第22回全国印章技術大競技会、彫刻ゴム印密刻の部で銅賞を受賞した松田有未さんの作品。彫りの繊細さがわかるようにつまようじを置いてみた。
「集中力が欠かせないので、喋ったり聞いたりしながらは彫れません。一度座って集中できるのは日に4~5時間。この鳳凰は会社を辞めた時期に4日間で彫ったもので、気づいたら日が暮れていた日もありました」
JR小樽駅を背に、運河方向へ歩いて3分ほどの梁川商店街。昔はさぞ賑やかだったに違いない一角にある「松田印判店」には、手彫り印章の職人が二人いる。2代目店主の松田和久さんと有未(ゆみ)さんの父娘だ。実は数年前まで、和久さんには後継者がいなかった、というより求めていなかった。「そもそも昭和45年頃、私が継ぐと言った時だって、父は反対しました。時代に合わなくなると考えたんでしょう」と和久さん。しかし有未さんは、いくつもの偶然を引き寄せるようにして職人の道に進んだ。
小樽より首都圏がいいと進学した防衛大学校から自衛官になった有未さんは、退官後に東京で会社員をしていた。ある時、会社の昼休みにテレビを見ていると、小樽ロケの中で印鑑を彫る父の姿が放送された。「一緒に見ていた同僚に、すごい仕事だねと言われて嬉しかった。私自身も家業を見直す機会になりました」。会社員の夫が家業というものを大切に捉えてくれたことも、有未さんの背中を押した。そして2015年、全国唯一の印章高等職業訓練校へ入学。幸運にも同校が横浜にあったため、働きながら毎週土日2年間の専科を修了。月一回の研究科には今も在籍中だ。書の知識から木口(こぐち、木彫の印鑑)、ゴム印といった実技まで、印鑑彫刻の基礎を学んだ。昨年秋、夫婦で小樽へ移住を決め、夫も札幌に職を得た。有未さんは今、和久さんの下で修業中だ。印章彫刻技能士1級を目指して研鑽も続けている。
彫刻刀もさまざまな種類がある。ゴム印用は刃が大きく薄くて鋭利。木口(実印等)の仕上げには先が鋭くとがったものを使う。もちろん彫刻刀は自分で研ぐ。
木口用の彫刻刀は3方に刃がついている。細い線を残していく作業は見ている方がはらはらする。
「娘が帰ってきて、この先も店を続けるつもりで物事を考え始めました」と和久さんは言う。その表情から自然に嬉しさが溢れてくる。「心配は、あらゆる会合に顔を出すので疲れ過ぎないかという事かな」。
バイタリティ溢れる有未さんは「小樽職人の会」事務局の父を手伝い、体験プログラムの講師役も始めたという。今年10月に「小樽まちゼミ」という催しで篆刻(てんこく)体験教室を開くと、満席どころか40人以上が入れないほどの人気。「斜陽業界と言われる印章業界だけど、興味のある人はまだたくさんいるだなとヒントを得た」という。嬉しいことに、まちゼミ受講生からは「イベントをきっかけに初めて小樽のまちを歩いた」と言う声も上がった。告知を見て市内の商店から注文が来るなど、仕事への手応えも有難い。「これからも工夫して、本業を生かせるイベントをしたい」と有未さんは考えている。
「確か7~8年前に家業を継ぎたいと言った時は、全力で否定されたような(笑)」(左:松田有未さん)。「実際に継いでもらえるのがわかると、すっかり安心してしまいましたね。うれしいもんです」(松田和久さん)
きれいにはんこを押すコツ。松田印判店の松田和久さんに聞きました。
●押す紙の下には、捺印マットのようなものを敷く。
●はんこに朱肉やインクをつけるときは、ポンポンと軽く何回か叩くようにする。くれぐれも強く押さないように。強く押すとはんの溝に朱肉やインクがたまって汚れやにじみの原因になるとともにはんこの劣化にもつながる。
●はんこを紙に垂直に押しつけ、手でぐっと圧力をかける。その後、「の」の字を書くイメージでまんべんなく押さえる。はんこが動いているのがわからないくらいの加減で。
●使い終ったはんこの余分な朱肉やインクはすぐにふき取る。朱肉やインクが残っていると、ほこりがつきやすくなる。ティッシュは繊維が残るので、和手ぬぐいのようなものがベスト。
小樽市稲穂3丁目16-16 TEL0134-22-8767
