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>HOME >特集一覧 >VOL.205「豚の幸せ 人の幸せ」(2021年9月21日)
特集「豚の幸せ 人の幸せ」の表紙の写真です

特集Vol.205
『豚の幸せ 人の幸せ』

公開:2021年9月21日 ※記事の内容は取材当時のものです。

よく遊び、よく眠る
豚は本来どろだらけ

 どろだらけの豚たち  帯広から太平洋岸の南へ向かって車を走らせること約1時間、幕別町忠類にある「エルパソ牧場」に着く。斜面のある30ヘクタール(サッカーコート約42面分)の敷地に、常時約800頭の豚が放牧され、「どろぶた」の名で出荷される。出迎えてくれたのは、豚のイラストと「どろぶた」の文字がついた紺色のオーバーオールを着た、牧場主の平林英明さんだ。
 「どろぶた」という珍しい名前には理由がある。「豚は犬と同じで汗をかかない。体温調整のため、自分で泥を体につけるんです。泥が乾くとき体から熱を奪ってくれる。虫もつきにくい。それが自然な豚の習性なんです」と平林さん。
 訪れたのは夏の盛りの8月、雨の翌
日。ぬかるんだ土の上で、泥だらけの豚が気持ちよさそうに休んだり、歩いたりしている。泥水の水たまりの中に、半分体を浸してまどろんでいる豚もいる。豚は警戒心が強いらしく、見慣れているはずの平林さんでも、近づくと微妙な距離を取りながら逃げて行く。「ほ〜い、ほ〜い」と声をかけながら、ゆっくりと放牧場に入る。しばらく時間が経った頃に豚たちが興味深そうに周りに集まってきた。ブーブーと豚らしい音を発しながら、私たちに近づいて来る。
 「ほら、お茶」と、平林さんが飲んでいたペットボトルのお茶を豚の鼻先にかけてやる。冷たいお茶は気持ちいいのだろうか。平林さんはどかんと土の上に腰を下ろすが、豚達は気にする様子もなくマイペースでうろちょろしている。私の方にも近づいてきて、鼻先をズボンにぐいぐいと押し付けてくる。「ははは、仲間と思われましたね」と平林さん。ズボンは当然泥だらけになったが、豚がこんなにフレンドリーな動物だとは知らなかった。

豚たちのお尻には必ずくるんと丸い尻尾がある。
豚たちのお尻には必ずくるんと丸い尻尾がある。
エルパソ牧場オーナー、平林英明さん
エルパソ牧場オーナー、平林英明さん

放牧は圧倒的少数派

 実はこのような風景は日本ではとても珍しい。豚の多くは豚舎と言われる部屋の中で飼われ、泥にまみれることもない。スノコ敷きのコンクリートの床、動き回れるスペースは限られ、遊ぶ場所もない。ほとんどの豚は尻尾が切られている。これは豚がストレスから他の豚の尻尾を噛んでしまうため、生まれてすぐに尻尾を切られる。犬歯を切る処理も一般的だ。豚が外で走ったり歩いたりしている姿を見ること自体が稀なことなのだ。

海外研修で開眼

 話を約50年前に戻す。平林さんの実家は養鶏を営んでいた。当初は家をすぐに継ぐつもりはなく、パイロットになりたくて航空自衛隊に入隊。練習生だったが左耳に不具合が見つかり、圧力試験に耐えられないことがわかりその夢を断念。その後、実家の養鶏を手伝うことを前提に農業実習のために1970年、アメリカのアイオワ州に1年滞在する。養鶏を勉強しに行ったアイオワの農家は、養鶏、養豚、畑作を営む小規模の混合農家。そこで見た豚の放牧の風景が心に染みついた。そのころのアメリカは大規模生産への過渡期で、豚も生産性を上げるため密集して飼われるのが主流になりつつあったが、幸運にも小規模農家で実習できたことが、その後の平林さんの豚の飼い方に大きな影響を及ぼすことになる。

