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旭川から大雪山系に向かって北東へ約15キロ。東川町は人口約8600人の町。北海道の地方にありながら、移住者も多く1993年の7000人強から今に至るまで人口が増えている珍しい自治体だ。そんな町の郊外に、ユニークな学びを提供する場所がある。「コンパス(Compath)」という「学校」だ。
小学校でも中学校でも高校でも専門学校でも大学でもない。通っても卒業証書は出ないし、資格も取れない。学校と呼ぶのはふさわしくないような気がする。だが、年に何回か開かれる数日間のコースには、全国から参加者が集まる。どんな場所、どんな学びなのだろう。訪ねてみた。
東川町の中心から北東へ約4キロ進んだ森の縁に、玄関に大きな三角屋根のあるこじんまりとした建物がある。これがコンパスだ。2020年、神奈川県出身の安井早紀さんと、東京都出身の遠又香さんの2人が創業し、彼女たちは同年7月から東川町に住む。
コンパスはデンマーク発祥のフォルケホイスコーレ(国民高等学校)をモデルにしている。2人は大学の同級生。安井さんは会社員を経て、島根県にある一般財団法人「地域・教育魅力化プラットフォーム」で地方の高校への全国からの進学をサポートする仕事に関わった。遠又さんは教育事業のベネッセやコンサルティング会社での業務を経験。卒業してからたまに連絡を取る程度の関係だった。そんな2人が社会人5年目、仕事中心の生活を送っていた時、たまたま長期休みが一カ月重なることがわかり、「せっかくだからどこかへ行こうか」という話になった。2人とも学生時代は教育関係の組織でインターンをしていたことがあり、教育には関心が高かった。
「日本以外の教育を見てみたい」
「なんかデンマークが面白そう」
「歴史があるホイスコーレというのがあるらしいよ」
「なんか惹かれる学校だね」
「行ってみようか」
と、話は進み、2017年9月、2人はデンマークに旅立ち、2つのホイスコーレを見学した。結果は「一目ぼれ!」。
こんな学校が国中に約70校もあり長く続いている。多世代、多国籍の生徒がいる。人生を立ち止まって考える場所がある。「日本では見たことのない学びで、デンマーク社会の寛容さを示しているのではないかと思った」と安井さんは言う。
「180年以上続いている学校。思いつきではない、国づくりの心意気のようなものを感じました」と遠又さん。
2人の思いは一致した。「誰もがこんな学びにアクセスできたら。日本にもホイスコーレを作りたい」。
ここでデンマークのホイスコーレのことを少し説明しておこう。
正確には「フォルケホイスコーレ」と呼ばれる。19世紀半ばに、デンマークの教育の父と呼ばれるニコライ・グルントヴィの理念を元に始まった大人のための教育システムだ。しばしば「人生の学校」とも呼ばれる。同国内に約70校あり、それぞれ特徴を持ったプログラムがあるが、根底にあるコンセプトは共通している。同国のホイスコーレ協会の案内冊子によれば、目的は「人生を豊かにすること。民主主義の教育。生計を立てるだけでなく、人生を生きることを可能にすること」とある。入学できるのは、17歳半以上であれば誰でも。入学資格もなく、決まったカリキュラムもない。試験もなく、成績もつけない。寄宿制である。生徒たちは、多種多様な科目やクラスから自由に学びたいものを選択することができる。その結果、「自分は何が得意なのか?何が自分を幸せにするのか?将来どのような人生を歩むのか?といった事が明確になる」としている。発祥はデンマークだが、他の北欧諸国にも広がっている。
さまざまな分野の先生たちがいるが、どう教えるかも自由。主に数カ月のコースで、教師と学生が平等な関係の中で学ぶことが大切な理念となっている。設立は民間だが、運営費用の半分は国費で賄われている。
再び、案内パンフから引く。「デンマークの法律は義務教育は規定しているが、そこに就学することは義務ではない。つまり、どんな親でも子供を家庭で教育する権利があるということだ。既成の教育制度に代わるものとして、いわゆる『フリースクール』を立ち上げるグループの伝統も強い。こうしたフリースクールは、依然として一定の法律に従わなければならないが、中央や正式な資格のない職員を任命する自由があり、財源も自由に配分できる。また、自由にカリキュラムを編成し、各教科に重点を置き、独自の教授法を採用し、テストや試験を使わずに評価を行うこともできる」(原文英語。筆者訳)
なるほど、このような伝統があればホイスコーレのような学びの場が生まれる素地は充分にありそうだ。安井さんと遠又さんが、「これまで見てきたものと違う!」と驚いたのもうなずける。
すっかりホイスコーレのコンセプトにほれ込んだ安井さんと遠又さんは、日本で始めるのにいい場所はないかと探し始めた。そんな時、たまたま東川町に住み、ホイスコーレのことを知っている人につながりができた。
とんとん拍子に話は進み、2018年8月、2人は初めて東川を訪れた。町の人とも会い、驚いたのはその中にもホイスコーレを知っている人が多かったことだ。「共感してくれる人がいた」という感覚はこの地に学校を作ることの大きな後押しになった。
2019年、試行的にここでプログラムをやってみようということになった。夏に町の施設を借りて友人たちを中心に数名の参加者を集めて実行する。東川町との最初の接点になった方が、一緒に講師を探してくれた。
プログラムを終えての印象は、「やっぱり面白い町。東川に住む人達の、町を自分たちがつくっている感覚、ユニークな生き方に触れてもらうことが学びになるはず。ここで、学び舎を開いてみたい」と安井さんは思った。「どうやったら実現できるか」が次の課題だった。
行動は早い。翌2020年2月、当時の町長に提案しに行った。
町長の反応は?
