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特集「市場は止まらない 札幌市中央卸売市場の「市場人」たち」の表紙の写真です

特集Vol.216
『市場は止まらない 札幌市中央卸売市場の「市場人」たち』

公開:2022年8月15日 ※記事の内容は取材当時のものです。

 午前3時半、ほとんど車の走っていない札幌の街。札幌市中央区北12条西20丁目の一角に、札幌ドームの約2.5倍の敷地を占める札幌市中央卸売市場がある。ここのゲートをくぐるとそこは別世界。場内は市場用の荷物運搬車(通称「モートラ」「ターレ」)が天然ガスエンジンの音を響かせながら縦横無尽に走り回る。番号のついた帽子をかぶった人たちがせわしなく行き来する。時折聞こえる大きな声。これから始まる競りの準備だ。
 2007年に完成した市場の建物はV字型になっている。V字の一辺が海産物を扱う水産棟、もう一辺が野菜や果物を扱う青果棟だ。V字の空いたところがセンターヤード。ここに全道、全国からやってくる荷物が降ろされる。北海道で「中央」の名がつく唯一の市場で、農林水産省が認定し札幌市が開設している。

マグロ50体、数分で競り落とす

 許可を得て、競りの始まる早朝に市場を取材させてもらった。水産棟でマグロの競りが始まるのは午前6時。5時には、競られるマグロが50体ほど並んでいる。夜中に運ばれてきたものだ。ここで競りにかかるのは生のマグロのみ。黒光りする体の上に、尾の部分を輪切りにしたものが乗っている。それぞれのマグロには魚の重さが書かれた札が貼られていて、大きいものは100キロを超える。水揚げされた港も示されている。
 水産部門には二つの卸売業者がある。卸売業者は生産者から商品を預かり、売る。売り先は「仲卸(なかおろし)」業者。水産で27社ある仲卸は市場内にそれぞれの売場を持つ。そこに買いに来るのが魚屋や飲食店、スーパーなど。そして一般消費者の眼に触れる商品となり、店頭に並ぶ。

まだ街が目覚めない午前4時
まだ街が目覚めない午前4時。水産棟は競りを控えて人の動きが慌ただしくなる。

一発勝負の水産の競り

 競りの時間が迫ってくると、並んだマグロを吟味するように仲卸の人たちが三々五々集まってくる。尾の輪切りを見たり、腹の中をのぞいてみたり。今日のマグロの競りを仕切る一人が卸売業者「カネシメ髙橋水産」の毛利健哉さんだ。
 「輪切りになった部分で、脂の乗り、赤身の色、身質などがだいたい判断できます。あとは魚体全体、腹の厚さ、血合いの鮮度なんかを見ますね」と毛利さん。
 競りの前、卸売業者と仲卸が情報交換をすることはあるが、卸売が価格を決定することはない。あくまで値段をつけるのは買い受ける仲卸だ。競りのやり方は市場によって違う。札幌の魚の競りは一発勝負。商品ごとに、仲卸が白いプラスチックのボードにマジックで値段を書いて競り人に示す。その中でいちばん高い仲卸が落とす。同じ値段が出たらじゃんけんで決める。マグロ一体にかかる時間は数秒。競り人の毛利さんは素早くボードの中から最高値を見つける。隣にはマイクとメガホンをもった「アシスタント」、さらに記録係がいる。チームで競りを仕切る。この繰り返しでマグロは数分ですべて競り終わった。素人にはマイクの声も呪文のようで、いつどのマグロがいくらで落とされたのか全く分からない。※表紙のQRコードから音声が聴けます
 毛利さんは会社に入って10年。元々釣りが好きで、回転寿司店でアルバイトをしていたこともあり、この仕事を選んだ。配属されたのがマグロ部門。3年の実務経験後、試験を受けて「競り人」の資格を得た。毎朝2時過ぎに出勤する。マグロの状態を見て、相場観をつかむ。
 「入った当初は競りを見て『かっこいいなぁ』と思って。でも最初に担当した競りでは手が震えるほど緊張しました」と言う。
 毛利さんはマグロもさばく。多いときには一日30体。魚体が大きいが3枚下ろしにするのは普通の魚と変わらない。一体約2分。素早い包丁さばき。中骨にはほぼ身が残らないほどきれいだ。スーパーの解体実演にも呼ばれることがある。あまりに無駄なくさばくので「『もっと中落ち残してよ』と言われることもあります」と笑う。
 いいマグロの見分け方を毛利さんに聞いた。「スジの少なそうなところ、ドリップが出てないのがいいですね。冷凍品は急に温度を上げないよう解凍はゆっくりと冷蔵庫で」だそうだ。