従来の豚の飼われ方に疑問

 1年の滞在で経験したアメリカの食文化に刺激され、帰国して1973年、結局養鶏は継がずに帯広に1.5坪のハンバーガー屋を開く。店の名前は「エルパソ」。勧善懲悪の西部劇の大ファンで、その舞台になることが多いテキサス州の町の名前から取った。
 そして見よう見まねで自家製ソーセージ作りを始める。帯広畜産大の先生に届けたところ「犬のフンみたいだ」と酷評されたが、実習を見学させてくれソーセージの基本を学ぶことができた。その後、自分の店で出すソーセージが評判となった。肉の仕入れ先が気になるようになり調べ始めたところ、どこの豚舎から来た豚なのかは突き止められないことが分かった。実際にいろいろな豚舎を見て、豚が狭く暗い空間で飼われていることを知り、アメリカで印象的だった放牧の風景との違いにショックを受ける。

広い敷地で飼われるエルパソ牧場の豚たち。気の向くままに、斜面を登り、歩き、走り、よく遊び、どろにまみれる。
広い敷地で飼われるエルパソ牧場の豚たち。気の向くままに、斜面を登り、歩き、走り、よく遊び、どろにまみれる。

おいしい肉は幸せな飼育環境から

 自分で豚を飼おうと決心し、始めたのは2000年。当時相談した養豚家には、「豚はコントロールがきかないぞ。放牧して逃げられたら終わりだ」と忠告を受ける。だがアメリカで見た放牧の風景から、必ずできると確信していた。
 現在、この飼い方で21年、最初の小さなハンバーガ屋は「ランチョ・エルパソ」と名前を変えてレストランとなり、従業員が引き継いでいる。牧場から出荷する豚肉は自社で加工して商品にする他、全国のレストランのシェフたちから求められるものになった。
 大規模経営の養豚家が多い中で、エルパソ牧場はほんの小さな存在にすぎないが、近隣にも豚の放牧をする養豚家はいくつかある。それでも全国的に見て放牧が圧倒的少数派であることに変わりはない。
 平林さんの経験では、豚肉の味を決めるのは飼育環境が第一だという。平均6ヶ月で出荷される豚だが、エルパソ牧場では約8ヶ月かけてじっくり育てる。市場の規格とはズレがあり、売りにくい面もあるという。肉の味は濃く、少し堅め、脂身をあえて薄く作らず、脂身にはうまみを決めるオレイン酸が多く含まれるという。そんなちょっと変わった豚肉があってもいいと思うし、それが地域の文化を作る、と平林さんは強調する。
 「大規模生産で国内の需要を満たすことは大事ですが、みんなそれでは面白味がないでしょう。何より豚を飼うのが楽しい。牧場の豚を見回り、声をかける。20%利益が減っても20%の豊かさが手に入る。幸せに育った豚を食べたい、というニーズはこれからは絶対にあると思います」と、平林さんの考え方はぶれない。

アニマルウェルフェア畜産協会代表、瀬尾哲也  帯広畜産大学畜産学部准教授
アニマルウェルフェア畜産協会代表、瀬尾哲也 帯広畜産大学畜産学部准教授
牛乳に貼られた認証食品の印。現在は乳牛のみで、豚にはまだ制度がない。
牛乳に貼られた認証食品の印。現在は乳牛のみで、豚にはまだ制度がない。

アニマルウェルフェアとは何か

 人間の口にはいる畜産品、それをもたらしてくれる、豚、牛、ニワトリ等の家畜が良好な環境で飼われているかを示す概念が「アニマルウェルフェア」だ。「動物福祉」と訳されるがどうもしっくり来ない。この分野の専門家で、アニマルウェルフェア畜産協会代表でもある帯広畜産大学畜産学部准教授・瀬尾哲也先生に話をきいた。
 「アニマルウェルフェアは、『動物の暮らしをよくすること』というのがいちばんしっくりきます」と瀬尾先生は言う。この分野で実は日本は相当に遅れており、この度のオリンピックの選手村で提供されるメニューが、アニマルウェルフェアに配慮したものかどうかを心配する声が外国人利用者から上がったことがニュースになっていたが、諸外国では当り前になりつつある考えだ。
 もともとヨーロッパから始まったもので、ニワトリを例に取ると、日本の多くの養鶏場で行われている狭いケージで飼うことはEU全体ではすでに禁止されている。一部の国では、豚の尻尾切りや犬歯を切るのも禁止である。生まれたばかりで麻酔もなしで尻尾を切られ、子豚は悲鳴をあげるという。生産効率から言えば、アニマルウェルフェアに配慮すれば非効率となりその分値段も高くなるのだが、ヨーロッパ諸国では国が農家に補助金を出したりして、動物に配慮した飼い方への変換を後押ししている。そこには美味しい、美味しくないの判断よりも、ストレスを抑え健康に育った家畜からでないと、安心安全な生産物はできないという前提がある、と瀬尾先生は言う。そして、それを求めたのは消費者だった。
 「どうせ殺して食べてしまうのに、家畜の幸せなんて偽善的」という声も日本には多いという。瀬尾先生は、「私たちもいつか死ぬけれど、生きている間は幸せに暮らしたいと思う。それと同じこと」と反論する。

