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>HOME >特集一覧 >VOL.232「木と共に」(2023年12月18日)
特集「木と共に」の表紙の写真です

特集Vol.232
『木と共に』

公開:2023年12月18日 ※記事の内容は取材当時のものです。
桐だんすが修理のために持ち込まれた。表面を極薄く削り傷んだところは同じ材を使って直す。
桐だんすが修理のために持ち込まれた。表面を極薄く削り傷んだところは同じ材を使って直す。

 木と共に60余年

材料の木に囲まれた工房で

 札幌市南区常盤にあるプレハブ2階建ての建物が「三島木工」の工房だ。1階の引き戸をがらりと開けた瞬間から、ふわりと木の香りに包まれる。1階には丸のこやカンナの大型機械が鎮座し、ところどころに長さ2メートルを超えるような木材が無造作に立て掛けられている。細かい作業を行う2階の仕事場からは、かけっぱなしのラジオの音が聞こえる。急な鉄製の階段を上って2階に行くと、作業着に身を包んだ職人さんが1人で手を動かしている。三島俊樹さん。2024年3月に80歳になる。

中学卒業後、すぐ住み込みで修行

 夕張出身。子どものころから物を作るのが好きだった。修学旅行で訪れた観光地の店先で、木彫りのクマの実演をじっと見ていた。「こんな仕事をしたい」と思った。

 中学を出たらどこかで働くものと決めていたから、卒業を控えて職安の職員との面接で、木彫り職人になるという希望を伝えてみたが、「近くにそんな仕事はない」と言われる。卒業式の日、先生に呼ばれ、小樽の家具工場の求人を紹介された。翌日に、炭鉱の発破技師だった父と早朝の汽車で小樽へ。すぐに採用が決まり、約2週間後にはその工場の住み込みとなっていた。三島さんの職人人生がスタートした。

 工場の屋根裏での共同生活が始まった。最初の2年間は毎日が掃除や配達などの雑用の日々。一切の口答えが許されない徒弟制度の世界だった。誰も何も教えてくれない。

さまざまな形や大きさのカンナを使う。特殊な細工をするためのカンナは、自作したものが多い。
さまざまな形や大きさのカンナを使う。特殊な細工をするためのカンナは、自作したものが多い。

 工場の裏には線路があり、夜、汽車の窓から漏れる明かりを見るのが切なかった。「これに乗れば夕張に帰れるのか」と、14歳の少年は外に置かれた材木の隙間に隠れてよく泣いた。

 教えてくれないから見て覚えるしかない。先輩職人の技をじっくり観察して自分のものとしていった。たまに先輩が「見せてやる」と言ったときは、一瞬たりとも見逃さないように、その技を頭の中にたたき込んだ。見よう見まねで仕事を覚え、一人前の職人としてのデビューである「職人披露」の席を親方が用意してくれたのは約4年半後だった。年季奉公とも言われた修行期間が終わり、「これからは自分の作ったものに責任を持つのだな」と、気持ちを新たにした瞬間だった。

1人でなんでもこなせるように

 夕張に戻って独立しろという父のすすめに、「まだ一人前じゃない」との思いが強かった三島さんは、札幌の椅子張り職人の元に移り修行を続けた。小さな町では職人も少なく分業もできない。何でもできた方がいいと思ったからだ。

 昔のクッションはコイル式のバネが多かった。バネを何本もつないでクッションの高さを調整する。頼りになるのは自分の手の感覚だけだった。そこに約4年、さらに別の家具製作所に約9年勤めた。箱物づくり、塗り、椅子の作りと張り、どんな仕事を持ち込まれてもこなせるようになっていた。

三島俊樹さんが「趣味で」作っている木の細工
三島俊樹さんが「趣味で」作っている木の細工。編んだようなカゴは、すべてカーブに合わせて木を切り出して組み合わせたもので、編んではいない。クリのイガも、一本一本材を切って植え付けている。クリの実は2種類の木をつなぎ合わせている。木以外の材料は一切使っていない。毎年「道美展」に出品している。

無垢材ならどうにでもなる

 1980年に独立。会社や住宅の特注の家具製作、修理、内装、すべてを一人でこなしてきた。最初は札幌の豊平区中の島に工房を持っていたが、住宅化が進んで騒音が気になるようになり、1989年に現在の場所に移った。

