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道南の渡島半島真ん中あたりのちょっと細くなったところ、その日本海側に八雲町の熊石漁港がある。5月下旬のある日の早朝、漁師用のツナギのカッパを身につけた人たちが三々五々集まって来た。漁港の埠頭のそばの海には直径20メートルほどのいけすが2つ並んでいる。これから始まるのは、このいけすで養殖されたトラウトサーモンの水揚げだ。
から下りてくる大きな袋状の網を、いけすの中に誘導する。網に魚を入れ、クレーン車が網を引き上げると、まとめられた網の中にはびっしりと大きな魚が入っている。埠頭に置かれた台の上で網の底を閉じていたロープが外されると、30匹ほどのトラウトサーモンが台の上に放たれ、魚は大きくはねる。その場で処理され、まとめて計量し、一辺1.5メートルくらいのプラスチック製の丈夫な四角いコンテナに氷と共に入れられて、トラックに積まれ「北海道二海(ふたみ)サーモン」の名前で出荷される。八雲町は日本海と太平洋、二つの海に面する町なのだ。今年は約7000匹が出荷され、この作業は2日間に渡って行われた。
トラウトサーモンの海面養殖を道内で行ったのは、ここ熊石が最初だった。今年で4年目になる。2005年に八雲町と合併するまでここは熊石町だった。その頃いちばん取れていたのはスケソウダラやイカ。どちらも最近はめっきり取れなくなり、当時売上の半分を占めていたスケソウダラの水揚げは、今はゼロだ。減り続ける漁獲高や漁業従事者。このままではまずいと、取り組んだのがこの海面養殖事業だ。
そもそもトラウトサーモンとはどんな魚かというと、陸の淡水にいたニジマスが海に下って大きくなったものだ。回転寿司のサーモンはまずこのトラウトサーモンだと思って間違いない。圧倒的に輸入が多く、ノルウェー産やチリ産がおなじみだ。養殖物をトラウトサーモンと呼ぶのが一般的だが、自然界でも海に下るものはいて、英語ではスチールヘッドなどと呼ばれている。
そもそもサケ(サーモン)を生で食べる習慣は日本にはあまりなかった。生のサケには寄生虫のアニサキスがいることが多いのも、生食が避けられてきた理由でもある。1980年代初頭、ノルウェー産のサーモンが輸入されたあたりから生食が一般的になってきた。配合飼料で育った養殖なので、アニサキスの心配が圧倒的に少ない。
生まれたときからサーモンを生で食べている世代が増え、水産会社の市場調査によれば、回転寿司で食べるネタの1位は12年連続でサーモンなのだ。
農林水産省の調査でも、20年前に養殖魚にあった「脂臭い、イワシ臭い」などのイメージはほぼ払拭され、「おいしい」という評価の方が勝ってきている。サーモンは日本語で言えば「サケ」となるが、刺身や寿司にのっているのはやっぱり「サーモン」と呼びたくなるし、そのような区別をしている場合が多いようだ。
サーモンという英語にはサケもマスも含まれ、シロサケ、ベニザケ、サクラマス、カラフトマスなどいろいろあるが、サケとマスは生物学的には区別できるものではないようだ。川にいる小さなヤマメが海に出ると巨大なサクラマスになるのはよく知られたことだが、サケなのかマスなのか、あまりにも呼び名がいろいろあってなかなか覚え切れない。トラウトは日本語ではマスと訳されることが多く、これは淡水で育つ陸封型、サーモンは海に降りる海降型の魚を指すことが多い。トラウトサーモンは、陸封のトラウトが海に降りてサーモンになったのでこの2つをくっつけてこう呼んだようだ。
さて、今回水揚げされたトラウトサーモンだが、この海面のいけすに入る前は、陸にある池にいた。25グラムくらいの稚魚のときに道外から仕入れ、同町にある熊石サーモン種苗生産施設のプールの中で「ニジマス」として約1年間育成されていた。
ある程度の大きさに育ったところで、人の手で海に移したのが去年の11月だ。チラチラと雪が舞うまだ暗い早朝から、大きなホースでニジマスを吸い上げ小さな水槽に移し、トラックで港まで運んで海面のいけすの中に移す。
海水温度が下がる冬の間、約6カ月この中で育てる。毎日2回、漁協の漁師さんたちがエサをやって丁寧に管理する。エサやり担当はイカ漁師だった。海に出てもイカはいないのだ。配合飼料で育つサーモンは臭みもなく、国産のサーモンに対する安心感もある。
八雲町サーモン推進室参事の吉田一久さんは、この事業に当初から関わってきた。かつてはサクラマスの海面養殖も試みたことがあったが、なかなかうまくいかずトラウトサーモンに切り換えた。
「最初は小さないけす1つで800匹から始め、その後20メートルの円形いけす2基を使用するまでなりました。今年はもう1ついけすを加えてさらに増やす計画です」と語る。
今、ひやま漁協熊石支所で取れるのはサケやナマコが多いが、トラウトサーモンも全体ではかなりの売上を占めるようになってきたという。同町のある二海(ふたみ)郡にちなんで「北海道二海サーモン」としてブランド化され、地元の水産加工場で加工され、各地に出荷されはじめている。
「生食でも焼いてもうまい魚です。輸入物に比べると値段が高いですが、安心安全と食べやすさで高値安定を目指したいです」と話す。
これまでは稚魚を買っていたが、今年からは同町で卵だけを購入して、卵から孵化したものを育てていく予定だ。
北海道内では八雲町から始まったトラウトサーモンの海面養殖は、江差、奥尻、せたな、泊、木古内、岩内の一部、函館などで行われている。北海道全体でサケ・マス類の漁獲が激減していることも養殖が注目される理由だ。全国でもさまざまな地域で行われていて、サーモンの養殖漁業は激戦の様相を呈している。
漁船に頼るこれまでの漁業はこれからも厳しい時代が予想されている。引き続き北海道が「魚王国」と言われるためにも、新しい漁業のスタイルに期待が高まる。
(文・写真:吉村卓也)
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