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社員寮の共同キッチンには、エスニックレストランのようなアジアの香りが漂っていた。料理をしていたのは、北見日産自動車にメカニックとして勤務しているベトナム人男性7名。何名かで、あるいは1人で、それぞれが自分の好きなものを作っている。一緒に食べているのは、彼らに日本語をボランティアで教えている「北見YMCAいろはの会(以下いろはの会)」の中原久美子さん。ふだんは一週間に一度、彼らに日本語を教えているが、たまに食事に招かれることがある。料理しているときはベトナム語だが、中原さんとの日本語の会話は自然で、簡単なコミュニケーションには支障がない。
いろはの会は、2000年に設立された北見市民を中心とするボランティア団体だ。北見には北見工業大学や北海学園北見大学(当時)があり、留学生や外国人教員の家族が多く滞在していた。その頃から地元の農業や漁業に従事する外国人も増え始め、日本語のサポートが必要な事態が生じていた。
同会の幹事、伊藤悠紀子さんに話を聞いた。
「1995年頃でしたか、留学生の家族がゴミの出し方がわからないということで、これは日本語のサポートが必要だということになり、当時勤めていたYMCAに要請があったのがきっかけです」。
はじめは初級や中級といったクラスを作ってやってみたが、滞在理由や日本語の必要性、習得レベル、経済状況などが千差万別で、ひとまとめにして対応するのはとても無理とわかり、クラスとして継続することはすぐに断念したという。
その後、市民参加のボランティアという運営形態に変え、日本各地のYMCA日本語学校の協力を得て、「市民ができる日本語の教授法」を検討し、研修会を開き、「いろはの会」として独立した。現在、正式名称にYMCAと入っているものの、会としては独立している。
運営は会員から徴収する月500円の会費のみ。特徴的なのは、「会員」とは先生も生徒も同じで、教える方も教わる方も等しく500円を負担する。行政からの補助等もなく、独立採算で運営して、もう四半世紀になろうとしている。
同会は先生をT(Teacher, Tutor)、生徒である学習者をL(Learner)と呼ぶ。Lの学習補助がTの役割だ。現在、登録されているTとLはそれぞれ30名前後。北見市の統計によれば、同市には現在約650人の外国人がいる。同市の人口、約11万2千人の約0.5%だ。当然、すべての外国人に日本語学習サポートが行き届くわけではない。
「本気で日本語を勉強したいと思う人たちはそう多くはありません。過去の経験から、クラスを作るのはうまくいかないことがわかっているので、基本的には一対一のスタイルで運営しています。日本語能力試験を目指す人もいれば、仕事の現場で使う日本語を学びたい人もいる。基本的に、相手が希望することしか教えません」と、伊藤さん。
同会には会長というポジションは置かず、数名の「幹事」が中心となって2カ月に1度の例会や、研修会などの計画を立てる。北見のみならず、オホーツク圏に暮らす外国人の日本語学習のサポートを行う。
冒頭でベトナム人に日本語を教えていた中原さんは元高校の国語の先生だった。退職してから、地域の情報誌でいろはの会のことを知り、研修に参加してTとなり、22年間活動を続けている。週に1回のペースで日本語を教え、これまでに教えた人たちの国籍は十数カ国に及ぶという。
「会に入っている学習者はみんなまじめです。彼らにとって貴重な休日の日本語講習ですが、休む人はほとんどいません」という。
ベトナム人を受け入れている北見日産自動車の販売促進部・栗山智博さんによれば、同社では数年前から整備部門に外国人を受け入れている。人手不足で、自動車の整備部門の求人は国内ではなかなか人が集まらないという。彼らは「技能実習」や「特定技能」という枠組みの中で日本で仕事をし、期間が終わると本国に帰る予定だが、「なくてはならない人財」と言う。受け入れの際には必ず現地に出向いて説明や面接をする。たまに報じられる実習生の搾取や劣悪な労働条件のニュースには「信じられない」気持ちになるという。社員寮に住んでいるベトナム人男性はもう1名いるが、現在は育児休暇でベトナムに帰省中だ。
