菜に使ったらどうなるのだろうという問いから始まった。学校の農場から自分たちで採取した光合成細菌を培養し、その液体を野菜の畑に散布することによって収量がアップすることを実証した。
本番の大会で発表を行ったのは、3年生の椎田恋羽(しいたこはね)さんと佐藤胡桃(くるみ)さんの2人(大会出場時は2年生)。同校ではこれまでもみらい甲子園に出場して入賞したチームがあり、今回も小山先生から出てみないかと言われたのがきっかけだった。対象としたSDGsのゴールは9番の「産業と技術革新の基盤をつくろう」と、15番、2番だ。(次ページ参照)
2人とも SDGsという言葉は高校に入ってから知ったという。「エスディージーズ?最初はチーズの種類かなんかと思ってました」と笑う佐藤さん。「最近でこそ聞くようになりましたけど、耳にしたことはなかったです」と椎田さん。
取材当日やっていた実験は、ペットボトルで培養された光合成細菌の入った液体を、畑にまきやすいようにゼリー状の球体にすること。「水を玉のようにしてさわれるようにする実験を見た事がある、という生徒の言葉から着想を得たんです」と小山先生。
佐藤さんも椎田さんも自分で野菜作りに関わったのは、農業高校に入ってからの授業だった。自分たちで作る野菜がいちばん美味しいと感じるようになったという。「スーパーで買う野菜とは明らかに違う。舌が肥えたのかもしれませんね」と椎田さん。光合成細菌で収量が上がったり、トマトの糖度が高くなったりするのを実感するとやりがいを感じる。畑作には適さない寒冷地と言われた地域で、おいしい野菜を作る。同校で作った野菜は地元のスーパーの棚に並ぶこともある。このプロジェクトはぜひ後輩に引き継いでもらいたいと、2人は語ってくれた。
「みらい甲子園」北海道エリアで最優秀賞になったのは、札幌市東区にある市立札幌開成中等教育学校5年生(中高一貫校なので、高校2年生相当。応募時は4年生)の堀川ほのかさんと中村陽菜(はるな)さんの2人のチーム「中学4年生」が企画した「マッチングアプリで孤食解消!」のアイデアだ。
地域で行われている「子ども食堂」に興味を持ち、調べていくうちに運営にはいろいろな障壁があることがわかった。参加したいボランティア、開催したい人、場所を探している人、食材を提供したい人、といったさまざまな関係者たちがうまく出会えていないことに気づく。違ったニーズを持った人たちを、スマホのアプリに登録することによってマッチングさせ、効率よく子ども食堂を運営し、「孤食」の問題の解決につなげようという企画を作った。
2人は去年の11月頃、学校に貼られていた募集のポスターを見て、面白そうなので出てみようという話になった。自分たちで調べ、子ども食堂にも出向いてボランティアを体験したり、市内の子ども食堂にアンケートを取ったり、市の担当部局にインタビューに行ったりした。プレゼン用の資料も自分たちで作成した。先生の力は全く借りていない。
苦労して作ったプレゼン資料は「会心の出来です!」と堀川さん。最終発表のセレモニーでなかなか名前が呼ばれなかったのでドキドキしたが、見事最後に最優秀賞に輝いた。
今回の取材の窓口になってくれた同校の井上慶太先生は2人が応募するきっかけとなったポスターを校内に貼った。関わりはそれだけで、あとは一切ノータッチ。生徒たちが応募したことも後から知ったという。同校は中高一貫教育で、授業も自分たちで課題を見つけて取り組む形式のアクティブなものが多い。「そんな校風も2人がすんなりと進められた一因かもしれません」と井上先生。
「コープさっぽろ賞」を受賞したのは、市立札幌藻岩高校のチーム「MYS」。メンバーの3年生(応募時は2年生)の女子3名、横山沙羅さん、齊藤愛実(まなみ)さん、横山結生(ゆう)さんの名前の頭文字とMake You Smileをかけた。テーマは「 保健サービスを全世界へ 〜人生手帳で健康を豊かに〜」で、SDGsの3番目のゴール「すべての人に健康と福祉を」を目指した。
3人は同じクラスで、みな看護師を目指していることもあり、自分たちの進路に関係する分野で応募してみようということになった。調べているうちに、世界には新生児死亡率が高い地域があり、日本は「母子手帳」ができたことによって死亡率が低下した事実を知る。さらに、日本で生まれたこの制度が今は世界に広まっているということもわかった。 これを子供と母親だけでなく、もっと広げてすべての人に応用できないかと考えたのが「人生手帳」だ。「お薬手帳」「健康手帳」「血圧手帳」「ワクチン接種履歴」というように分けるのではなく、それらを統合して、出生から現在に至るまで、自分の健康に関するすべてのデータをすぐに取り出せるようにするのが人生手帳だ。
「おそらく国が今マイナンバーカードでやろうとしていることと似ているかもしれません」と3人は言う。実際の「手帳」を作ることも考えたが、紛失のリスクなどを考えてデジタル版を作る方がいいのではないかと思っている。これが世界に広まる事によって、すべての人の保健サービスの向上につながるはすだという。
このような高校生の自主的な活動を後押ししている背景に、2003年から高校のカリキュラムに導入された「総合的な学習の時間」の存在がある。2022年度からは「総合的な探究の時間」と名前が変わり現在に至っている。文部科学省は「探究的な見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていくための資質・能力を育成する」と位置づけている。前述した開成中等教育学校も藻岩高校も「探究の時間」にかなり力を入れている学校だ。教科書を使って教えるような授業ではないので、教員の力量が問われる科目でもある。
藻岩高校でチームのアドバイスをしたのは、昨年度2年生の探究授業の担当を務めた石山智也先生。探究・計画部の部長を務める千葉建二先生や長井翔先生と共に探究授業を牽引する。
「生徒たちには自分たちで課題を見つけて、興味のあるものをとことん研究するように伝えています。学校の外に出ていくのも奨励しています」と石山先生。だが個別のプロジェクトに口を出す事はしない。「今回も教員は全くタッチしていません。生徒たちがどんどん物事を進めて行くのを見るのは感動的でもあります」と話す。
みらい甲子園はSDGsに関連した高校生のアイデアを競う大会だ。そのアイデアが実際に社会で採用されたり、実用化されたりするのを保証するものではない。スポンサーとなった企業や大学などが、高校生のアイデアの実用化をサポートする動きもあるが、まだそれはごく一部に留まり、実際の形になるには時間がかかる。
今回の取材では、高校生のがんばりに若いエネルギーを感じ、その真摯な取り組みにはとても感動した。一方、昭和世代で高度成長期を経験している筆者としては、とても申し訳ないような複雑な気持ちになった。それは我々の世代が作ったツケを若者に回し、いまさらSDGsなどと言ってその解決方法までも若い世代に押し付けているような気にさせられたからである。
だとすれば、これらのすばらしいアイデアを実現につなげ、高校生たちの考えてくれた提案を無駄にしないよう、今度は大人たちが引き取っていくのが世代の責任ではないかと思う。日本の高校生は総じておとなしいので、スウェーデンのグレタさんのような行動を取る人は少ないだろう。
だが、若者世代にある意識には共通するものを感じる。みらい甲子園は、高校生たちから突きつけられた今の世の中へのメッセージと受け取った。
(文・写真:吉村卓也)
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