札幌圏の空港といえば新千歳空港が思い浮かぶが、もう一つの空港が「丘珠(おかだま)」だ。正式名を「札幌飛行場」という。年間の旅客数約27万人(2019年)、札幌市営地下鉄東豊線栄町駅から約1.5キロの距離にあり、札幌都心にも近い。道民にはプロペラ機の空港としてなじみが深いかもしれないが、2016年からは積雪期を除き定期便でFDA(フジドリームエアラインズ)がジェット機を運航している。新千歳という大空港に隠れて目立たない存在ではある。そんな丘珠空港を訪ねてみた。
丘珠空港を拠点とするのがHAC(北海道エアシステム)だ。会社は紆余曲折を経て、現在は日本航空グループとなり、尾翼にはJALの鶴のマークが描かれている。HACは丘珠空港内に本社を持ち、丘珠と函館、釧路、女満別、奥尻、利尻、青森県の三沢を結ぶ。飛行機はATR42-600型機という客席48のプロペラ機3機を保有する。10月下旬には1機増やす予定で、それに合わせて道内便の増便が予定されている。
丘珠空港の朝は7時35分発、HACの函館行きから始まる。朝6時半に空港のビルが開き、45分にはカウンターがオープンする。夜間、格納庫に入っていた飛行機はこの時間までにはもう外に出されている。お客さんも徐々に集まり始めるが、朝5時頃からHACの本社に詰めているのはディスパッチャーと呼ばれるパイロットに航路上の天候や運航状況を伝える人たち。同社のオペレーションコントロール部のマネージャー、伊藤幸一さんは運航統制担当としてディスパッチャーと連携しながら飛行機の運航全般を見渡す。取材に訪れた日は2月の積雪が多い日。何台もあるモニターを見ながら天候調査に余念がなかった。雪雲の動きを見ながら、出発便はもちろん、到着便が空港付近にやって来る時間の天候を先読みする。
「データを見ながらよりよい航路をパイロットと相談しながら見極めます。12月から2月の厳冬期は特に神経を使いますね」という。
空港ターミナルの目の前には駐車場があり、階段を使わずにターミナルビルに車から歩いて行ける。1階にはチェックインカウンターと手荷物預かりの受付がある。搭乗口は2階だ。朝の時間帯はビジネスでの利用が多く、函館や釧路便は満席になることも多いという。
乗客はセキュリティーゲートをくぐった後はもう一度1階に降り、ボーディングブリッジはないので地面を歩いて飛行機に乗り込む。ATR機なら、下に開いた扉の裏が階段になっている。FDAのジェット機の場合は、タラップ車が横付けされる。乗客が歩く地面には、北海道らしくクマの足跡がペイントされている。冬期はロードヒーティングされていて通路に雪はない。ターミナルから見ていたATR機も、近くで見ると大きく見える。釧路から到着し、またすぐに折り返す便の駐機中に機内を見せてもらった。
ATR機に乗務するCA(客室乗務員)は1人。今日4便目の搭乗を終えて、機内清掃をしていたのは22年春に入社したCAの品川世凪(せな)さんだ。ポータブル掃除機を片手にシートポケットに入れる資料にもれがないか、次々とチェックしていく。空港にスタンバイ中のCAも手伝いに来て、手分けして窓拭きも行う。品川さんは佐賀県出身。CAになりたくてHACの募集に応募した。
「チームワークのイメージとは違いましたが、全部任せられているのを感じます」と語る。この日は朝丘珠に出社し、函館便を1往復、釧路便を1往復飛んだ。地方では飛行機から降りないので、たまにステイのある函館以外はまだ道内都市を体験できていない。雪の多さには驚いたが、晴れた日の空からの景色は格別だという。「プロペラ機で高度が低いのでジェット機とは違った風景が見えます。窓から写真を撮るお客様も多いですね」という。
ターミナルビルの2階には、こじんまりとした売店「スカイショップおかだま」と、レストラン「丘珠キッチン」がある。どちらも朝7時から最終便出発30分前まで営業している。空港の付近は札幌の特産タマネギ「札幌黄」の産地でもある。メニューには札幌黄を使ったカレーや、麺に札幌黄を練り込んだ「丘珠拉麺」もある。滑走路側のカウンター席は飛行機を見ながら食事ができる。特に一人旅のお客さんには人気席のようだった。
2階ロビーで目を引くのが、2ヶ所に展示されている飛行機の模型だ。かつて運航していたものから現役に到るまで、旅客機21機とヘリコプター1機の模型が展示されている。乗り込むお客さんや地上スタッフもジオラマで再現されている。これらの模型を製作したのはHACの機長、小林啓良(けいすけ)さんだ。2020年から空港で展示されている。
