このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
お知らせ:システム保守作業のため、2026年8月24日(月)23時〜8月26日(水)11時の期間は、ログイン・新規登録ができません。
>HOME >投稿塾 >VOL264「20年間で一番の思い出」
投稿塾
今月の投稿テーマ
『20年間で一番の思い出』

AFCプレミアムプレスが創刊したのは、今から20年前の2006年。
「10年ひと昔」と言いますが、20年もあれば、赤ちゃんは成人し、ピカピカの小学1年生は社会人に。この20年で、ガラ携はスマホに変り、AIが人生相談にのってくれる時代へと変化しました。
読者のみなさんには、どんな20年が流れたのでしょうか。みなさんの20年で一番の思い出を教えてください。

住んでいなかった自宅を三年越しで処分したこと。(未確認飛行物体さん)

20年のなかでの一番は「スマホ」に出会たこと、これで生活が劇的に変わりました。(ビデオさん)

子の独立、孫の誕生(ケイさん)

子供が成人して家庭を持ち、孫が生まれたことことかな(kenさん)

孫が生まれた(ゆきえさん)

広島旅行か。広島東洋カープのファンで広島市民球場が最後の開催の年に夏休みを使って行って2試合観てきて一勝一敗。宮島さんや原爆資料館など観光もそこそこ、美味しいものもたくさん食べてとにかく満足した旅行だった。(福太郎さん)

20年前、子供達はまだ中学生で、我が家には片目が青い大きな雑種の犬がいました。14歳で虹の橋を渡ってしまい、しばらくは心にぽっかりと穴が開いた状態でした。そして7年前、亡くなった愛犬とそっくりな野犬の保護犬を家族に迎え入れました。陽気でお利口さんな我が家の太陽になりました。子供達も社会人になり、昨年は娘がワンちゃんと一緒に樽前山山頂まで登山をしてきました。これからも楽しい思い出を作りたいです。
(きくちゃんさん)

両親の看護、介護に専念するため、30年以上続けた仕事を早期退職した。ずっと離れて暮らしていたので、たとえ介護看護でも一緒に暮らす事はそれなりに楽しかった。それなのに、単純な医療ミスであっという間に母を失い、その後実際に何が起きたのかを調べるまで何年もかかり、その後調停で相手側が非を認めるまで更に数年かかり母の不慮の死から早10年ほど経つ。この20年間で最大の思い出は悲しいことに両親を失ったことだ。(るぴさん)

21才の一人娘を出産した事です。
濃い〜20年でした。
今後は娘も家を出る日が来るかと思うので、自分自身の生き方も考える時があります。(まちゃさん)

毎月2回くらい踊りに行っていた。ディスコナイトのイベントに参加していた。(ようこさん)

コロナ禍で時間が止まったまま(にゃんにゃんにゃんこさん)

「もう二度と結婚なんてしたくない。この先1人で生きていく。」と思うほどの気持ちで離婚したのに、再婚して今年で12年経ちました。自分が再婚したことに一番びっくりしています。でも結果幸せな結婚生活を送れているので、出会ってくれた夫に感謝です。(向日葵さん)

子供が小さい頃は車の上のキャリーにキャンプ道具を積んで、夫婦2人になっても年に一回以上はでかけてます。
最初の頃からの道具を買い替えているのも思い出深いです…(れいこさん)

暗いお話になりますが、この20年間で父と弟が亡くなってしまいました
平成から令和と年号も変わり、物価高もとまらず。。常にどんどん変化していくものですね
これからはいい意味で変化していくことを望みます(ふくさん)

60歳で、定年退職してから働いていた第2の会社も退職して自由な身になりました。寂しくなりましたが、社会貢献活動を始めました。とても充実した毎日をおくるスタートの年です。(ひろゆきさん)

投稿塾バックナンバー


先頭へ戻る