 独立して43年。同じような仕事をしていた職人たちは、気がつけば誰もいなくなってしまったという。

 最近は古い家具の修理の仕事が多い。どこに持ち込んでも「直せない」と断られ、最後にたどり着くのが三島木工だ。訪れたときも、高さ6尺(約180センチ)ほどの大きな桐だんすの修理の最中だった。金具を外され、カンナ掛けを待つ。削るのは表面の0.2ミリ程度だという。

 木でできた製品ならば直せないことはないというが、条件は「無垢であること」だ。「無垢材は、どうにでもなるんですよ」と、三島さんは語る。表面を極薄く削るだけで新品のように見せることもできるし、木の目を見れば反る方向も予想できる。欠損した部分を補う加工もしやすい、という。100年の時の経過など、何でもない。

小学校6年生の時の作品
クマ彫りになりたかった三島俊樹さん、小学校6年生の時の作品。「今見るとブタみたいだね」と言うが、なかなかのもの。「昭和三十年」「六年」と彫刻刀で刻まれていた。

長女も木の仕事に

 札幌市西区小別沢に小さな木工房「チエモク」がある。ここを営むのは、三島さんの長女の三島千枝さんだ。大学卒業後、大手百貨店に就職。「売るよりも作る方が合っている」と、2年半で退社した。

 作るなら家具、なら父に習うか、と父の仕事場に入った。だが、時はバブル崩壊後。とにかく仕事が無くてヒマだった。刃物研ぎの練習で、彫刻刀の切れ味を確かめるためにいろいろと木を彫っているうちに、小物製作に関心が向き始める。アクセサリーとして作ったカンナやトンカチのミニチュアや、当時、携帯電話につける黒板消しのストラップがヒットしてお土産屋さんに納品できるようになった。

 「小物じゃ食えない」と父には言われながら、独立して15年になった。現在の商品の主力は、ハンノキを使った食器や小物だ。ハンノキはこれまで材としては顧みられることがほとんど無かった木だという。

 千枝さんは父が言っていた言葉を思い出す。「森で気持ちよく生きていたのに、切られてこんなところに来たんだ。だからちゃんと使ってやらないと」。

 邪魔者扱いされていたようなハンノキに目が向いたのも、そんなことが頭にあったからなのかもしれない。

 父、三島俊樹さんは「オレの仕事を覚えても、これからは需要も無いだろうからねぇ」という。三島さんの技術を受け継ぐ後継者はいない。三島さんの言う「昔の仕事」を知る職人はすっかり稀になった。多くの家具を作って世に送り出し、古い家具を直し、生活の場に戻してきた。古くなったからと、捨てられる木製品を見るのは、職人として心が痛む。

 一目見て、制作年代、各所に使われている木の材質、木組みの方法、なぜ痛んだか、どう直すのか、木訥(ぼくとつ)とした語り口だが、的確な指摘には技術と経験に裏打ちされた揺るぎない自信を感じる。

一代では終わらない、木を扱う仕事

 「木に関わる仕事はスパンが長い」と千枝さんは言う。「自分の代だけだと、せいぜい20〜30年。木の一生にも足りません。何代かに続く仕事にしたい。1代でやめたくないですね」。

 切って間もない木は水分を含んでいるので、家具を作ってもすぐに「暴れ」出して狂いを生じる。父の工房にある木は、20〜30年かけて天然乾燥させている。今は熱をかける人工乾燥が主流だが、家具材として使えるまでに本当は何年もかかるのだ。

 ゆっくりと出番を待つ木がまだある。きっと将来、誰かの手によって、生活の場に登場するようになることを信じたい。
(文・写真:吉村卓也)

「チエモク株式会社」を経営する三島千枝さん。分野は違うが、親子で木に関わる仕事にたずさわる。
「チエモク株式会社」を経営する三島千枝さん。分野は違うが、親子で木に関わる仕事にたずさわる。

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ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。

投稿テーマ
『木のぬくもり』
先月のテーマは「森の生活」でした。森の中で生活はできないまでも、やっぱり木が身近にあると落ち着きませんか。
木でできた小物とか、素敵な家具とか。
木をふんだんに使った古民家なんかもいいけれど、北海道にはあまりないですね〜。
古くなればなるほど、味わいが出てくるのも木でできたもののいいところ。法隆寺までとはいきませんが、大切に使いたくなってきます。
木のもの、お好きでしょうか?