営業時間 9:00〜18:00 休業日:毎週日曜日
できあがったねりきりは熱いうちにすばやく濾(こ)す。力のいる作業だ。
小樽には「朝生」と呼ばれる餅菓子の専門店が多い。コンビニなどない時代、港や運河の荷役の人々が買い求めたのが始まりと言われ、どれもおいしくて人気がある。一方、昭和20年代までさかのぼると、小樽は和菓子職人の名人、菓聖と呼ばれた高山良介氏がいたことから全道、いや東日本各地まで、本格的な和菓子職人を輩出するまちだった。その高山名人の下で修業したのが、牧田稔さん(故人)だ。昭和40年、入船町に「江戸風半生菓子 菓子処つくし牧田」として干菓子の卸業で創業。昭和63年に花園町の現在地に移転して、小売と注文菓子の店となった。
菓子型は400個以上。壊れた型を修理する専門家は札幌にいる。先代の父が集めた型や、札幌でオーダーした手彫りの型など、今も使われている菓子型たち。
ねりきりには色をつけ、さまざまな形の上生菓子となっていく。分業体制で、いろいろな作業が同時に進んでいく。
現在の店主は2代目の牧田浩司さん。牧田さんのお母さんと奥さん、パートの女性も加わって6〜7人で製造販売を行う、分業制の工房だ。牧田さんが最も大切にするのは、上生菓子の材料になるあんの味。つぶあん、いもあんなどは原料から自家製。こしあんの甘さの調整も父の配合を守っている。
分業制ならではの強みもある。ひとつは寒天でつくる錦玉などの干菓子で、細かな手間仕事は女性たちが担当するからたくさんの種類が揃う。もう一つは小樽のゆるキャラ「運がっぱ」や動物のカワイイ系ねりきりで、女性のパートさんたちが作ってマルシェイベントなどで完売する人気商品に育っている。
松田さんと同様、牧田さんも「小樽職人の会」の体験プログラムに参加しているが、「実は修学旅行以外にも札幌市内の学校や外国人観光客からも問い合わせが多く、年間1000人ほどが体験されます」と、もはや仕事の一部門に育っている。
つくし牧田の上生菓子。左上から時計周りに、かのこ、小菊(ねりきり)、柿(ようかん巻き)、秋菊(ねりきり)
「地元の高校の体験授業を引き受けたところ、生徒の一人が和菓子職人になりたいと。それが彼なんです。造形のセンスが抜群です」と牧田さん。その高校生は専門学校に進み、和菓子職人を目指す。週に一回、札幌から修業に訪れる。「向こうが真剣なんだもの、そりゃ本気で教えますよ」と言って、師弟の笑顔が弾けた。
面白いことに、2店の職人の見方はよく似通っている。「印判専門店が少なくなっています。それだけにやめられませんし、むしろきちんと商売がやっていけるのではないかと思っています」(有未さん)。「上生菓子をできる職人が減っているのも、うちの忙しさの一因。だから、今は上生菓子専門店をやれば成立すると思いますよ」(牧田さん)。かつての小樽の繁栄を背景に花開いた職人たちの手仕事。町の景色が変わっても、根強く静かに、これからも生き続けるだろう。
◆ 和菓子処 つくし牧田
小樽市花園5丁目7−2
TEL0134-27-0813
営業時間 9:00〜17:00
休業日:毎週日曜日 および 1月1日
(文・深江園子/写真・吉村卓也)
1992(平成4)年、小樽で大漁旗やのぼりを作っていた「旗イトウ」の当時の社長、伊藤一郎さんの呼びかけによって「小樽職人の会」が作られ、「職人の町」だった小樽を受け継いでいこうという動きが始まった。設立当時から、佐々木徹さん(花火職人)が組頭(会長)を務める。全国の職人たちと交流するなど当初の活動は多岐に渡ったが、活動の柱として東奔西走していた伊藤さんが2015年に亡くなったこと、職人達の数が減っていることから、「かつての勢いはない」と佐々木さん。しかし、数年前に始めた「職人と作る」体験学習プログラムが修学旅行生や観光客に人気だ。職人の会の会員が以下12のプログラムを行っている。
問い合わせは、体験学習事業部 (松田印判店内)TEL.0134-33-2339 FAX. 0134-64-1003
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