女性の競り人も

 市場は男の仕事場のイメージが強い。実際、競り場で女性を見かけることは少ないが、エビ、カニの売り場でマイクを握っていたのは、もうひとつの卸売業者、「丸水札幌中央水産」の吉野愛香(まなか)さんだ。旭川出身で東京で不動産業で働き、子どもが産まれて転職したが、子育てと仕事を両立させたいと選んだのが築地市場の仲卸業者だった。4年前に転職して今の職場に。「札幌は築地に比べれば穏やかですよ」という吉野さん。「子どもが寝ているうちに仕事に行き、昼の時間を一緒に過ごせるのがいですね」と話す。「高級魚」部門に所属し、エビやホッキ、カニなどを扱う。
 競り人の隣でマイクを握る。競りを仕切るチームはみな若い。「後輩達がよく手伝ってくれます」という。「若いし、女性だからとなめられる面もある」とも言うが、「卸売の仕事は荷物を集めることが第一。荷物が集まるところにお客さんがつく」と言い切る。
 「自分の荷物が予想より高い値段がついたり、お客さんに品物を確保してあげて『助かった』と言われたときはうれしいですね。この仕事が気に入っています」。

マグロの競りを仕切るカネシメ髙橋水産の毛利健哉さん
マグロの競りを仕切るカネシメ髙橋水産の毛利健哉さん
丸水札幌中央水産の吉野愛香さんは数少ない女性の競り人だ
丸水札幌中央水産の吉野愛香さんは数少ない女性の競り人だ

市場には「情報」が集まる

 札幌市中央卸売市場は、大消費地と生産地という両面を兼ね備える珍しい市場だ。鮮魚の扱いは約8割が道産で、さすが水産王国北海道だ。だが、市場が扱う魚の量は1998年をピークに減り続けている。
 丸水札幌中央水産の企画戦略室部長の森脇恒之さんは、市場にある水産協議会で「魚食普及委員会」委員長も務める。小売店とも協力し、小学校や幼稚園に行き、魚の教室や試食、企業との料理教室なども行う。魚の消費が増えないのはなぜなのか。
 「個人的には、昔と比べて肉が安くなったことがいちばんの原因かと思います」と言う。海に囲まれた北海道。かつて、肉、特に牛肉は高級品だったが、大衆魚はいくらでもあった。魚屋も多く、魚についての知識や料理法も店で学べた。扱いが難しい魚は敬遠され、今は外食産業でもメニューには圧倒的に肉が多いことを考えれば魚の消費減もむべなるかなと思える。
 だが、北海道の魚は全国から求められるものでもある。最近は海外からの引き合いもあるという。スーパー全盛の時代だが、若い人が小売りの魚屋を始める動きも出てきた。
 流通形態も変わり、ネットの直販等が増えたのも市場の扱い量が減ってきた一因と言えるが、市場ならではのよさもあるという。
 「市場にはモノが集まる、つまり情報が集まります。一つの港だけ見ていては全体状況はわからない。周りと比較できるのが最大の強みでしょう」。よいものが高い評価を受けるのは正に市場原理。だが、それだけでよいのかという疑問も森脇さんにはある。
 「評価は大事だが、安く買いたたいてばかりでは生産地の『浜』は疲弊する。浜を守り、再生産につながるような役割も果たしていきたい。それがサステナブルな食糧供給につながる」と語る。

青果仲卸、食べて味を覚える

 V字の建物のもう一辺、青果棟に行ってみる。白い発泡スチロールだらけで長靴が必須の水産棟と違い、どことなく落ち着いた雰囲気。野菜や果物が集まり、並ぶのは色とりどりの段ボール箱だ。
 青果に24社ある仲卸の一つ、北一藏重商店は主に高級フルーツを扱う。売り場の一角で果物を仕分けしている二人がいた。一人はベテランの雰囲気、もう一人はかなり若い。教えているのはこの道38年、道外果実を主に担当する山田公英さん。いかにも「修業中」という若者は原秀弥さん。入社1年目の26歳。食品工場に4年ほど働き、転職した。競りに参加できる番号のついた帽子をかぶれるようになるにはあと2年かかる。
 「一人前になるには5年くらいかかるかな」と山田さん。「季節のものだから、食べられるチャンスは一年に一度だけ。3年前はどんな味だったか思い出して、美味しいものが出たときにお客さんに勧められるようになるまではまだ経験を積まないとね」と語る。
 食に関わる仕事がしたかったという原さん。同じミカンでもこんなに味が違うことに驚いた。とにかく食べて味を覚える毎日だ。「師匠には頭が上がりません」と言うが、SNSでの情報発信も担当する。
 山田さんは「今の時代、どんどんそういうことをやって欲しいね。せっかくここにいるんだから、情報をみんなに伝えて欲しい」と背中を押す。