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大好きです。(シンボリエンブレムさん)

家具は木でできたものが、温かみや味があって好きです。(このあーさん)

そういえば木製品持っていない気がする。
クマの木彫り人形が思いつく。(makowariさん)

使い続ければより良くなるので愛用してます!(Kさん)

嫌いではないけれど、身の回りには少ないですね。
箪笥や戸棚、廊下などには木が使われていますが、
よく使っているものは、鍋敷きくらいでしょうか。(クロネンコさん)

温もりを感じれるので
木のもの好きです。(ユウさん)

当たり前ですが、木で出来た物は温かくて大好きです。なるべく木の物を買い揃えています。(のりちゃんさん)

やはりオケクラフトがいいですね(おりんさん)

大好き。息子も全て木で出来たもののおもちゃや遊具しかない児童館にばかり行きたがります。(まるさん)

木工製品はぬくもりを感じられるから好きです。(とらぴいさん)

温かみがあって好きです(きゃまさん)

子供の頃は木のぬくもりも気の安らぎも感じなかったけど30過ぎたら木の安らぎとか感じるようになるものですね。花粉症でスギ花粉大嫌いですが杉の木の家具は木目の美しさだけでなく温かな質感や心安らぐ甘い芳香が大好きです。
函館の人間としては旧野口梅吉商店「わらじ荘」は110年の歴史と和洋折衷の外装で古民家を改装して今と昔が混在している空間で景観形成指定建築物であり周りの関西人に広めたいです。(KANTON$さん)

法隆寺金堂の木のぬくもりが素晴らしかったです。参考にしたいです。(タツノオトシゴロさん)

家具や机など、木のぬくもりを感じられるものは、心が落ち着きますね。
(ゆひかさん)

実家が木造なので、落ち着きます。(とらさん)

木のぬくもり、お洒落さ、大好きです。
(ばなママさん)

テーブルを木で出来ているものを使用しております。ある程度の厚みが有りどっしりし安心感が有りとても落ち着き末永く使用できます。(青空が見えるさん)

猫の額ほどの狭い庭ですが もみじを植えています 四季それぞれの変化にその時々に癒されています
たった1本の木にこれ程までに1年間の営みを感じさせて貰える事に一層手入れに気持ちが入ります(わんたんさん)

暖かみがあります
好きです(くまちゃんさん)

我が家には大きな木の箪笥があります。私はズボラな人間なので、正直服はクローゼットにかけた方が畳む手間も無くて楽なのですが、小学生の頃に母親が買ってくれたことが嬉しくて、なかなか処分できずにいます。大容量で触り心地も良く、何だかんだお気に入りの木の箪笥。きっと一人暮らしをしても大切にし続けるんだろうな、と思っています。(ちろるさん)

木製のロッキングチェア(mugimilkさん)

積極的には考えませんが、ふとしたときに使いたくなります。(理乙音さん)

木は、自然のぬくもりを感じるので好きです。(たけし007さん)

好きです。手触りといい香りもなんとも癒されます。(マッチおじさんさん)

大好きですね。漆塗りのお椀やお盆家具等手触りが良いですね(サブさん)

木がたくさんあると温暖化対策にも役立つし、家具も木製だと落ち着きがあって好きです。(MIZUGAMEさん)

木でできた物は温かみを感じる事が出来るので好きです。身近に置いておくと落ち着きます。(オレンジロードさん)

木でできたものは好きです。リビングに置いているダイニングセットなのですが、海外からの輸入品で結構いいお値段だったのですが、木のぬむもりが感じられてとても気に入っています。30年使っていますが、使うほど味わい深くなっています。(うさぴょんさん)

好きです!  昭和育ちなので、小学校時代、階段の手すりを滑り台代わりに遊んでいたので、見事につるつるでしたね~。 なぜかお寺や神社参りをすると
厳かな気持ちになるのは日本人の血なのでしょうか。 昔、日本人は手先が器用で辛抱強いと言われていたので魔法のように複雑で緻密な木の組み合わせで神社、仏閣などが作れたのでしょうね、今はまたそれを受け継いでいく職人さんたちがポツポツと出始めて来たので、守っていって欲しいですね。(ひめいちさん)

家具が好き(うちの今市くんさん)

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