「どろぶた」の豚ロース、ソテー、とんかつ用。きれいに入った脂身がうまい。
「どろぶた」の豚ロース、ソテー、とんかつ用。きれいに入った脂身がうまい。

始まりつつある認証制度

 前述のエルパソ牧場は豚達には理想的な環境に見えるが、牧場主の平林さんは当初は「アニマルウェルフェア」という言葉も知らず、豚達と共存する飼い方を目指していたらたまたまそうなっただけだという。しかし、日本の養豚家がすべて放牧になったら、国内の豚肉需要は到底まかないきれないのも事実だ。瀬尾先生は「豚舎飼いでもストレスを軽減させる方法はある」と指摘する。現在、アニマルウェルフェア畜産協会では、動物の暮らしに配慮して作られた農場や製品を認証する制度を作り、まず乳牛の認証がすでに始まった。今後は肉牛、豚、ニワトリの認証も計画中だという。

当り前の尊厳を家畜にも

 日本の大消費地である都会では、あまりにも人と家畜との距離が遠い。スーパーに並んだパックの肉から、その育った環境に思いを馳せる人は稀だろう。日本の家畜には、動物行動学で言われる「異常行動」が顕著だということを知る人はほとんどいない。
 1960年代、すでにイギリスでは「すべての家畜に、立つ、寝る、向きを変える、身繕いする、手足を伸ばす自由を」という基準が提唱されていた。反対に言えば、そのような自由もない中で家畜は飼われていた、日本では今もいる、ということだろう。

 エルパソ牧場の入口にはこんな看板があった。「どろぶた君、生まれてきてよかったですか」「この牧場に生まれて幸せでした」。
 平林さんは言う。「家畜というのは生命の終わりが約束されている動物。でも生ませたのは僕の責任。その生を全うするまでは共に生き、できるだけ心地よい暮らしをさせてあげたい。そこまでが僕の役割と思っています」。

 そんなことを知ってから、「どろぶた」を食べてみた。厚切りのロースの切り身を、豪快にフライパンで焼き、肉汁にバター、白ワインをからめ、黒胡椒をガリガリと振る。肉の味がしっかりして、脂身がとても美味い。生きている豚の姿を見る経験はほとんど無かったので、正直気持ちは複雑である。といってもベジタリアンにはなれそうにない。豚肉は大好きだからだ。これからもいろいろな肉を食べ続けるだろう。でも、それを提供してくれた動物たちがよい環境で育ってくれたことがわかったのは嬉しい。農畜産物を見る考え方がちょっと変わった。
 「買い物は投票行動だ」という言葉がある。私たちに食べ物を提供してくれる命に配慮した商品があったとしたら、それに一票を投じたい。
(文・写真 :吉村卓也)

株式会社 エルパソ

中川郡幕別町忠類中当45番地1
フリーダイヤル0120-33-8683
tel. 0155-34-3493

ランチョ・エルパソ

(どろぶたが食べられるレストラン)帯広市西16条南6丁目13-20
tel. 0155-34-3418

「どろぶた」はネット上に通販サイトがあります。
https://elpaso.jp

エルパソ牧場の豚たちはマイペース。雨上がりのどろんこ道は豚の足跡だらけ。
エルパソ牧場の豚たちはマイペース。雨上がりのどろんこ道は豚の足跡だらけ。

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ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。

投稿テーマ
『豚肉、どう食べますか?』
お肉のなかでもポピュラーな豚肉。
とんかつ、生姜焼き、豚汁、焼き豚、酢豚、そして北海道なら豚丼も!
ラーメンも、焼き豚無しではしまらないでしょう!あ〜、豚の「やきとり」もありました。
こま切れの豚肉は、どんなお料理にも便利に使えますね。
私はやっぱり適度な脂身があるロースがいいなぁ。
みなさん、豚肉どうやって食べてますか?美味しいレシピがあればぜひ教えてください。
ベジタリアンの方はごめんなさい!

