1990年代半ばから2010年頃までに生まれた世代を「Z世代」というらしい。年齢でいうと、27歳からティーンエージャーくらいまでになる。生まれたときからインターネットやスマホが身の回りにあることから「デジタルネイティブ」世代とも言われる。
スマホが必須のアイテムであるZ世代はメディアへの接し方も新しい。「新聞離れ」が言われる昨今、Z世代は新聞とどのように接しているのか、あるいはいないのか。この世代に属する新聞記者2人、新聞社の関連会社でアルバイトする大学生4人、Z世代の少し上のミレニアル世代の本誌デザイナーに新聞について語ってもらった。司会は本誌の編集を担当する吉村卓也が務めた。以下、座談会の抄録です。
吉村:まず大学生に聞きます。この中で新聞を取っている人?……いませんね。みなさん北海道出身ではないそうですが、実家ではどうでしたか?
真鍋:家では新聞を取っていなくて、小さいときから読んだことなかった。祖母の家は取っていた。高校の時、毎朝学校で「天声人語」が配られていたがそれほど読んでいなかったです。
桶谷:小学生の頃、朝日小学生新聞を取っていた。家では新聞を取っていたような気がするが、高校生くらいからはほとんど触れたことはなかったですすね。
杉山:祖父の家では地元紙を取っていたけど、実家では取っていませんでした。
松浦:実家がずっと朝日新聞だった。野球が好きだったので、最初はスポーツ面と4コママンガ。だんだん読む範囲が広がって小学校高学年からけっこう読むようになった。今は一人暮らしになり、取ってません。
吉村:今の大学生、親の世代から新聞離れが始まっているという気がします。新聞記者のお二人に聞きます。このように新聞には厳しい時代と言えそうですが、あえて記者という仕事を選んだのはなぜですか?
佐野:そもそも文章を書くのが好きで、小さいときからマスコミへの憧れもありました。大学3年のときにフランスに1年間留学してパリに初めて行き、難民としてやってきた人たちがシャンゼリゼ通りでホームレスになったり物乞いをしている光景を見てショックを受けた。美しいフランスのイメージは切り取られていた部分で、その裏に苦しんでいる人がいる現実というものがあるのだろうと痛感した。自分の目を通して感じた思い、自分の感覚で切るというか、情報を抽出して、本当に大事なものは何かを発信する仕事に就きたいと思った。今は写真を撮ってSNSに上げれば誰でも記者のように発信できる時代とも言えるけれど、ニュースを伝える仕事は現場に行って、行けない人の代わりに記事を書くこと。そういう仕事はなくてはならないと思う。紙の形ではないかもしれないけれど、生き残っていかなければならない存在だと思い、この仕事に就きました。
石垣:何を隠そう全く新聞を読まない大学生でした。授業の中で、楽に単位を取れると評判のジャーナリズム論というのがあり軽い気持で履修。授業の中から1人朝日新聞でインターンができるということで、応募してみた。記者のまねごとのようなことを少し体験し、これが面白かった。「これはオレがやりたい、オレがやらなきゃ」という気持ちになった。新聞を読んだこともなかった自分が新聞記者をやっている。世の中わからないもんです(笑)。これは必要な仕事だと思ったし、自分が納得いく道で勝負してダメになったらそのとき考えようくらいの気持ち。勝ち馬に乗ったつもりで就職したけどダメだったみたいになったら絶対後悔すると思い、やりたいことをやろうとこの業界に決めました。
吉村:大学生のみなさんは普段どんなメディアに接しているのですか?
桶谷:Google、Yahoo!ニュースのアプリとか、ツイッターが多い。ツイッターはニュースがあったときに、いろいろな人がそれに対して意見している。それを見るのが結構好き。でも情報の質がピンキリで、的外れなものもあるし、表に出てないけどめちゃくちゃいい意見というのもある。いろいろなツイートを見た上で、この人の意見は信用できるとか、いい分析をしている人を見つけてその人の言っていることを参考にするようにしています。
杉山:LINEニュースを主に見ている。知床の事故、ロシアの侵攻のような主要なニュースは速報という形で知る事が多い。もっと知りたいときは、ツイッターとかネットで検索して、出てくる記事を見たり、YouTubeで専門家の意見を流しているニュース番組とかで情報を得ることもあります。
真鍋:全くニュースを見なくて、ウクライナ侵攻のことも授業中に先生が言ったのを聞いて「何それ?」となったくらい。行きたいところ、好きなものとかをネットで検索して見るという感じ。新聞に関係するアルバイトをやって天声人語とか読むようになったけど、思想が強めで偏っていると思うときがある。私はむしろそれが記者の主観や人柄がわかって面白く感じます。
吉村:例えばどんな風に偏っている?
真鍋:何かを批判するときも、意志がはっきりしている。批判するとなったら完全に批判の方向に持っていくんだな、と思いました。
松浦 3月まではテレビでニュースを見ていたが、友達にテレビをあげてしまった。それからニュースを全く見なくなった。ネットニュースは無限に記事が出てくるのであまり好きでない。自分はけっこう無限に見ちゃう派で、YouTubeも自分へのオススメとか出てきて、際限なくなる。自分から取りに行くよりは、テレビとかは受動的な感じで時事ニュースとか入ってくるのがありがたかった。
吉村:無限に出てくるというのはよく分かる。終わりがないね。でも紙の新聞は読み終わることができる。ツイッターのヘビーユーザーで本誌デザイナーの土井さん、どうですか?
土井:僕はシンプルに、ツイッターは自分のフォローしている好きなものの情報しか見ないので、偏ってしまう。学生時代は全く新聞など読まず、この仕事に就いて新聞を読むきっかけをもらって、新聞は自分が知らないことを教えてくれるツールだと思いました。
吉村:知らない事を教えてもらえるのがいい思うようになったのはいつごろから?
