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映画ポスターがずらりと並ぶ廊下の先、ドアを開けると、壁一面の直筆サインやにぎやかなチラシが目に飛び込む。札幌・狸小路商店街のビル2階。1992年にわずか29席で始まった「シアターキノ」は、北海道で最初に市民出資で誕生したミニシアターだ。98年に現在地に移転し、来年30周年を迎える。
代表の中島洋さんと支配人のひろみさんはご夫婦。映画好きからみれば何ともうらやましいが、「映画館のオーナーが夢だったわけではありません」と洋さんは話す。1980年代、北海道初のフリースペースや映像ギャラリーなどを主宰してきた洋さんの原動力は「文化表現の“場”を作りたい」という想い。シアターキノ立ち上げもその延長線で、札幌の個性派映画館が幾つも閉館するのを受けての決断だった。
市民から広く資金を集める手法は、今ではクラウドファンディングとして定着したが、もちろん開館当時はない。洋さんは「金がない私たちが友人とアイデアを出し合って生まれた苦肉の策(笑)。地域のネットワークがあったから出来た」と振り返る。1人10万円という呼び掛けに応じたのは103人。移転時には410人の市民株主を得て、2スクリーン体制となって現在に至る。
監督らゲストを招いたトークや映画講座などさまざまな企画に取り組んできた2人だが、「最も大切なのは毎日上映する一本一本の映画。世界の多様な作品を上映する方針は変わりません」と語る。プログラム選びのため、夫婦で手分けして観る作品数はなんと年間約400本。「休日は必死に5本くらい観ます」と洋さんは笑うものの、シアターキノで上映する年間約220本のうち、7割はシネコンが選ばない=儲からない作品とか。「やせ我慢をしてでもミニシアターの役割を果たしたい」と力強い。一方、現場の実務を担うひろみさんは「スタッフと相談して映画を膨らませる作業は楽しい。特に作品に興味を持つ糸口となる展示は大事にしたい」と話す。30周年に向け、これからを生きる若者へのお薦め作品を映画人に聞く記念本の出版を計画中。「でも一番のミッションは、あり続けること」という洋さんの言葉に、ひろみさんは大きく頷いた。
シアターキノ 札幌市中央区南3条西6丁目 南3条グランドビル 2F tel. 011-231-9355
シアターキノ開館の4年後、同じ手法で函館に誕生したのが市民映画館「シネマアイリス」だ。五稜郭の繁華街に佇むマンション1階の外観はこじんまりしているが、実は全国に名の知られたミニシアター。なぜなら館主の菅原和博さんは、函館出身の作家・佐藤泰志の小説を地元・函館で映画化したシリーズ『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『きみの鳥はうたえる』のプロデューサーでもあるからだ。
20代から自主上映を続けてきた菅原さん。アカデミー賞などを獲得し、大きな話題となったラブ・ストーリー『ピアノ・レッスン』などで驚くほど動員する一方、市内の老舗劇場が閉館してしまい、「それなら自分たちで映画館を」と挑戦したのが始まりだ。問題は資金。「シアターキノの中島さんから『家一軒くらいの予算でできる』と聞いて盛り上がったんですが、実際は予想より掛かった。札幌と函館では相場が違いました」と笑う。
ともあれ、半年で約470人から寄せられた700万円を元手に開館。ところが、「イベント上映と違って映画館は日常」。集客が振るわず、一年も経たないうちに経営は苦しくなる。転機は『タイタニック』。連日満席となり、「映画ファンに救われた。ミニシアター系以外を上映することに当時は葛藤もあったが、函館の事情に合わせ、大勢が楽しめる施設にしたいと思うようになった」という。以降はアイドル映画やアニメも取り入れ、客の要望で応援上映を開催したこともある。
佐藤小説の映画化も、シネマアイリスのスタッフから作品集をプレゼントされたのがきっかけだ。「『海炭市叙景』の冒頭でガーンと衝撃を受け、映画になると直感した」。シネマアイリス開館時のように市民を巻き込んだ募金活動やロケ支援に奔走、見事完成させた1作目は国内外で高い評価を受けた。去年は佐藤の没後30年、今年はシネマアイリス25周年という節目の年で、特別な映画を企画していたが、コロナで中止に。ところが、疲弊する町を見るうち、「何かを生み出し、発信することに意味があるのでは」と悩んだ末、第5弾として『草の響き』のロケを敢行。シネマアイリスの自主制作として今秋公開予定で、「はからずもコロナ時代の心の在り方が反映されている。普遍的な夫婦愛を描く側面もあり、観客の感想が楽しみ」と期待を寄せる。
シネマアイリス 函館市本町22-11 グリーンエステートマンション 1F tel. 0138-31-6761
