AFCプレミアムプレスが創刊したのは、今から20年前の2006年。 「10年ひと昔」と言いますが、20年もあれば、赤ちゃんは成人し、ピカピカの小学1年生は社会人に。この20年で、ガラ携はスマホに変り、AIが人生相談にのってくれる時代へと変化しました。 読者のみなさんには、どんな20年が流れたのでしょうか。みなさんの20年で一番の思い出を教えてください。
20年・・・退職して、年金生活者になったのが大きな変化ですね。 社会の役立たずになって、仕事がいかに嫌だったか、プレッシャーだったか、改めて感じました。もう二度と仕事はできないと思います。(情けないことです) ガンが見つかったり、腸閉塞を発症したりして入院もしました。 今は自転車で遊び回ってますが(ルドルフさん)
本を自費出版したことです。その後、出版社から声がかかり、商業出版することもできました。20年前には想像もできなかったことばかりが起きました。(たつやさん)
横浜に住んでいる孫の男の子2人が高校、大学へと受験の度にハラハラドキドキし入学後は文化祭等行事のある毎年1から2回みんなの顔を見るのが楽しみな20年間でした(HとMさん)
子供が産まれたのが2006年です(トレイングさん)
この20年間で定年を迎えその後の就職も満期を迎え今再々就職の仕事をしてます(のぶゆきさん)
就職(すづこさん)
一番の思い出は、母と毎年いった筑後川の花火大会です。(ひろこさん)
息子の独立(ゆかりさん)
家族全員が健康でした(チマキチさん)
海外に、特にヨーロッパなどに、気楽に行けた気がします。 その頃に、家族で1ヶ月(夫は仕事で1週間)ロンドンに宿泊して、パリやラーマやフランクフルトに行って、英語ができなくても、楽しく旅行できたのが、今考えたら、ビックリです。 今は、とてもとても!! 最近パリに行った友達に聞くと、円安で物価が恐ろしく高かったと言っていました。(きょうこさん)
北海道に移住しガーデニングに明け暮れる日々でした。北海道で咲く花々は色が鮮やかで本当に綺麗です。北海道しか知らない人にはこの感激わからないだろうな。(りつこさん)
子どもが生まれてちょうど20年です。(pop10さん)
本州から北海道に引っ越してきて、はや20数年になりました。 冬山登山で雪山でのテント泊。雪の上で焚火をしたり、沢での釣り、山菜採りと 北海道の大自然を肌で感じることができたのは、とても良い経験でした。(ほわさん)
再婚をして今年で20年。今は余生を夫婦で外食したりドライブしたり、また大好きな映画巡りをしたりして楽しんでおります。(さちえさん)
自衛隊を定年退職して再就職、5年間勤め転職し、今、6年目となります。(Fighters命さん)
27歳の娘の成長と共に過ごした20年。いつも幸せを祈っています。(ヒロさん)
子供が独立し夫婦ふたりだけの生活が始まった頃です。よくあちこちに出かけ楽しみましたねー。。(としつぐさん)
子供の頃からなりたかったイラストレーターになるため、一念発起で転職。右も左も分からない業界だったけど、しがみついて後にフリーランスへ。まさに人生の転機だった。(ぎんざんさん)
5年前の夫婦喧嘩。 でも、なかよしです。(しろくまさん)
何と言っても転職。夫が定年前に体調不良から退職した。それまで仕事はしていたが、フリーで保障のないものばかり。しかも夫は退職後にガンが発見され入院を余儀なくされた。仕事を探し就職できたものの、同僚のイジメにあう。姑が壮絶な嫌がらせを経験した身には他人相手なので気は楽だった。定年まで勤め上げ、更にそこで得た人脈から次の仕事を見つけられた。波乱万丈だったが、得難い経験。多くの出会いは嫌な人も含め豊かな20年だった。(ゆらばーばさん)
なんとか定年退職となりもはや死語となりつつある悠々自適とかゆう状態です。思えばこれは人生初めてのパターンかも知れません。幸い日々、暇な時間は少なく動き回っております。どこまでもこのペースを維持する事は無理でしょうが、当分は楽しみたいと思っております。(あいらさん)
両親が同じ年、4月と7月に亡くなった事。(おでんさん)
楽しいこともあったが、この20年の間に大切な人とものを数多なくした。まだなくしてはいないものの4年前に夫に大病がみつかり、寛解しては再発、増悪…余命宣告から起死回生をかけての造血幹細胞移植…hhv-6脳炎、イレウス、GVHD…幾度もの生命の危機を経ての今、寝たきりの身体障がい者となってしまったが、厳しい治療に踏み切ったことに悔いはないと言ってくれる。でも、20年前に夢見た悠々自適の老後はどこに?(TSUZYさん)
いざ20年前を振り返ろうとすると、戸惑う年になりました。仕事を止めて10年、孫が女4人、こんないい人生ありますか。(SKさん)
地中海クルーズ(えいじさん)