土井:10代のころ勉強をおろそかにしていたので、20代に知識欲があふれた。誰かがよかれと思って教えてくれるものに対しては基本的に興味を持っている。僕、オタクなんですよ。ゲームが好きで、放っておくとそっちにばかり行ってしまう。そうなると国際問題とか、ウクライナ情勢も全然耳に入ってこなくなっちゃうし、ゲームの情報で一日終わってしまう。そしたらただの引きこもりなんで、そうなると世の中のことを話せない大人になってしまうと思う。そこは新聞の一覧性に頼っている。30代になって新聞の面白さに目覚めた。
石垣:「ネットニュース」の定義が気になります。僕らもネットに向けて記事を出している。ネットだろうが紙だろうが、信用ならない人が言っていることは信用ならない。信用できる人は信用できる。ツイッターはそれがわかりづらい。「いいね」の数やリツイート数が情報の正当性の担保になるかというと、そんな訳は無いと思う。
佐野:Yahoo!ニュースとか見てもらうとわかるが、そこに載っているものは、従来の新聞社とかテレビ局が出しているものもかなり多い。大きな事件だとなおさら。それとは別に「こたつ記事」と呼ばれますが、まとめサイトとかは現場に行かなくてもこたつに入りながらできちゃうようなものも多い。
石垣:「こたつ記事」はジャーナリズムではないですね。現場に行って話を聞かないと。僕にはこたつ記事は怖くて書けない。
吉村:「ジャーナリズム」という言葉が出ました。学生のみなさん、ジャーナリズムという言葉は知っていますか?
真鍋:説明しろと言われたらできない。
桶谷:聞いたことはあります。
杉山:聞いたことはあるっていう感じ。
松浦:一緒ですね。
吉村:石垣さん、どうですか?
石垣:現場に行って人に話を聞くのは絶対に外してはいけないと思っている。行かないとわからないし、行ってもわからない時もある。心を開いてくれず、頭を下げてやっと話してもらうというパターンも多い。ジャーナリズムはそういうことだと思ってて、現場の話とか質感とかをすくい取った上で、それを書く。もう一つは俯瞰的要素。虫の目と鷹の目とよく言われますが、現場の声と俯瞰的要素を兼ね備えて世に送り出して、世の中に問題提起する。少しでも人が優しくなる結果をつくるとか、そういうことをするための行動だと思ってるんですけど、佐野さんどうですか?
佐野:ジャーナリズムっていうと権威的なものを想像するというか、マスメディアが政府とか、国とか、行政とかの監視をするための盾のようなイメージで使われることが多い。私はどっちかというと、ジャーナリズムというのは人の話をその人の心に寄り添って聞く、その思いをくみ取って、何があったのか、物事の本質を追求する、その行為自体がジャーナリズムなのじゃないかと思ってます。
吉村:これまで書いた記事で印象に残っているものはありますか?
石垣:初任地の千葉であった八街(やちまた)市で、飲酒運転のトラックが小学生の列に突っ込み、児童2人が死亡した事件。献花台の前にずっといて小学生に話を聞いた。亡くなった子の同級生に「なんで死んじゃったの?」と聞かれ、トラックにひかれちゃったんだよと答えたが、ずっとその質問を繰り返されたことがあった。ほんとになんで死んだのだろうと思い、モヤモヤした。その後聖火リレーの取材に行ったとき「希望の火を灯しましょう」みたいなことをずっと言っていて、違和感があった。小学生の気持ちを受け止めたあとに、しらじらしい言葉を聞いた。スポーツは大好きだけど、そのときのモヤモヤはまだうまく言語化できてません。
佐野:知床の観光船の事故で、漁師の方に聞いた話。捜索に出ていた漁師さんに取材したが、最初はすごいマスコミ嫌いだった。「オレが対応しないとお前らがあちこち家を回って聞くから取材を受けることにした」と言っていた。記事が出た翌日、新聞を持ってお礼に行った。その後電話をもらい、記事を読んだことで当時のことを思い出して涙が出た、と言われた。記事がその方にとって大切なものになったと、わざわざ話してくれた。自分が記事にしなかったら絶対に世の中には出てこなかった話があるんだと思ったとき、この仕事の魅力に取りつかれた。世間的には「マスゴミ」と批判されたりしてるけど、いろいろな考えを持った記者がいて一生懸命仕事をし続けている限り、ジャーナリズムはなくならないのかなと思います。
吉村:記者の方から学生さんに聞きたいことはありますか?
佐野:今日の話でマスコミへの印象が何か変わったか、教えて欲しい。
杉山:マスコミに対してよい印象がなかった。嫌なところを探して書くという印象を持っていた。世に伝えなくてはいけないものを、自分の考えを持って伝えている。大変な仕事と思いながら、誇りを持ってやっていることが伝わりました。
松浦:変わりました。記者がそんなに熱意を持って作っていたのは知らなかった。伝えたいという思いがあって作られたものを読んでたのかと。ネットニュースの元が実は既存のメディアが多いというのも気づきだった。
真鍋:基本的に素直に何でも受け入れるタイプじゃないけど、朝日新聞の記者さん熱い、ということが伝わりました。
桶谷:めちゃくちゃ変わった。記者に対してけっこうマイナスな印象を抱いていた。熱意を持って、生の声を伝えるぞという意気込みが伝わってきた。
吉村:やはりZ世代にとって紙の新聞はは遠いものかもしれないけど、実は新聞記者の取材したものに知らず知らずのうちにネットで接しているということも多いはずです。同世代の記者さんの仕事に対する思いはたいへん力強く感じました。今日はどうもありがとうございました。
写真:山本由紀夫(表紙・対談)、吉村卓也
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