牛は草を食べる動物だ。自然界では穀物は食べない。日本で人気が高い脂ののった霜降り牛肉は、たっぷりと穀物を与えて育てた結果だ。つまり、人間の手助けがないとできない牛肉だ。その餌となる穀物などの飼料は、そのほとんどを海外からの輸入に頼っている。その供給が途絶えれば、霜降りの和牛を作ることは相当難しくなるだろう。そして、昨今の世界情勢による飼料価格の高騰で、その心配が杞憂とも言っていられない状況にある。
輸入飼料に頼らずに、国産の飼料のみで肉牛を育てる牧場は圧倒的な少数派だが、その重要なプレーヤーが、道内にある二つの大学の牧場だ。
一つは北海道大学の北方生物圏フィールド科学センターの静内研究牧場、もう一つは北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター八雲牧場。いったいどんなふうに牛が飼われているのか。二つの牧場を訪ねてみた。
新ひだか町静内、二十間道路の桜並木のそば、かつての御料牧場の一角に北大の研究牧場はある。牧草地の面積は130ヘクタール。(1ヘクタールは100メートル四方)。牛の他に馬約100頭も飼っていて、うち90頭は「道産子」。御料牧場時代の軍馬の子孫だという。森林も330ヘクタールあり、合わせて500ヘクタール近い敷地を持つ広大な牧場だ。
肉牛として飼われているのは約150頭の日本短角種という牛だ。人気の霜降り肉が取れるのは黒毛和種で「和牛」の98%以上はこの種類だが、ここにはいない。「和牛」と呼べるのは黒毛和種、褐毛(あかげ)和種、日本短角種、無角和種の4種に限られる。
研究牧場の短角牛の餌は牧草が主で、その他最低限の道内産の穀物を与えている。輸入飼料はゼロだ。牛たちは、春から10月の下旬頃までは屋外の牧草地で過ごし、冬の間は牛舎に入る。生の牧草がない時期は、牧場内で調製した干し草や発酵飼料(サイレージ)などを食べて育つ。生まれてから28〜30カ月くらいで700〜750キログラムを目標に育て、出荷となる。
牧場長を務める河合正人准教授に牧場を案内してもらった。
「牛は元来草食動物なので、できるだけ草で育てようというのが、北大のコンセプトなんです」と、河合さん。静内の牧場では肉牛、札幌の牧場では乳牛を、草を中心に育てている。
かつては価格の安い海外産の飼料を入れていたが、3年前に一切やめた。2021年に牛肉をブランド化する話が持ち上がり、すべて牧場内と道内産の餌に切り換えた。現在、「北大短角牛」のブランド名で売り出している。
製品となった肉を見ると、脂身が少なく、赤身であることが一目瞭然。霜降り肉に見られるように脂が点在する「サシ」が入ることはほとんど無い。牛肉の匂いが苦手な人でも臭みがなく、焼くといい香りがして、甘みやうま味がしっかりしているのが特徴だという。筆者も食べてみたが、歯ごたえがあり、噛む毎にしっかりと肉の味を感じることができる。霜降り肉のようなとろける感じはないが、その分、肉を食べている、という実感がある。脂身が少ないので、健康にもよさそうだ。
「穀物を多くする方が効率がいいし、霜降りを作るには穀物に頼らざるを得ないのですが、うちはそういう考えは捨てています」と河合さんは言う。
訪ねたのは10月下旬。ちょうど、外での放牧が終わる時期で、牧草地で過ごした牛を冬を前に牛舎に移動させる作業中だった。四輪バギーに乗ったスタッフが牛を誘導しながら、一頭ずつ体重を測り、牛舎に移していく。雪が解けて牧草地が緑になるまで、牛たちはこの牧場の干し草や道内産の飼料を食べて育つ。
「うちのようなやり方は手間がかかりますが、そういう畜産品も世の中にあっていいのではないでしょうか。芸術品のような霜降り肉もリスペクトしながら、食卓に上った畜産食品を食べるときにちょっと考えてもらう。そんなきっかけづくりは大学の牧場の役割ではないかと思っています」。
もう一つの農場は、道南の八雲町にある北里大学の牧場だ。牧場に常駐する同大獣医学部講師の小笠原英毅さんに話を聞く。ここで飼っているのは、日本短角種と、短角とフランスのサレール種との交雑種の二種。合計約440頭いる。2011年まで黒毛和牛の素牛(もとうし)生産をやっていたがやめた。素牛とは子牛のことで、肉にして出荷するのは別の農家が行う。
「素牛生産をやっていないと成り立たないのであれば、肉牛産業としてだめと思った」と小笠原さんは当時を振り返る。今は、牛が生まれてから出荷までのすべてを見て、消費者に届けるために売り場にも立つ。「黒毛をやめてから素牛の値段が高くなったので、『なんでやめたんだ』と言われましたが」と笑う。
八雲牧場がさらに徹底させたのは、完全に草だけで育てることだ。穀物飼料は全く与えていない。牧草地の面積は230ヘクタール。牛一頭を育てるためには1ヘクタールの牧草地が必要だと言われる。440頭の牛にはこれでも足りないので、一部の牛を町営の育成牧場に預けている。
「物質の循環を重視しています」と小笠原さんは言い、牛舎で出る牛の糞尿は自然発酵させて堆肥にし、牧草地にまく。先代の牧場長が外国産の餌を食べた牛の糞尿は外国に戻せないから、適正な処理をしないと国内に留まり、それが川や海を汚し生態系が乱れる一因になることを危惧して始まった、という。
「今の畜産は外からものが入ってこなかったら成り立たない状態です。国内の資源だけで肉が生産できるか、と考えたのが原点です」という。その後、日本で初めて2009年に肉用牛で国内初の「有機畜産物JAS認証」も取得した。日本で認定を受けている牧場は数える程しかなく、それも北海道以外には無い(2022年11月現在)。
2011年には、八雲牧場の有機JAS認証牛肉を静岡県のスーパーで2日間店頭販売したが、全く売れなかったという。
「なんで赤身の肉がこんなに高いのか、という反応でしたね」と語る。今ではさすがにそんなことはなくなり、求められる肉になってきたという。
小笠原さんとって、有機よりも、国産の飼料で牛を育てることが何より大切だという。草だけで育てているので、海外飼料の価格高騰にも影響を受けない。
「有機をやりたい、国産飼料で飼いたいと思う畜産農家がいたら、できるような環境を整えたい」という。
手間のかかる国産飼料での畜産だが、大学だからできることなのか?
「農業関係の補助金は大学では使えない。循環型農業への国の補助は多くなってきていて、民間は有利になってくるはず。そして広い土地のある北海道、耕作放棄地の転用などやれることはあるはず」と言う。小笠原さんは「日本産肉研究会」の事務局長や「北海道オーガニックビーフ振興協議会」の会長も務め、循環型畜産の啓発活動も行っている。
「生産、流通、消費の選択肢を広げたい。こういうやり方なら50年先でも大丈夫、という方法を提示していきたいですね」と語ってくれた。
(文・写真:吉村卓也)
二つの大学の牛肉は以下のインターネット通販で購入可能
北大短角牛 Wacca Table https://table.wacca.life/
北里八雲牛 ビオ・マルシェ https://biomarche.jp/
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