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帯広から北西方向に約32キロに位置する鹿追町は酪農や畑作が盛んな町だ。大雪山国立公園の南の端、然別(しかりべつ)湖があり、十勝らしい大地の広がりの中にあるこの町は「過疎」に指定されている。そんな町に、30年以上続いている「山村留学」制度があると聞いて訪ねてみた。全国の小中学生が親元を離れ、1年間(延長も可)同町の瓜幕(うりまく)小学校、または瓜幕中学校に通う。
留学生には自然体験留学センターという寮が用意されている。2024年度は男子4人(中学生1人、小学生3人)、女子2人(中学生)がいる。センター長は三反崎順也さん。「みたざきさん」だが、子どもたちは「みたさん」と呼ぶ。小学生男子が学校からセンターに帰ったのは午後6時過ぎ。3人は「みたさん、みたさん」とはしゃいでいる
そうか、子どもは言葉を縮めて言うのが好きなんだ。そう思った最初だった。今どきに表現するなら「わちゃわちゃ」する4人。見ているほうまで笑顔になる。
静岡県から来た川上陸さんと千葉県から来た鳥海裕貴さんが6年生、札幌市から来た道家悠月さんが5年生。ここに来て楽しいことは何?そう尋ねると、陸さんと悠月さんが「ジャベ!」、裕貴さんが「ライパ!」。どちらも初めて聞く言葉。やはり短縮されていた。
「ジャベ」=ジャベリックボール投げ。やり投げへと導入するための陸上種目で、昔のソフトボール投げに代わる種目でもある。3人は火曜と木曜の放課後、瓜幕小のグラウンドで練習している。「ライパ」=鹿追町ライディングパーク。道の駅うりまくにある町の乗馬施設で、留学生に限らず子どもたちは週末に馬の世話や乗馬の練習をする。鹿追町の山村留学は「乗馬ができる」のも売りの一つだ。
3人には困っていることも聞いたが、「別にない」と力強い。裕貴さんが正直に「朝が苦手」と教えてくれた。センターでは午前6時起床だ。起床後、風呂やトイレや玄関など共有の場所を掃除する。2人1部屋の自室は、日曜に掃除機をかけるのが決まり。夕飯は午後6時、8時から8時半は学習タイム、9時半消灯。電子ゲーム、スマホは禁止、学校支給のタブレットは持ち帰ってもいいが、事務室に置く。
「この環境で体験してほしいことが他にたくさんありますから。テレビもありません。ボードゲームやトランプはあります。子どもたちは新聞紙を丸めてぶつけあったりして、勝手に遊んでますよ」と三反崎さん。大学卒業後、大手メーカーに就職したが、子どもに関わる仕事がしたいと教員資格を取得、瓜幕との縁はセンターでのボランティアからで、現在は鹿追町役場瓜幕支所係長でもある。
日本の山村留学は1976年、長野県八坂村(現・大町市)で始まった。「自然の中での体験に裏打ちされた真の学力を」という理念からだったが、「過疎地の学校維持」効果もあり、全国に広がった。NPO法人全国山村留学協会「全国の山村留学実態報告書」によると、2022年度に山村留学制度があるのは22道府県の64市町村。664人の小中学生が参加している。また北海道教育委員会のホームページを見ると、今年5月1日現在で道内の7町村9校が山村留学を実施している。
鹿追町も、このままでは学校が維持できないという危機感を学校と地域が共有したのが出発点だ。鹿追町より1年早い1987年、道内トップを切って留学を始めた旧日高町千栄小・中学校は1998年に閉校。山村留学制度があっても過疎化は進む。
鹿追町も人口は少しずつ減り、今年5月31日現在で4971人。ただし留学制度がきっかけで、町に移住してくる人たちも少なくない。17世帯40人はすでに子どもが卒業した移住家族、11世帯30人は小中学生の子どもがいる移住家族で、その家族の子ども14人は「留学生」には入らない。
センターで暮らす留学のほかに「親子留学」もある。子どもの留学に親がついてきて、公営住宅などに住む。2024年度は5世帯(親5人、小中学生7人)。現在鹿追町にはセンター生6人と親子留学生7人、合わせて13人が留学している。彼らを含め1988年以来37年間で、町が受け入れた留学生は321人だ。
娘の留学をきっかけに宮城県仙台市から移住してきたのは荒井裕次さん。2020年4月に中1だった長女の杜和さんが留学、22年には中1になった長男・奏介さんも加わった。センター受入式から始まり運動会、サマーキャンプ、文化祭など妻の美緒さんと瓜幕に通ううち、「山がどんとあって、空の青さが飛び込んできて、広~い風景を見ているうちに、結局こういうところが幸せなんじゃないかなと思うようになったんです」と裕次さん。
昨年4月に美緒さん、仙台での仕事を継続する段取りをつけた裕次さんが7月に瓜幕へ。町営住宅をDIYしながら暮らしている。
杜和さんは昨年、和歌山県の芸術系高校に進学したが、そんな進路を選んだのも留学したからこそだと裕次さん。瓜幕中は全生徒数が40人足らず。何かしらの役を引き受けざるをえないし、意見も言わなくてはならない。その経験が自信になって、「そこでないなら、もう高校は行かないというぐらい、肝が据わった子になったんですよね」
