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苫小牧市の住宅街、一見ふつうの住宅ように見える建物だが、玄関をくぐると、高級日本料理屋に足を踏み入れたような、なんともいえない優しい香りに包まれる。
ここは鰹節や昆布などの卸業者「永見」。今年で創業60年を迎える。店を切り盛りするのは、2代目で社長の桃井一元(かずもと)さんと、弟の赴(たけし)さんだ。一元さんは、聞き慣れない資格だが「だしソムリエ」の最上級資格、1級のさらに上の「協会認定講師」を北海道で初めて取得した、だしのプロフェッショナルだ。「だしソムリエ協会」が認定している。日本のだしだけでなく、西洋料理、中華料理等、世界のだしの知識も問われる。
元々の家業ではあったが、自身が継ぐつもりは全くなく、航空関係の学校を出て大手の重工業メーカーに内定が決まり、技術者としての道を歩むはずだった。ところが、ちょうどそのとき父が病で倒れる。母は「もう店をたたむ」と言ったが、一元さんは急遽人生計画を変更し、家業を継ぐ事にしたのだ。
元々は鰹節の卸から始まった家業。父母は愛媛県松山市出身。祖父が四国の珍味の行商で北海道に来ていたのが、そもそもの北海道との縁のつながりだった。その息子である一元さんの父が30歳のときに体を壊し、療養を兼ねて北海道に来て始めたのが、現在の家業のスタートだった。北海道内の蕎麦屋や料理屋に、店の注文に合わせた鰹節や昆布を卸す。「永見」の顧客の多くは、プロの飲食店。中でも蕎麦屋はつゆが決め手ということもあり、どこ産のどの鰹節で、という指定がある事も多い。飲食店の注文に応じて、特注の鰹節を作ってもらうこともあるという。
一元さんは、「子どものころからおやつがわりにカツオの厚削りをぽりぽり食べていた」とはいうものの、出汁に関しては全くの素人。全国の鰹節工場を飛び込みで回って、鰹節のことを学ぶ。さらに昆布も学び、だしの「うまみ」の奥深さにひかれていった。今や英語でも「UMAMI」という単語にもなったほど、和食には無くてはならないものである。
北海道といえば、やはり昆布。なにせ全国の生産量の9割以上を占め、和食を支えている。まずは「だしソムリエ」に昆布の話を聞いてみよう。
「ふつうの人は、あまり味を比べてみる機会はないと思うので」と、羅臼昆布、利尻昆布、真昆布、日高昆布、という北海道を代表する4種の昆布だしをカップに用意してくれていた。ちなみに、この順番は値段の順でもあり、羅臼がいちばん高い。筆者は料理はするけど、だしをあまり真剣に考えたことがなかった。昆布の名前は知っていたが、正直どれがどんな味なのかは全くわからない。
「じゃあ、まず真昆布から行ってみましょうか」と一元さん。一口含んで味わってみる。ふんふん、まあ、昆布だしだよね、という感じ。変なクセもなくすっきりしている。「では日高どうぞ」。一口。あ〜、これはまさに昆布。昆布といえばこの味でしょ!磯の香りも強い。真昆布とは全く違うと言ってよい。
「次は利尻をどうぞ」。2つ味わったので違いが面白くなってきた。は〜、ほんのり塩味、上品な感じ。そして色が薄い。京料理には欠かせない昆布だそうだ。
「ではいよいよ羅臼です」。「いよいよ」には訳がある。「昆布の王様」とも言われ最も高級とされる昆布なのだ。一口含む。お〜!これは!明らかにこれまでとは違うインパクト。「うまみ」をダイレクトに感じる。本末転倒なのだが、味の素の味がする、と思ってしまった。そうか、これがグルタミン酸の味か。化学調味料はこれを目指していたのか、と感じ入る。最高級の称号もむべなるかな。
「昆布といっても、産地によってこれだけの違いがあるのですよ」と一元さん。いや、全くだ。初めて知りました!