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しゃぶしゃぶにして食べるのが好きです。(このあーさん)

ステーキ用の豚肉に塩コショウをしたあと小麦粉をまぶして、それをバターで焼き色がつくまで焼いたらコンソメスープで煮るという簡単な料理があるのですが、手間がそこまでかからない割に美味しいのでおすすめです。(huku777さん)

回鍋肉(so-taさん)

焼いたり、揚げたり、茹でたり、炒めたり…色々な食べ方で食べています。
豚肉、大好きです!!(ぴのこだっくさん)

豚の生姜焼き(kuro777さん)

とんかつや生姜焼きにして食べています(かえるさんさん)

1番好きなのは冷しゃぶです!!夏は特に夏バテで、熱いものを食べる気分になれなくて、冷たいものが嬉しいので何度も食べました。味ぽんをかけて食べるのが好きで、いろんなポン酢を買ってきて食べるのが好きです。マヨ×ポン酢の組み合わせが好きなのでたまにマヨネーズも混ぜます(うさこさん)

牛ではちょっとくどいけど、鶏よりがっつりいきたいなーというときにチョイスする位置づけかな?と。
オールマイティで使い道を制限してくる素材じゃないのがいいところですね。(にゃあさん)

生姜焼き(たぶえむたぶさん)

大体トンカツか生姜焼きか肉じゃがです。(あたりはずれさん)

しゃぶしゃぶ、生姜焼き、豚キムチ、ゴーヤチャンプル、角煮、色々好きです。(Ksさん)

豚汁しか勝たん(りょうちんまるさん)

塩コショウで焼くのが一番好きですが、しょうが焼、酢豚、カレー、トンカツ、お肉の中で一番食卓に上がりますね。すき焼きも豚肉です!(れいさん)

とんかつ(チケさん)

角煮 圧力鍋で柔らかく煮ます その時に大根やニンジンも大きめにカットして入れると野菜の甘みも加わりおいしくできます 野菜も柔らかく味がしみ込んでおいしいです 生姜に砂糖の代わりにオリゴ糖を使うのがこだわりです(かのみゆさん)

豚カツや焼豚を作って食べています(みちさん)

豚肉は生姜焼き定食で食べるのが大好きです。
マヨネーズとあいまったタレがたまらないです
ご飯も進みます(アンズさん)

カレーに鍋、みそ汁と、2日に1回は豚肉です。
牛肉よりお値段がお安いのも、ありがたいです。(ひーたんゆうゆうさん)

回鍋肉が家族皆で、好きでよく作っています。(匿名さん)

薄切りロースをくるくる丸めてチャーシューを作ります。(たこぽんさん)

冷しゃぶが好きです(まるさん)

北海道に住む私はやっぱり豚丼がイチオシです!
ご家庭によって作り方は違うかもしれませんが、我が家では薄切りのロースを焼いて、タレを絡め、ご飯の上に乗せて食べます。
ブラックペッパーをかけると少し辛さが出て、いいアクセントになりますよ。
数ある豚肉料理のレパートリーの中でも簡単にできておいしいので大好きです。
本州にお住まいの皆さんにももっと豚丼の魅力を知ってほしいです。(まめ太郎さん)

生姜焼きにして食べます!(えもじのはさん)

野菜たっぷりしゃぶしゃぶ(てるみちゃんよさん)

豚こまのてんぷら美味しいです。(こうこうママさん)

とんかつ(ブモンさん)

どんな野菜ともよく合うので野菜との炒め物で食べるのが多いです!(パンナさん)

生姜焼き(はなちゃん3さん)

焼き肉が好きです(ronさん)

昨年3月迄道民で今は仕事の関係で関西におりますが北海道民にとっては豚の焼き鳥が最もポピュラーだと思います。ハセガワストアの焼き鳥弁当が大好きでしたがもちろん関西にお店はないのであの味をどうしても食べたくなったので緊急事態宣言以降妻と味を再現できるか作るようになりました。関西人から言わせれば正確に言うと焼き豚丼だけどハセガワストアの焼き鳥弁当を食べたいので早くコロナ収束して安心して帰省出来ますように(KANTON$さん)

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