ガンで手術をし1年間禁酒していました。その後飲むようになったのですが、350缶ビール1缶でホワホワしています。以前はビアガーデンでも男の人に負けないくらい飲んでいたのに...年も取ったしこれで良いのかしら?(まりこさん)
お酒は飲めないので全然ネタになるようなことはないですね~(かおりさん)
20〜30代(ほぼバブル時代)に先輩諸氏と痛飲、終電を逃し泊まり歩いた。コロナ禍を経た今 良い悪いを超え私が形作られたと恥多き想い出と共に得難い時間を過ごしたと思い出す。(ゆうぞうさん)
お酒を飲まないので私のほろ苦い話ではないのですが、記憶がなくなるまでなんで救急車を呼ばれて、店長が付き添って行くと言う場面では、店長がかわいそうに思えましたね。(さささの母さん)
父は毎晩ビールを飲んでいるのに子どもはジュースを飲んではだめ。ビールは毎月びんで一ケース届くのに子どものジュースはない。おとうさんずるいなーと思っていたが、自分が父親になると、夜はビールが飲みたくなり、子どものジュースは食事どきにはダメ、甘いだけで栄養がない、太るなどと難くせをつけて飲まさない。同じことをやっていることに気がついた。ただし、わたしのビールは自分の財布から支払いしているが…。(ミサトさん)
お酒があまり飲めないので、ノンアルコール飲料で、飲んだ気持ちになっています。 昔からノンアルがあったら、もっと楽しかったかも…と思う今日この頃です。(ちかさん)
成人式には、自宅外で大学に通っていてアルバイトで生活費を賄っていたため、初めから不参加でバイトの予定でしたが、前日に友人と前祝いでお酒を飲み、二日酔いでバイトを休みました。 (ヨシヒロさん)
昭和51年、入社したての独身の頃、吉祥寺の寮住まいの身ながら、渋谷、六本木界隈で豪快に飲酒し、終電に間に合わず、六本木からタクシーで帰途。当時で2万円を超えるタクシー請求を受けた記憶がある。初任給が5〜6万円だった頃と思う。頭が回れば、安いホテルに宿泊した方がずっと安上がりのはずが、脳天気な事をしたと酔いが冷めてからしみじみと後悔した記憶がある。(じゅんじぃさん)
ほろ苦い事柄でお酒を飲み始めても、ほろ苦い程度で済まなくなるのです。タクシーを降りた途端に、腰が抜けてしまって、しばらく、雪の降る中を座り込んでいたり、正月に上司の家に呼ばれた後に、近隣の社長の家に押し掛け、皆と一緒に帰るまで、トイレを占有していた事など、とっても苦いのです。(よしあきさん)
子供の時 当時は各家庭で“ドブロク”なる物を作っていました。 子供の口にも甘く美味しく、お正月に皆んなで飲んだら酔ってしまい気付いたら布団の中。 フーフー寝入ってしまい親も慌てたそうです。 戦後間も無く昭和25年頃の話ですが。(丸さん)
ビールと言えば、シュワッとしたのど越しと、あのほろ苦い大人の味がたまりません。
頑張った自分へのご褒美にも最高ですよね。
そんなビールと同じくらい、ほろ苦いお酒にまつわる思い出はありませんか?
誰かに話したくなる、あなたのほろ苦いお話、聞かせてください。
お酒を飲まないあなたも、ビールのように苦い話、ありませんか?