子どもたちが偏差値競争から外れる不安はないかと尋ねると、AIの話になった。スマホやパソコンなしで仕事ができないのが今なら、子どもたちの時代はAIなしで仕事ができなくなる。そうなれば人間に必要なのはAIができないこと、つまり独創性や行動力だと思う、と。「だから五感を使っていろいろ体験することが大事だと思います。うちは宿題してると怒られるんです。それより外で遊んでこいって」と笑う。
「町のいいところ」と思うのが、みんなが誰の子でも名前を呼び捨てにするところだ。最初は驚いたが、「認める」ことなのだと気づいた。存在が認められれば子どもの喜びになるし、自信につながる。親同士も「○○ちゃんのパパ」「○○さんの奥さん」などでなく、名前で呼び合う。すごく心地よいから、もちろん実践中だ。
昨冬は瓜幕中グラウンドの天然スケート場で、子どもらに混じりスピードスケートに挑戦した。7月には町に伝わる「白蛇姫(はくじゃひめ)舞」に荒井家3人で参加した。「来てよかったです。何かをしない理由はいくつも見つかりますが、留学制度をきっかけに思い切れました」
「ライパ」こと鹿追町ライディングパークには週末ごとに、29人の小中学生がやってくる。6グループに分かれ練習するが、「好きな子は、すきあらばやってきます」と町係長で指導担当の沖浩充さん。昨年、北九州から来た6年生は1年でかなり馬を走らせることができるようになった。
そこまでいかなくても、「ライパ」大好きな子どもが多いのは、「最初のうちは、行けば友だちと遊べるくらいの感覚だと思います」。馬の乗り方は、手取り足取り教えない。走ってくれない、止まってくれないのは、馬にとって嫌なことをしてるからじゃない? そんなふうにアドバイスすると、子どもたちは試行錯誤する。そのうちにうまくいくようになる。一つ達成感を得る。その積み重ねで「ライパ」が好きになるのだという。
10月の学習発表会では乗馬参観日もある。1人で馬を連れてきて、乗って、親を乗せて、引っ張る。親にも子どもにも晴れの場だ。
留学センターの子どもたちには他にもたくさん行事がある。山菜採り体験、サマーキャンプ、スキー教室……。2泊3日の短期ホームステイは年6回ある。
6月18日は2024年度1回目のホームステイ日だった。埼玉県から来た中学2年の畠山ひいろさんと、福岡県から来た中学1年の坂本友琉瑠さんが行ったのは、井出健一さん宅。手巻き寿司で歓待され、フルーツポンチのデザートを食べ、鹿追高校1年の次女・愛美さんと遊ぶ。
留学制度が始まったのは、50歳で亡くなった健一さんの父・順一さんが瓜幕中PTA会長だった時。校長とともに制度実現のために奔走、初年度から里親になった。これまでに預かった子どもは27人、健一さんは鹿追町瓜幕自然体験留学制度推進連絡協議会の副会長。
74歳になる母・照子さんが、「山口県からの女の子を預かった時、娘と同じ部屋に住まわせて」と話しだした。3カ月くらいで2人が口をきかなくなったが、「担任の先生がうまく話してくれて、大人になってその子は結婚の相談を娘にしていてね、よい関係になったの」と照子さん。大人になってからふらっと訪ねてきた大勢の子の話、順一さんのお葬式に手伝いに来てくれた子の話……。健一さん、妻の理恵さんも加わって、留学生の思い出話に花が咲く。
カリフォルニア大学バークレー校に入って国際弁護士になった子は、アメリカでの卒業式に照子さんを招いてくれた。外国で活躍する子はとても多い。照子さんがこう言った。「なんか怖くなくなるんじゃない。小さい頃に親から離れて生活すると」
教育関係で鹿追町が力を入れているのは、山村留学だけではない。鹿追中と瓜幕中、町内2校の中学が国際バカロレア認定を受けようと準備中だ。高校であれば国際的に通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)を得るための制度だが、中学の場合はそうではない。「僕らは探究学習を進めることだと思っています」というのは渡辺雅人教育長だ。
自ら課題を見つけ、いろいろな人と協議を重ね、解決を探っていく。それが探究教育で、文科省も新学習指導要領に組み入れた。バカロレア認定の基準を満たしていくということは、探究教育を深めていくことと渡辺さん。バカロレア認定への準備はとても大変で、先生方はすごく忙しい。それでも頑張っているのは、「先生方の心に、与えるだけの授業を変えなくてはという強い思いがあるんです」。
8月から認定審査が始まる。認定されれば、鹿追への留学=バカロレア教育となり、相乗効果も狙える。と水を向けると、「もちろんPRはします。でも、教育は効果が出るのに時間がかかるものですから、そこは忘れてはいけないと思います」
町が財政支援する北海道立の鹿追高校も2023年度から全国募集を開始した。現在10名の生徒が北海道外から在籍しており、教育のためにこの町に来るという動きに一役買っている。
最後にもう一度、センター長の三反崎さんに登場いただく。どういう子どもが山村留学に向いているか尋ねた。答えは、「他人に左右されない子ですね」
協調性も必要だが、それよりも自分の気持ちがぶれないことが大切だと三反崎さん。親の思いより、子どもの思い。「何をしたいのかはっきりしている子なら、ここはとてもいい場所です」
(文・矢部万紀子 写真・佐藤茂)
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