一元さんは、「だしソムリエ」として、出前でだし講座の講師を年間100回以上こなす。だしを広く知ってもらう活動だ。なんと言ってもいちばん盛り上がるのは小学校での体験講座だという。鰹節と鰹節削り器を持っていき、子供たちに削ってもらいだしを取る。そういえば、昔はどの家にも木の箱のような鰹節削り器があったような気がする。「ちょっと削っておいて」と親に言われて削るのが子供の役割だったあの時代。うまく削れると気持ちよかったり、楽しくなって全部削って怒られたり……。
「一般家庭では、今や自分で削る人は希少ですね。袋入りの花かつおを使ったり、昆布だしをとる人も少数派になってしまったかもしれませんね」とちょっと残念そう。
それにしても外国でも認識されるようになったこの「UMAMI」。なぜ日本以外では普及しなかったのだろう。それは水に大きな関係がある、と一元さんは言う。
「日本は超軟水の土地。昆布も鰹節も軟水でとると実にうまいだしが出ますが、硬水で取っても全くこの味が出ないんです」。なるほど、だから硬水のヨーロッパでは動物性のブイヨンが発達したのだろうか。
さらに鰹節の話も聞いた。大きく分けて、カビのついていない荒節(あらぶし)、カビをつけてさらに水分を少なくした枯節(かれぶし)がある。スーパーなどで売っているのはたいていが荒節。カツオを捌き、煮て、燻して、乾かす。高級とされる枯節は、荒節の状態からさらにカビをつけ、さらに天日干ししてカビを乾かし、カビを払い落として、また乾かすという作業を数回繰り返す。昆布のグルタミン酸とは違い、鰹節のうま味はイノシン酸と呼ばれるもの。一本の枯節ができるまでに半年くらいの時間がかかる。だしをとるときは一瞬だが、そこまでにこれほどの手間と時間がかかっていたのも初めて知った。。
関東と関西の味の違いをよく聞く。関東は醤油のうま味の決め手であるグルタミン酸に鰹節を合わせるイメージ、関西はグルタミン酸を昆布から取って、鰹節と合わせるイメージだという。なるほど、これでうどんのつゆの色の違いも理解できる。ただし、北海道ではこれが主流といっただしの取り方はなく、やはり全国各地からいろいろな人が移り住んでいる土地柄によるのではないかと、一元さんは言う。
苫小牧といえば、ホッキ貝が有名。これを鰹節の製法で「ホッキ節」にして地域の特産品できないかと、鹿児島の鰹節業者に頼んで作ってもらった。値段は鰹節の10倍程になってしまい、今は「ホッキ節醤油プレミアム」(150ml 1,000円)という高級醤油の材料として使っている。刺し身醤油に最適で、脂身の多い魚にも負けない強さがあるという。
だし講座をやって、「おいしかった」と言われるのが一番嬉しいと一元さんは言う。だしの力を使って作った料理は子供たちも喜んで食べてくれるはず。最近は、もっと手軽にだしを取ってもらおうと、手間のかからないティーバッグ型の商品もいろいろと開発している。
食品に対する過敏があって食べたいものが食べられない、自然なものを食べたい、そんな人の役に立ちたい、と一元さん。「だしソムリエ」として、だしの伝道師としての活動はしばらく続きそうだ。
そうだ、今日は久しぶりに自分でだしを取ってみよう。どこかに眠っているはずの鰹節削り器も探してみようか。
(文・写真 :吉村卓也)
水1リットルにつき、昆布10グラム、鰹節30グラム
昆布は水から煮て、60度くらいで引き上げる。(※高温で煮るとぬめりが出たり、磯の香りが強く出過ぎる)
昆布を引きあげてから沸騰させ、火を止める。鰹節を入れて1〜2分待って、濾してできあがり。
(※高級料理店は雑味を嫌って搾らないが、家庭では軽く搾ってもOKだそうだ)
※「永見」は小売りをしていませんがオンラインショップがあります。
https://umamijapan.co.jp/
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