小林さんは大阪出身でパイロットとしてJAC(日本エアコミューター)でスタート、HACには2018年に入った。プラモデル作りは小学生の頃にやっていたが大人になってからは離れていた。たまたま少し仕事で時間ができたのを機に、買いためていたプラモデルを作るようになったのは30歳を過ぎてから。元々パイロットに強く憧れこの業界に入った小林さん。飛行機の模型は作ったことが無く、ネットで検索したら名人が札幌にいることがわかり直接連絡して指導を受けたりもした。展示されているのはプラモデルに独自のシールや着色を施したもの。パーツを海外から取り寄せたり、塗装色の調合も行う。空港付近の航空ファンの人たちも制作を手伝ってくれるようになった。「小さい空港ならではのアットホームなコミュニティーがあって楽しいですね」と小林さん。まだまだコレクションは増えそうだ。
雪が解け、春の気配が本格的に感じられる頃、ジェット機の運航が始まる。今年は3月26日の運航開始からFDAが静岡の「富士山静岡空港」と長野の「信州まつもと空港」、さらに今年から「県営名古屋空港(小牧)」が加わり計3路線となった。
FDAは2008年に設立された静岡市に拠点を置く独立系の航空会社で、丘珠便は2016年から定期運航を開始した。使っているのはブラジル製のエンブラエル170/175という小型ジェット機で、世界的に人気が高い機体だ。同社はこれを16機保有し、その全てが色違いのカラフルな機体だ。今日はどんな色の飛行機が来るのだろうという楽しみもある。同社はJリーグの清水エスパルスの株主でもある静岡の企業グループ「鈴与」が設立した航空会社だ。同社営業部の緑川恵介さんによれば、FDAはいわゆるLCC(格安航空会社)ではない。「幹線ではつながず、地方と地方を結ぶことをコンセプトにしています」という。夏期は特に静岡、松本からの観光のお客さんが多い。「札幌市中心部に近いという丘珠のポテンシャルに期待しています」と話す。
丘珠空港の滑走路は1500メートル。道内の空港の中では奥尻と並んで短い。新千歳、函館の3000メートルの半分だ。冬にジェット機が就航できないのはこのためだ。
2022年12月、2023年2月、札幌市と道は空港管理者である防衛省と国土交通省に1800メートルへの滑走路の延伸の要望を出している。ジェット化への模索は90年代初頭からあったが、当初計画した2000メートルへの延伸は近隣の騒音問題等から断念。その後の検討を経て、小型ジェット旅客機が通年で運航できる1800メートルへの延伸を要望するに到った。札幌市まちづくり政策局空港活用推進室は「地域の理解を得ながら、要望の実現に向けて進んでいきたい」と話す。
コロナで国内の空港が約7割の旅客数減に見舞われる中、丘珠空港は約4割減にとどまった。丘珠空港ターミナルビルを管理する札幌丘珠空港ビル株式会社によれば、道民の「生活路線」として使われている空港の特徴が見えてくるという。同社の菅原直樹総務部長は、道内路線はビジネス需要に加えて通院などの生活ニーズが多い、という。特に離島の利尻便は飛行機が欠かせない交通手段でもあり、「利尻の隣町は札幌、なんて言われることもあります」と語る。この日は道内全域が雪模様で、パイロットたちが繰り返しディスパッチャーの席を訪れていた。
1942年に旧陸軍が飛行場を設置したことに始まる丘珠空港は、2022年に80周年を迎えた。その後、民間航空機も利用する共用空港として運用され、1992年現空港ターミナルビル開業後のピーク時には年間38万人の利用があったが、2010年に全日空グループが撤退し利用者が激減。2011年には北海道の経済人有志らで作る「丘珠研究会」ができ、空港のさらなる活用について議論が交わされている。同研究会は短い滑走路でも成功している海外の空港の例などを挙げながら、丘珠空港の未来について活発な提言を行っている。現在、コロナ禍期の利用者減を除けば、旅客数は延びている。「空港ビルのお客さんは航空会社」だと言われる。新千歳の一極集中もある中、第2の空港「丘珠」をどう使っていくのか、選ばれる空港になっていくのかが問われているのだろう。
午後8時、最終便のHACの2726便が女満別から到着する。フライト時間は55分。道東エリアが札幌からの日帰り圏になるのは飛行機ならではだ。到着便に合わせて、冬季は地下鉄栄町駅まで、それ以外は札幌駅南口まで必ず連絡バスがある。すべてのお客さんが空港を後にする。一日の仕事を終えた飛行機も格納庫にしまわれる。午後8時半、丘珠空港の一日が終わる。
大学生のときに、JAL(日本航空)が自社養成でパイロットを募集することを新聞で知り、へぇこういうのもあるんだ、と思い応募したのがきっかけです。試験は6次まであったのですが、最初は3次試験で不合格になりました。そしたらがぜんパイロットになりたくなり、2度目の挑戦で1974年にJALに採用となりました。小樽生まれで......... 続きはこちら
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