工業都市・苫小牧にも市民出資のミニシアターがある。「シネマ・トーラス」だ。ボウリング場1階、もとは郵便局のスペースを改装したロビーには、座り心地の良いソファー。「上映中」の手作り案内板といい、手書きの料金表といい、レトロな匂いが漂う。と言っても、オープンしたのは札幌、函館に次ぐ1998年である。
ボランティアに助けられながら、映画館をほぼ一人で切り盛りするのは代表の堀岡勇さん。茨城出身で、10代の時、自作の8ミリ映画を持って北海道内を巡り自主上映し、小樽に住み着いたというユニークな経歴の持ち主である。結婚を機に白老に引っ越し、車で30分の苫小牧で自主上映グループを発足させたのは1984年のこと。翌年始めた映画祭が人気を集める中、シアターキノやシネマアイリスに刺激を受け、自前の映画館を構想。堀岡さんは「別に夢見ていたわけではないけど、やっぱりそういう世界に身を置いてみたかったんだろうな」と振り返る。けれど、当時のメンバーは反対。「仕方ないから一人で手を挙げたら新しい仲間ができ、結局一年で500万以上集まった」。
2016年の『この世界の片隅に』まで、大入り記録のトップだったのが2000年の『エクソシスト ディレクターズ・カット版』と聞くと、「映画は水物。何が当たるか分からない」という言葉も納得だ。室蘭と伊達で出張上映もするが経営は厳しく、配給会社の都合でフィルムからデジタルへの転換を迫られた2013年には、再び市民から約700万円を集めて乗り切った。「面識のない方から、事故で亡くなった子どもの保険金を使ってほしいという申し出もあった。恩義を忘れずやっていきたい」と語る。
地元ゆかりの映画人とも交流し、地域文化を盛り立て23年。「ハートに残る作品を上映し続けていれば、必ずリピーターができる」という言葉に実感がこもる。
シネマ・トーラス 苫小牧市本町2丁目1-11 苫小牧中央ボウル 1F tel. 0144-37-8182
さて、北海道の映画館を語る時に忘れてはならないのが、浦河の「大黒座」だろう。何しろ創業103年! 初代・三上辰蔵さんが1918年に建てた芝居小屋を起源に、辰蔵さんの娘・ヨネさん、彼女の息子・政義さんへと受け継がれ、今は政義さんの息子・雅弘さんが、妻・佳寿子さんと歴史あるスクリーンを守る。畳敷きだった客席を増改築した53年からは、220席のモダンな映画館として親しまれていたが、94年の道路拡幅工事に伴い解体。同年、48席のミニシアターに生まれ変わった。取り壊し直前には、名取裕子主演『結婚 佐藤・名取御両家篇』の舞台に選ばれ、故・政義さん、雅弘さん親子がエキストラ出演している。
政義さんの時代に副業で始めたクリーニング店の収益で、映画館の赤字を穴埋めする日々。新作公開は大抵遅れ、ポスターがないことも。借金までして再オープンした理由を尋ねると、「やらないのが普通の判断だろうけど…映画館がなくなると困るでしょう」とさらり語る言葉に、4代目館主の矜持がにじむ。
道内最古の映画館の灯を絶やすまいと、住民で作る応援組織「サポーターズクラブ」が公式サイトを運営し、年一度の「大黒座まつり」を共催。「まだあった!と喜ばれたり、初めてここでドキュメンタリーを見て『監督になりたい』と言う高校生がいたり。一人でもそういう人がいると、続けて良かったと思う」と笑顔を見せる佳寿子さん自身、幼いころから大黒座に通った筋金入りの映画ファンだ。大正から令和へ。時代が変わっても、映画を愛する人を引き付ける魅力が、ここには確かにある。
大黒座 浦河町大通2丁目18 tel. 0146-22-2149
新型コロナウイルスの影響で、どの映画館も昨年4月中旬から2カ月近い休館を余儀なくされた。誰もが苦しい思いをしたが、映画監督の深田晃司・濱口竜介ら有志によるクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」を通した全国からの義援金をはじめ、常連客や見知らぬ人の応援に励まされたという。「今まで以上に映画館はどういう場所かを考えさせられた」(菅原さん)、「映画館に人がいて初めて映画が誕生することが分かり、その“場”を共有することがどれだけ人を豊かにしてくれるかに気づかされた」(中島ひろみさん)という館主たちの想いとともに、大黒座・三上さんのこんな言葉を紹介したい。「大黒座の開館した年はスペイン風邪が流通し、その後も戦争や地震で先が見えなかったけれど、劇場はやれることをやるだけ。コロナ後は、昔ながらの身近な映画館の在り方がもっと望まれるのではないでしょうか」。『ニュー・シネマ・パラダイス』も一役買ったミニシアターブームは落ち着き、あらゆることがオンライン可能な時代、町に根付く小さな映画館の存在価値は、決して小さくない。
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