摩周湖の第一展望台がたいそうきれいになった、と聞いて出かけてみた。最後に訪れたのはもう10年近く前だろうか。駐車場に隣接するおみやげ屋の建物の屋上。コンクリートの床に鉄の柵。おみやげ屋もよくある観光地の雑然としたイメージだったと記憶している。
さて、久しぶりの摩周湖である。弟子屈町の阿寒摩周国立公園内にある。駐車場は昔のままだ。だが建物の玄関の横はすっきりして、そこに「摩周湖カムイテラス」の文字があった。そう、これが新しい展望台の愛称らしい。
階段を数段上れば展望台だ。観光客の姿も多い。上の方から、先に到着した人たちの歓声が上がっているのがわかる。「うわ〜」「へぇ〜」「すご〜い」。驚嘆の声やため息が聞こえてくる。何が見えるんだろう。だんだんと展望台の全貌が見えてくる。到着。思わず声が出た。「うわ〜、かっこいい!」。
床は木だ。無粋な鉄柵は無くなり、ガラス張りになっている。これなら小さな子どもの目線も遮ぎらない。そして、中央には木製のテラスが段差をつけられてしつらえられている。椅子があり、テーブルがあり、浅い角度のクッションつきのベンチがある。摩周湖という舞台をじっくり楽しめる屋外シアターのようだ。ソファのようなベンチに座ると、頭が上を向く。目線に入るのは空だ。
「ぜひ夜の星空を眺めていただきたいんです」と言うのは、弟子屈町振興公社の代表を務める嶋戸健祐さんだ。摩周湖カムイテラス、硫黄山MOKMOKベースを運営する会社だ。
「この場所の良さをもっとよく伝えられることができないかと考えました。建物の魅力ではなく、摩周湖の魅力。そのための装置を作りたかった」と話す。
訪れた日、展望台の天気は曇り。摩周湖は霧の晴れ間にちょっとだけ姿を見せてくれた。「霧の摩周湖」というイメージは昔の歌謡曲が火付け役だが、やはり夏は霧に覆われることが多いらしい。
そうこうしているうちにあっという間に霧がかかり、湖は姿を消した。湖畔までの道も無く、特別な許可を得ない限り立ち入ることもできない湖だ。展望台からの眺望が一般人にとっては唯一の摩周湖との接点になる。
摩周湖は国立公園の中にある特別保護地区だ。環境省の「国立公園満喫プロジェクト」という事業に採択されたことが、この大規模改修につながった。環境省によれば、「日本の国立公園のブランド力を高める」「滞在時間を延ばし自然を満喫できる上質なツーリズムを実現する」、とある。先行して全国から8つの国立公園が選ばれ、北海道は阿寒摩周国立公園がその1つとなった。
プロジェクトの趣旨の中に「引き算の開発」というのがある。廃業してしまったホテルがそのまま残っていたり、景観にそぐわないものがあれば無くしていく。何かを新たに作るのではなく、邪魔になるものは引いていくという考えだ。
摩周湖から車で約20分で川湯温泉に着く。温泉街には硫黄の香りが立ちこめる。かつてはここに20軒近い旅館やホテルがあったが、現在残っているのは小規模な宿泊施設を除けば4軒だ。温泉街のあちこちに使われていない建物が残っているので、寂れた感じがするのは否めない。
川湯で2軒の宿を経営する榎本竜太郎さんに話を聞いた。1941年開業の「お宿欣喜湯」で知られる株式会社川湯ホテルプラザの4代目。川湯温泉旅館組合の会長も務める。
「私が小学生のころまではとても賑わっていました。中学校から道外に出たのですが、帰って来るたびに知った旅館が廃業していく実感がありました」と語る。「団体から個人への流れに乗り遅れたのが衰退の一因」と分析する。2011年に川湯に戻り家業を手伝ったが、ちょうど東日本大震災の直後。震災をきっかけに閉めるホテルもあった。「2008年のリーマンショックに続き、震災での落ち込みでとどめをさされた感があった」と振り返る。さらにコロナ禍である。同じ国立公園内にある阿寒湖温泉との差は開く一方だった。
だが、座して待っていたわけではない。榎本さんは、宿泊単価のアップにつなげるための食事の質の向上やインバウンド客のセールスに取り組む。2021年には、廃業したホテルを買い取り高グレードの宿として「お宿欣喜湯別邸忍冬(すいかずら)」をオープンし、もう1軒の「お宿欣喜湯」では夕食の提供をやめた。
リニューアルされた「別邸忍冬」には窓の大きなラウンジができ、町中を流れる「温泉川」がよく見える。川岸に見える硫黄の湯の花が温泉情緒を高める。ビュッフェ形式のレストランも川湯温泉の源である近くの「硫黄山」から上がる噴煙をイメージしたものにした。
「川湯ならではのものとは何なのか。それを前面に出しながらこの地域全体を盛り上げていきたい」と語る。
温泉街にあるいくつかの無人の建物はすでに解体されて更地になっている。 摩周湖観光協会の専務理事、守屋憲一さんはかつて弟子屈町の職員として「国立公園満喫プロジェクト」にずっと関わってきた。廃業したホテルの土地建物の取得に町が動き、そこからは国の補助を得て建物を解体し、更地にする。マイナスの景観をゼロまで戻す地道な作業だ。
「土地建物の取得には時間がかかります。町の力だけでは解体まではできなかった。来年度には使われなくなった建物がさらに解体され、ようやくゼロの状態に戻ります」と話す。
その更地の1つには、2026年に星野リゾートが宿泊施設を開業することになった。「川湯の知名度が上がる」と地元では歓迎する声が多いという。
川湯温泉街の一角に変わった名前の建物があった。「ARtINn極寒藝術伝染装置(通称「アートイン」)」という名前の宿泊施設だ。ここを営むのは、滋賀県出身の今井善昭さんだ。かつてはテレビ番組の制作会社を経営、全国の温泉を紹介する番組を500本以上作っていた。取材が高じて温泉に興味を持ち、 2000年には屈斜路湖畔に土地を買って家を建てた。弟子屈の町にだんだん興味を持ち、川湯にあった元拓銀の保養所だった建物を手に入れたのは8年前だ。
「屈斜路湖、釧路川源流、硫黄山、摩周湖。これが全部町内にある。財産がここにあるんです」と強く語る。全国の温泉を知る今井さんだが、「ここの泉質はすごい。強酸性の温泉としては群馬県の草津温泉、秋田の玉川温泉と肩を並べます」という。川湯の湯はなめるとしょっぱく、そして酸っぱい。肌がひりひりする感覚があるが、皮膚病にもいいらしい。
自身が始めたアートフェスティバル「極寒芸術祭」は次回で14回目となる。世界各地のアーティストがここに滞在しながら、現代アートの作品を残していく。
「これをやりたくてこの場所を作ったんです」と今井さん。建物の中に足を踏み入れると、さまざまなアート作品で溢れている。アーティストが滞在していないときは、一般の人も泊まれる。海外からの客が8割以上だという。口コミで川湯の名は世界中のアーティストに広がっている。来年も2月2日からの1カ月間、極寒芸術祭が開かれる予定だ。
日本国内には34の国立公園があり、そのうち6つが北海道にある。北海道の主要産業である観光に貢献しているのは、間違いなくその自然環境だろう。この貴重な財産の価値をさらに高めるための工夫が少しずつ始まっている。
(文・写真:吉村卓也)
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