同市にある岡村建設株式会社の工事部建設係で働くイ・ケイ・ティー・ゾーさんはミャンマー出身。今年の4月から正社員として採用された。イさんは西ヤンゴン工科大学の土木建築専攻を卒業、日本語学校で1年半学んだ後、日本に来た。今はいろはの会のTと週に1回、会社の部屋を借りて仕事が終わってから一対一で勉強をしている。
「生活や仕事で使う日本語のマナーや発音。何でも聞きたいことが聞けます。日常生活のサポートもあって、一緒に買物に行ったこともあります」と、よどみない日本語で答える。
「難しかったのは外来語」というイさん。「英語で書かれていれば分かるのですが、カタカナから英語を想像するのが分からなかった」という。
イさんの上司、同社の第二工事部長・藤吉由二さんは、「すばらしく頭がいい。教えたことをすべて吸収する」とイさんを手放しでほめる。同社は今年初めて外国人を採用した。これまでは毎年若い人を採用していたが、続かないことも多かったという。
取材で訪れた日も、「今日は部長の家にご飯に呼ばれています」とイさんが笑顔で教えてくれた。「日本のお父さんお母さんみたいです」とうれしそう。いろはの会の学習者は若い人が多いので、家族ぐるみの付き合いになるケースも多いのだという。
いろはの会では年に2回研修会を開いている。10月に開かれた研修会は「日本語経験・学習内容・滞在理由の違う学習者にどのように働きかけて言葉を引き出すか」がテーマだった。新たにTとして入会を希望する人や、現T、会を利用している外国人が協力した。学習者の国籍はインドネシア、ニュージーランド、ニジェール、エルサルバドル、フィンランドとさまざま。北見工業大学の留学生、特定技能実習生、高校のALT(外国語指導助手)と、日本に滞在している理由もいろいろだ。
公民館の部屋を利用して行われた研修会に集まったのは、外国人6名と既会員、新規T希望者の合計30名以上。日本語での自己紹介のあと、6つのテーブルに分かれて研修が始まった。テーブルの上には世界白地図が置かれ、自分の出身国を示しながら、会話がはずむ。
エルサルバドルから北見工業大学の大学院に在籍し電気工学を学ぶディエゴ・ソルさんは文部科学省の奨学金を得て滞在中。「国が暑いところなので、寒いところに来たかった」と北見を選んだ理由を答えてくれた。日本語はもう3年学んでいるのでかなり使える。大学にも日本語のクラスはあるがレベルが簡単すぎたりするので、一対一で学びたいことを教えてくれるいろはの会のサポートはとても役に立つという。
網走から参加していたのは、インドネシアから来たリサ・シスタントリ・ウォロレニさん。現在は「特定技能」として滞在中だが、将来は日本で仕事をすることも考えており「会話を中心に学びたいという希望に応えてくれる」と会のサポートについて話してくれた。
再び幹事の伊藤さんに、いろはの会がボランティア不足にもならず長く続いた理由を尋ねてみた。 「無理せずできることだけ助ける、ということですかね」と伊藤さん。 最近、日本に来る外国人の変化は感じるだろうか? 「日本語を勉強せずに来る人が増えたように思います。昔は日本語能力試験3級を持っているのは当たり前でしたが、今はそうでもないですね」。3級は「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」というレベルだ。「意欲の無い人にまで無理に教えることはしません」と語る。
会では、一対一の関係で、日本滞在中はずっと面倒を見ることが多い。そのため、北見を離れても里帰りで訪ねてくれたり、公私にわたって付き合いが続くことも多いという。
法務省出入国在留管理庁の資料によれば、北海道に在留する外国人は2014年の約2万2000人から、2024年6月末の最新データでは約6万人に増えた。2014年の調査で全体の約1%だったベトナムが現在は第1位となり1万3000人強。2位の中国の約9800人を上回った。3位はインドネシアの約7600人だ。技能実習生や特別技能で滞在するのが全体の約44%で、労働力不足を外国人在留者が補っている構図が見て取れる。
外国人は確実に増えているが、日本語学習のサポートを行っている自治体はまだ少ない。道内179市町村のうち156は学習サポートのない空白地帯となっている(2022年北海道庁資料)。
(文・写真:吉村卓也)
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