花の品種改良のスピードは速い。バラ咲きの白、小さなボール型の黄色、艶のあるコスモス咲きのクリーム色。どれもキンポウゲ科の球根草、ラナンキュラスのバリエーションだ。
(札幌の「ブーケ・ド・ソレイユ」店頭にて)
むかわの花農家、内海さんのアルストロメリア
北海道の市場流通で最も大規模なのは、札幌花き地方卸売市場。そのホームページによれば、道内外産を合わせた切花の取引高は、4月で前年同月比の71.4%だった。市場外取引を行う札幌の商社、ブランディアによれば、3~4月の取扱高は前年比8割ほどで、取扱量も値段も下落したという。
「4月の市場は道外産の花が主流です。出始めた道産の花も例年のような値段がつかず、種類により出荷調整が行われました。また、航空便も減り入荷が安定せず、厳しい状況でした」(ブランディア代表取締役 鈴木幹也さん)。売り上げの柱となるウェディングやホテルなどの業務用と、卒業式や送別会などのイベント用の売上が大幅に減少。一方、スーパーの花売場はお客さんが食料品のついでに買えるため堅調だ。鈴木社長は「これからは、普段づかいのお花を一輪でも二輪でも買って頂くことが、産地と花屋さんだけでなく、皆様のお祝いや催しの花も守ることになるでしょう」という。
札幌の花の卸売会社ブランディアの鈴木係長。東京都内の花き市場で働いていた頃に東日本大震災が起き、大量の花が行き場を失う経験をした。「困難に出会った時、人が花を求めるのは間違いありません」
花農家の内海さんとアルストロメリア。北海道では花は夜に輸送される。日中に刈り取り、規格と数を揃えて箱に収め、温度を下げ(予冷)、集荷のトラックを待つ。花はむかわ町内の「ぽぽんた市場」でも買える。
4月末、JAむかわ「鵡川花き生産組合」を訪ねた。12軒の花農家が30年近くスターチス、アルストロメリア、トルコキキョウなどを生産する。アルストロメリアを主力作物とする4軒のひとつ、内海(うちうみ)宏昭さんは、両親と奥さん含め計7人で1500坪ものハウス栽培を行う。電気関係の設計技術者だったが、農業を継いでみると、アルストロメリアは地道な作業の積み重ねが品質につながる。「休みは少ないけれど、性分に合っている」。苗を一度植えると4年間収穫でき、どちらかというと脇役の花だから需要は安定している。それでも「市場の状況を見て生産調整をするのは、値崩れを避けるため。今は、丈を80cm、70cm、60cmと分けた規格のうち、70cm規格を止めて数量を調整しています」という。 この日、内海さんのハウスには他にも来訪者がいた。札幌のフローリスト集団で店舗展開も行う「GANON FLORIST」の清野光代表と會津脩平さんだ。同社はこの春、花の廃棄に一石投じる「ロスフラワー救済プロジェクト」を立ち上げた。生産者と市場から花を購入し、花で笑顔をつくる企画を練っており、5月にはクラウドファンディングで資金300万円を集めた。「人が集まるイベントは時期を待たなければなりませんが、できるだけ多くの方を一輪の花で笑顔にしたい」という。海外にも拠点展開する同社だが、産地に訪問する機会は少ない。二人は試験栽培のハウスで、内海さんが今年植えた新しい品種のひとつを「これは売れますね」と手に取っていた。内海さんの組合では3年前から、取引先の担当者に「花屋さんを産地に案内して欲しい」と声がけしている。「アルストロメリアは年間100種類ほどが発売される花種です。作りやすさや収量だけでなく、花屋さんからお客さんのニーズを聞いて選べたらいいなと。それに、お互い顔が見えるとやる気が湧くでしょう?」と内海さんは言った。自然も作物も、人を待ってはくれない。道外産地が一息つく夏に、北海道産の花の最盛期がやってくる。
千歳産の温室スズラン。4月は他にも札幌、真狩、旭川などが出荷している。札幌では市の花として歌に詠まれたり、公園にも植えられ芳香を放つ。グラスに挿せる気軽さで、小さな贈り物にも使われる。
札幌の「ブーケ・ド・ソレイユ」は、外看板のないアトリエ形式で40年以上続く花屋さんだ。繊細で存在感のあるブーケやアレンジメントで定評があり、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌)の初期の会場装花も手掛けた。フローリストの前田まさこさんは「(店を)休もうかとも思ったけれど、こんな時こそお花をという方がいて本当にありがたい」という。注文電話で、花に気分が救われたと聞くことが増えた。「今だから一層、お花の生命力みたいなものを感じるのかもしれません」(前田さん)。
同店と取引のあるブランディアの鈴木雄太係長も、似た体験がある。「東日本大震災の時を思い出しますね。当時勤務していた東京の世田谷花き市場で、花が大量に残った。それを社員総出で道ゆく人にお配りしました。生の花を手にした時の笑顔が、強く印象に残っています」。
そんな今年の母の日、花は買われたのだろうか。札幌・4丁目プラザ地下の花店などを経営する「ブロックコーポレーション」では、昨年スタートしたネット通販が昨年対比で10倍近く売れた。数軒の花屋さんに電話で聞いたが、地方発送やギフトが昨年より伸びて、しかも5月中続いていた。この春の緊急事態宣言を受け、花の業界団体は「母の日」から「母の月」へ転換しようというPRを行ってきた。ポスターなどを店頭で目にしたことがあるかもしれない。需要が分散すれば花の価格が安定し、花屋さんの繁忙ピークもなだらかになるのだ。今年の母の日は、帰省できないゴールデンウイークを過ごした人々が花を贈る機会が増え、これが一気に広まった。ここでも、普段は見えないモノと暮らしの関係が、少しずつ見えてくる。
花は作り手の見えにくい農作物だ。想像してみる。もし誕生日や結婚式に花がなかったらどうだろう。何を選ぶかは、何を残したいかと同じ意味を持つ。家にいようが外に出ようが、暮らしの中で見えない繋がりに気づき、一票を投じる。新しい暮らし方というのが、そうした事であればいいなと思う。 (文・深江園子/写真・吉村卓也)
大手百貨店などの装花も行うGANON FLORIST。花の廃棄を減らすロスフラワープロジェクトに集まった寄付のリターンを制作していた。束ねてぶら下げるスワッグは、そのままドライフラワーになる。
ブーケ・ド・ソレイユ店主の前田さんは、アトリエで接客する中で、産地や農園を伝える。この日のおすすめは長沼町産のラナンキュラス。「この農家さんは、珍しい種類を少量ずつ作る方なんですよ。」
2020年6月16日 特集190号 ※記事の内容は取材当時のものです。
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