青果の仲卸「北一藏重商店」で、ベテランの山田公英さん(左)から教わる入社1年目の原秀弥さん。
青果の仲卸「北一藏重商店」で、ベテランの山田公英さん(左)から教わる入社1年目の原秀弥さん。

「商品を集約する」という効率化

 青果部門には卸売業者は1社しかない。もともと2社あったが2018年に統合し「札幌みらい中央青果」となった。同社の営業本部取締役・大島敏さんに話を聞いた。統合の背景には、産地も小売店も規模が大型化する中で、卸売会社は1市場1社へという農林水産省の指導もあったという。水産と同じく、消費地でありながら産地の道内物の扱いが多い。米、穀物等を除き、野菜、果物全般を取り扱う。野菜の約7割は道産だ。青果部門も取扱量は近年減っている。生産者と店の直接取引が多くなったり、道の駅などで直販することも多くなったのが原因として考えられると話す。
 「直接買えば安いと思われがちですが、例えばそれぞれが宅配便を動かしているということを考えれば、市場に一括して荷物を集める方がコストが安いことは忘れられがちです」と言う。
 「なんといっても情報が集まることが市場のいちばんの強み」というのは、水産で聞いた話と同じだ。卸売市場は法律によって商品の受け入れを拒めないことになっている。「受託拒否の禁止」といわれる。大豊作などにより相場が暴落した場合でも、生産者から預かった荷物は一生懸命売る努力をする。
 「情報が集まっているからこそ、生産者にも的確な情報を流す事ができる。仲卸さんとも協力して、再び市場に商品を集めようという努力をしています」と語る。

夕張メロン初競りで市場に夏が来る

 一発勝負の水産の競りとは違い、青果の競りは値段をつり上げていくオークション方式。「上げぜり」と呼ばれる。買い受け人の仲卸は指の形で値段を示す。一年のハイライトは毎年5月下旬に行われる夕張メロンの初競りだろう。北海道の夏の始まり、これから道内産品がどんどん入荷するのをみんなで祝うような、いわば「お祭り」だ。メディアも多数集まり、全国ニュースにもなる。コロナ前の2019年には過去最高の2玉500万円のご祝儀相場がついた。コロナで低迷したが、今年は300万円で夕張の業者が購入。今年は入荷量が多く、メロンの出来がよかったことは市場にいれば手に取るようにわかる。

5月26日に行われた夕張メロンの初競り
5月26日に行われた夕張メロンの初競り。指3本が300万円を示す。これ以上の値段がなくすぐに落札。仲卸の北一藏重商店が落とし、夕張市の業者に販売された。

市場は止まらない

 この市場の雰囲気は特別だ。フロアに見渡す限り並んだ魚の発泡スチロールや青果類の箱、箱、箱。これらが一日で消えていくのを考えれば、札幌圏200万人以上に安定して食糧を供給するために、ここが欠かせない場所であることがわかる。コロナ初期のころ、ステイホームで市民が息をひそめて暮らしていたころ、細心の注意を払いながらも市場は一日も止まらず、物流は日常通りだった。絶対に止められない仕事、その一つが食糧流通だ。競りこそ中止されたが、淡々と市場は機能していた。一日約3000人が働くという食糧基地。その「市場人」たちにより私たちの食の流通は守られている。
(文・写真:吉村卓也)

競りの様子(※音声のみ)

※札幌市中央卸売市場は休市日を除き事前予約で見学可能。見学は午前5時〜午後4時までだが、何といっても早朝の競りの時間帯がおすすめ。休市日は日曜、水曜が多いが連休等で変わる場合もあり。コロナの状況により見学ができなくなる場合もあるので、必ず事前に確認を。申込は011-611-3176、札幌市中央卸売市場協会まで。場外には、早朝からやっている小売店や飲食店も多数あり。

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投稿テーマ
『市場に行ったことがありますか?』
みなさんの住むまちには市場がありますか?
大きな市場から小さなものまで。
昔はもっとたくさん「市場」と名がつく場所があった気がします。
いろいろね商品が、地元から、遠くから集まる場所。
みなさんの持つ市場に関するイメージ、エピソード、思い出、どうぞお寄せください!

