AFCプレミアムプレスが創刊したのは、今から20年前の2006年。 「10年ひと昔」と言いますが、20年もあれば、赤ちゃんは成人し、ピカピカの小学1年生は社会人に。この20年で、ガラ携はスマホに変り、AIが人生相談にのってくれる時代へと変化しました。 読者のみなさんには、どんな20年が流れたのでしょうか。みなさんの20年で一番の思い出を教えてください。
孫が生まれたこと。その後、これまで3人の子供に5人の孫が生まれました。結局、変化の激しい時代においても、人生ってこれなんだと思いました。(hiropomさん)
テーマの語りの如く、最初の孫大学生はは今年二十歳の成人を迎え、四番目孫娘は来年小学校です。その孫娘が畑のトマトを片っ端から採りそして食べてくれます。なんともうれしい頼もしい光景です。騒がしい世情の中で、この光景がこの先いつまでも続くよう祈らずにはいられません。(ふみおさん)
この20年…あまり良いことないです、反戦の機運がつづきまいすよに(ユウジさん)
この20年は親の看取りと孫の誕生が交互にやってきました。哀しみと喜びが交互にやってきたという印象です。(平等院さん)
20年前に、北海道勤務になり転勤してきました。生まれは北海道だったんですが、大学が東京で、就職以来関東、中部、関西、東北と中々北海道勤務が無かったので最後に札幌勤務ということでした。家族を千葉県に残しての単身赴任でした。両親は他界して生家は無人の状態でしたので、生家の解体整理等これまで手付のことを休日を利用してすることにしました。2年程して定年退職を機に札幌市内移住を決めて妻共々札幌に…。現在に至ります。(三毛猫のパパさん)
それほど感慨深いものはないのですが、2020年3月末で定年退職、5年の雇用延長を終えて2025年3月末で完全に仕事を離れたことでしょうか。1983年4月からですから2025年3月末で42年間になりました。(クオドリベットさん)
高校生だった20年前には想像しなかった職業につき、 想定していた場所に住み、希望どおりに結婚し、有り難いことに子供を授かれました。 一番の思い出は、子供を授かれたことです。(きたじんさん)
この20年の間に、大きな出来事は、主人の定年退職と、家族が増えた事です。家族と言ってもミニチュアダックスフンドです。短い足で家中を駆け回る姿に癒される日々です。(よしこさん)
親の介護そして看取り、弟2人とも病死やら さらに妻の病ありしも回復に安堵している日々。子供三人はそれぞれ結婚し家も持ち孫五人にも恵まれた。 喜怒哀楽いっぱいの20年あまり、残りの人生妻と仲良く楽しく生きて行く。。。(まつおさん)
この20年、進学、就職、転職、転勤を重ね、8か所以上の都道府県で暮らしました。北海道への進学を皮切りに、群馬で就職、埼玉、東京へ転職。その後は転勤で仙台、名古屋、大阪、福岡へ。日本の大都市でさまざまな人と出会い、普通に生活していたら出会えない人たちから多くを学び、刺激をもらいました。転勤は大変なこともありましたが、人生の視野を広げてくれた貴重な経験です。今は、転勤して良かったと心から思います。(りょうすけさん)
2012年74歳時の3周間にわたるブラジル旅行。翌年以降足の不具合で旅行不可となり最後の夫婦海外旅行として思い出深い。 サンパウロ、リオ、イグアスの滝など観光は別として、60歳以上乗り物最優先のしきたりや昔日本で行われていた「頼母子講」の存在など印象に残る。 はやと(はやとさん)
赤ん坊だった娘が結婚したことかな(まさひろさん)
家を建て替えたこと(あつこさん)
退職かな。33年勤めていた職場を退職した時、他の部署の方が、私の退職を伝え聞いて、友人にお花を届けさせてくれました。思いもしなかった人達からの贈り物で、あんなに嬉しかったことありません。長い間、臨時職員として働いていたので寂しい思いをすることも多かったのですが、最後にとてもよい思い出を作ってくれました。(えつこさん)
子育て真っ最中(りつこさん)
教員として仕事に追われた毎日(賢吉さん)
2023年に応援している阪神タイガースが38ぶりに日本一になったのが一番の思い出です。(たきいくぞうさん)