扱う美術品は約5000点。とてもすべての作品は見切れない。油絵、版画、日本画、立体作品まで、扱う美術品はさまざまだが、特に北海道に関係するアーティストの作品が多い。木田金次郎、本郷新、佐藤忠良、小野州一、田辺三重松、相原求一朗、川上澄生……。ギャラリーと言うよりは美術品の倉庫に踏み込んだようだ。だが、その雑然とした雰囲気が、掘り出し物を探すようなわくわく感を醸し出す。
画廊の主は鶴田昌嘉(まさよし)さん。昭和18年生まれ。30歳で個人で画商を始め、47年が経った。ジャケットにネクタイ姿で毎日店に立つ。北海道絵画商協同組合の専務理事を務めるが、この組織は平成7年に自身が中心になって立ち上げた。当時、北海道には20軒くらいの画廊があった。美術品のオークション販売も日本でいち早く手がけた。北海道画廊で働いていたかつてのスタッフが、新しく画廊を始めたりしているが、北海道の画廊の数は全盛期の半分くらいになっているという。鶴田さんの北海道画廊は北海道で一番の歴史を持つ。
画商となって半世紀が経とうとしているが、そこまでの人生は紆余曲折だった。挫折続きと言っていいかもしれない。
出身は宮城県。高校のときから山登りが好き。大学で山岳部に入りたかったのと、小説家になりたくて、北海道大学文学部に入学した。憧れた山岳部は、団体行動に馴染めない気がして諦め、山は個人で楽しんだ。大学には6年在籍したが、小説家になろうと思って結局中退した。小説家のイメージには「中退」の肩書きが似合った時代だ。
「いろいろな仕事を経験して、それを小説のネタにしよう」と思い、職業を転々とした。しかし、いざ小説を書こうと思うと、全く筆が進まない。これは無理だと、「一生の夢」をすっぱりと諦めた。
その心の痛手は大きく、このままだと自分の人生を振り返って何も残らないのではないかと思い悩む。一念発起、会社に就職することにして音楽興業会社に勤める。しかし長くは続かず、また仕事が無くなる。このままでは「無職」になって住むところも無くなる、根気をつけなくてはいけない、と考え、「次の仕事は必ず1年は続ける」と自分に誓いを立てる。その仕事は文学全集などのセールス。北海道をくまなく回り、飛び込みで全集を売り歩く日々。売れなければ収入はゼロ。契約を取れるのは「100件に1件程度だった」という厳しい日々。自身の誓い通りの期間を勤めて、ちょうど一年経った日に辞めた。
そして、また自分で誓いを立てた。「次の仕事は必ず一生続ける」と。そして、仲間3人で始めた絵の販売が、一生の仕事になった。
当時、銀行のロビーに絵を飾らせてもらい、即売。これが結構売れた。しばらくはうまく行ったが、後が続かなかった。いつしか仲間は抜け、気がつけば自分1人に。しばらくは店舗も構えず、飛び込みで売って回った。そのころ集中的に手がけたのが、版画家・大本靖(故人)のハガキ大の北海道の風景版画だった。本人から直接仕入れ、マットをつけて額装して売る。狙いをつけた会社や役所を直接訪問。部屋の一番偉い人の席にたどり着けばしめたもの。上司が買えば、聞き耳を立てていた部下たちにも売れるのが常だった。当時の値段で2500円。これが1日に5枚くらい売れると、なんとか生活のめどが立った。
小説は好きだったが、絵画に興味があった訳ではない。だが「一生続ける」という誓いは守った。何年か後、鶴田さん曰く「豊平川沿いの掘っ建て小屋」で事務所を構え、その後何回か場所を変え、1986年に法人化。1996年に現在の場所に移った。すすきのの店の他、石狩市厚田の海辺に5月~
10月の土日祝日のみ開く「夕日の美術館」も構える。
画廊が美術品を買い入れるルートはいろいろあるが、長くどこかに眠っていた作品が突然持ち込まれるケースもあり、見極める目が問われる。贋作も出回っているので、鑑定が必要な場合も多い。かつて木田金次郎のものだという、真っ黒に汚れた絵が持ち込まれたことがあった。専門家の鑑定で、本物で、「傑作」と言われる作品であることがわかった。今は岩内町の木田金次郎美術館に収まり、館の人気作品になっているという。
かつて、展示してあった油絵を同業の画商が30万円で買っていき、その後それが400倍の約1億2千万円で売られたのを知ったこともある。つい最近は、有名な彫刻家のものという作品2点について所有者からの鑑定依頼があった。どうも怪しいと思ったが、専門家の鑑定の結果はやはり偽物。高額な作品も多く、贋作の横行は避けられない一面でもあるという。
美術品を手軽に楽しんでもらうために数年前に始めたのが、「ワンコインギャラリー」だ。画廊の一室がそのコーナーになっていて、ここに置かれた作品はどれも月500円でレンタルすることができる。気に入ったら購入もでき、このコーナの作品はどれも一点1万円で買える。定期的に入れ替えるので、これを楽しみに来るお客さんも多いという。
誰もが知っているような有名な作家の作品もあるが、鶴田さんが力を入れているのが自身が50年以上住み、郷里となった北海道の作家たちだ。セールスマンの時代から北海道じゅうを回っていたので、土地勘もつき、地方にどんな芸術家がいるのかも覚え、いっそう親しみがわくようになった。
アーティストの応援もする。中でも画家の佐々木敏光(びんこう)氏とは30年におよぶつき合いだ。佐々木氏は東京出身、札幌在住の現役画家。静寂な雰囲気を醸し出す、柔らかいタッチの静かな風景画だ。かつて雑誌に紹介された絵を見て「いい絵を描くなあ」と思っていたところ、知人の芸術家の紹介で出会い、以来すべての作品を扱っている。
日本経済の低迷期に入り、画商という商売はすっかり厳しいものとなったという。それにコロナが追い討ちをかけた。画廊に足を運ぼうという人が少なくなったのは想像に難くない。
実用的なものではない、食べるものでもない、そんな出費は後回しにされがちだ。特にコロナで「不要不急」なことに対する風当たりが強い。芸術に触れること、映画を見ること、コンサートに行くこと、美味しいものを食べること……。それが自由にできなくなった世界はなんと味気ないものだろう。
鶴田さんの若いころ、挫折続きの人生の救いは太宰治の小説だった。「ダメ人間ですよね。私と同じ」と、無邪気な笑顔が優しい。
「魂を救ったり、生きる力を与えるのが芸術。音楽や文学で力を得て、またやろうという気持ちになります。絵画、美術にもそういう力があるんです。不要不急なものでは決してないと思いますよ」。
そう。こんな時代だからこそ、芸術の力に癒されたい。
(文・写真:吉村卓也)
※ 一部敬称略
●北海道画廊 札幌市中央区南3条西2丁目 KT三条ビル 2階 TEL 011-251-3619 (月曜休)
●夕日の美術館 石狩市厚田区望来389番地268 TEL 0133-77-2210 5月~10月の土日祝日、12時から日没まで 入館料300円 ※道内の物故作家の作品が中心
※北海道画廊は AFC(アサヒファミリークラブ)加盟店。AFC のメンバーズカード提示で作品購入の際10%割引が受けられます。
ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。
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6歳にして既に才能が開花しているようですね!!本人が上達を自覚しているというのも凄い・・・(H)
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