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以前は行っていたが、最近は近くにないのであまり行かないです。(のるんさん)

市場に行ったことがないのです。
一度くらい、行ってみたいですね!!(ぴのこだっくさん)

野菜、果物、水産物なんかがずらーっと並べてありワクワクする場所!(このあーさん)

昔は市場の名残で、各お店の集合体がスーパー形式で営業していたが、再開発に伴い取り壊されて、今は市場はありません。(da_sokuさん)

スーパーでは出会えない魚に巡り合えたりするので楽しく美味しく食せます(櫻子さん)

安い農産物が沢山集まる場所というイメージ(Kさん)

旅先で朝市が近くにあると寄ったりした事があります。
海外旅行をした際にも市場へ足を運んで眺めたりするのが好きです。
(Ksさん)

金沢の魚市場?が活気があって楽しかった記憶です^^(hrmtさん)

近所に産直市場があり、かく言う我が家も少しですが出荷しています^^; 土日祝日はとにかく混みますよー(hrmtさん)

地元に旦過市場があります。
最近は火事が立て続けに起きていて心配ですが、いつまでも残っていて欲しい歴史のある市場です。
市場はスーパーなどとは違ってお店の人とのコミュニケーションもあるので、お買い物やお話も楽しむ場所だと思ってます。(みみんさん)

 今住んでいる所にはありません。子供の頃には近くに2ヵ所、少し離れたところに1ヵ所あり、よく母の荷物持ちとしてついて行きました。(YSLさん)

青果市場に行ったことがあります
父と朝早く青果市場内のご飯屋さんでご飯を食べた思い出があります(みちさん)

子供の頃学校から見学に行ったことがあるような気がします。(クロネンコさん)

あります。朝市市場漁港直送の物が美味しく新鮮に買えてしゃべるから美味しく食べられる調理法も教えて気軽にくださったり都会じゃあありえませねぇありがとうございます(machandctさん)

旅行に出た時はその土地の市場に行くのが楽しみ。地元の美味しい食べ物に出会えるのが嬉しい。
(ゆきんこさん)

札幌には「中央卸売場外市場」や「二条市場」など有名な市場がありますが、私が幼い頃には住まいの近くにあり、母夕方になるとが買い物かごを下げてよく買い物に行ってました。国内旅行の際は時間を作って各地区の市場を回るのを楽しみにしています。(チュー助さん)

幼いころおつかいに行っていた思い出の市場がなくなり、寂しい思いをしていましたが、つい最近規模を縮小して復活しました!当時よりおしゃれな市場になっていましたが懐かしい気持ちになりました。(まっちゅんこさん)

最近はコロナで旅行にも行ってないので、市場に立ち寄ることはなくなりましたね。久々に市場で海鮮丼食べたいです…(ひろろさん)

大学時代の知り合いが市場に就職しましたが、セリで早朝からの勤務がきついと言っていましたね。卒業後疎遠になりましたが、テレビで初セリの映像が出ると彼もまだ頑張っているかなと思い出すと同時に、一度くらいセリの見学できないかきいてみればよかったな、と思います(笑)(ゆうさん)

市場ではありませんが、引っ越してから、近所の安い八百屋さんで買い物するようになり、生活の質が上がった気がします笑
旬なものを使った料理をしようという気持ちになりますね。(なおさん)

市場=八百屋のイメージがあります。八百屋さんに行けばなんでも揃っていた。あれは村のちいさな市場だったのかも知れません。懐かしく思い出されル市場です。(カークンさん)

市場は観光のときくらいしか行かないので、楽しい思い出とセットですね!函館の市場はイカ釣りができて大人がみんなはしゃいでましたね(笑)(まちさん)

確かに小さい頃はもっと身近に市場ありましたね!今は大型スーパーで何でもそろうのでそこで済ませてしまいますが、子供のころは市場の人と母親が世間話をしているのを横目に見ながら、親切なお店の人にお菓子をもらったりしたものです。懐かしい記憶がよみがえりました!(ちーさん)

地元札幌の二条市場にこの間久々に立ち寄りましたが、コロナの影響か人通りも少なく切ない気持ちになりました。早く事態が収束して活気を取り戻してほしいです。(ぼーさん)

市場の運動会に行ったことがあります(Natsuさん)

大宮市場へ行ったことがあります。市場飯が安くて美味しかったです。(somecoさん)

聞かれると行った事が無いような気が・・・。直売所には行った事がありますが、という感じです。(garakoさん)

姪浜と長浜に行ったことあります(はしもさん)

金沢の近江町市場に行った時、旅行先だったのもあり、一歳だった息子が沢山歩き出しました!お魚も果物も何もかも目に映るものが息子には新鮮で、歩けた事も、いつもと違う景色も嬉しくて仕方がないあの表情が私にとって大切な思い出です。(まるさん)

市場はその土地に住む人の生活そのものだと感じています。市場に行くことで漁業、農業でとれる地物やその土地で親しまれている惣菜や野菜、豆腐などが知れるのですごく好きです。(manatsuさん)

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