「『いいんじゃない、やってみたら』、みたいな感じでしたね」と安井さんは当時を振り返る。
そして同年4月に会社設立、7月、「地域おこし協力隊」として2人は東川に着任し、学校づくりを始めた。町の協力の元、最初の3年間は、町内施設を活用しながら、学びのコースを開催した。2023年からは、念願だった校舎をオープン。東川町が実施した未利用施設の活用事業者募集の公募に応募し、採択を受けた。かつて企業のオフィスだった建物をリノベーションし、公設民営で、校舎運営を行っている。
「熱中できるものが教育だった。せっかくだったら世の中にいいものを残したい」と安井さん。「教育の世界が面白い。人の変化の場面に関われることが好き」と遠又さん。
コンパスの校舎を訪れたとき、ちょうど7泊8日間のプログラムが開かれていた。参加していたのは、全国から集まった11人。プログラムの最初には、今の自分の気持ちなどを語りながらゆっくりと自己開示をしていく。名刺交換などで肩書きを名乗らず、いったん「ふだんの社会的役割からは離れる」のがルールになっているという。
この日、1階では温かい間接照明の光の中、「表現」に関するアートクラスが進行中だった。参加者各自が作った「作品」について、ディスカッションが続いていた。全員がフラットに話し合うため、どの人が講師なのかよく分からない。一方2階では、クラスに参加していない人たちがパソコンを開きながら、思い思いの作業をしている。リモートで仕事をしている人もいる。クラスに出るのも出ないのも自由だ。2階には生徒の居住スペースもあり、プログラムに参加しているときはここで暮らす。授業も終わり、夕方になるとキッチンで三々五々、夕食の準備が始まった。
どんな理由でここで学ぶことを選んだのだろう。参加者にも聞いてみた。
神奈川県から参加した福澤佳恵さんは、「北欧好きで東川好き」を自認する。情報誌の編集の仕事をしており、今回はリモートワークをしながら参加した。4歳と1歳の子供がいて、今後のキャリアをどうしようかと考える時期だった。友人が東川に移住していた縁や、夏の神奈川が暑すぎることもあり、「2拠点生活に興味があった」という。実際にコースに参加し「期待以上だった、人生を見つめ直せた」「母や社会人として、という枠を外し、素の自分に戻れた」と話す。数年以内に今の仕事から離れるのもいいかも、と考えるようにもなったという。
水井莉子さんは、埼玉県から参加した大学4年生。学外のボランティア活動で知り合った人に教えてもらうまでは、コンパスのことは知らなかった。「余白の時間」と案内にあったが、ゆっくり過ごすというよりは、他の人と対話する時間が多かった。「正解が欲しいタイプ」なので、「自由にやっていい」ということに戸惑ったが、そんな自分が分かったのもよい気付きだったという。参加者のいろいろな考えに触れ「働き方や生き方の視野が広がった。大きな変化だった。これからの仕事にも生かせそう」と語る。
丹野真人さんは、宮城県の女川町から参加した。石巻出身で、女川の活動人口を創出するNPOで働く。女川に移住して5年目になり、「意識的に地域を離れて俯瞰して見てみたかった」という。今回のプログラムのテーマだった「表現」はやったこともなく得意ではない分野。「自分の知らない多面的な自分がいる」ことが分かったという。「今まで体感したことがない空間。これだけ長い間仕事から離れたのは初めて。長い期間じゃないと変われない」といい、「すごく勧めたいプログラム」と語る。
これまでに約300人が、それぞれの人生の途中でコンパスで一時を過ごした。参加者はほぼ全都道府県にわたる。 「知識の習得」が目的ではない学びの場。「自分自身や社会について探究していくこと」がコンパスの目的であり、科目は「あくまで学びの触媒」という。com(共に)path(小道)から「コンパス」。新しい学びのスタイルが北海道にも根付こうとしている。
(文・写真:吉村卓也)
ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。
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ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ等歴史を知らなければわからないことがあるのでしょうね(H)
簿記は2級になったとたん難易度が跳ね上がるとか・・・健闘を期待します(H)
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