ベーコンに使うのはデンマーク産ランドレース種の豚バラ肉。
このベーコンは軟らかくやさしい味だ。脂身部分も少なめで、よくある塩辛いベーコンとは一味違う。小樽の静かな住宅街の一角に、このベーコンづくりの現場がある。薫製室は加工場のコンクリートの階段下のスペースを手作りで改装したもの。壁は長年煙にさらされ、タールが玉のようになってはり付いている。木製の扉の隙間から、白い煙にのって薫製特有の香りが漂ってくる。この小さな部屋に入った豚肉はベーコンに、サーモンはスモークサーモンとなる。
店名の「めるかーど」はスペイン語で市場の意味だ。店主の田畑広司さんは「脱サラ」してこの店を始めた。
函館生まれ。子供のころから料理を作るのが好きだった。朝からイカの刺し身が出るような家だったが、生魚よりも洋風のものが好きだった。自分の分として取り分けられた刺し身は、バターで炒めて食べたりしていた。
高校では剣道部に所属。あるとき、合宿で炊事当番になった。何を作ろうか。母親に相談したら、たくさんできるからとチキンのクリームシチューを勧められる。ならば、と小麦粉を炒めてホワイトソースを作り、シチューを作って出したら、これが大好評。部員のみんなにとても喜ばれた。
「個人競技の剣道で勝って喜ぶのは自分。みんなが一緒に喜べるものはいいなあ、と思いましたね」と田畑さんは語る。
大学時代は東京のパブレストランでアルバイト。学生スタッフに自由に何でもやらせてくれるような店でこれがまた楽しかった。
その後、剣道の縁で武道具を扱う会社に就職。10年ほど勤めたが、しっくりこなくなってきた。
小樽に居を構え、平成元年に退職。それを期に、知り合いのつてを頼って、1歳になったばかりの子供を連れて家族でスペインに旅立つ。スペインの他、フランス、イタリア、スイス等を約2カ月間回った。人生の区切りの旅行のつもりだったが、レストランを開く準備は進めていた。
やはり食べ物が気になった。日本人がいつも寿司や天ぷらばかり食べているのではないように、現地の人はふだんどんなものを食べているのだろう。好奇心がむらむらと頭をもたげた。
スペインではキッチン付きの安いホテルに滞在し、空の買い物カゴを下げている女性の後をついていって、地元の人が使う市場を見て歩いた。パエリアを初めて食べ、日本でもサフランさえ手に入れれば作れると思った。レストランで食べた料理も「自分だったらこう作ろう」と考える材料となった。日本に帰るとき、スーツケースはサフランや食材でいっぱいになった。
何より、現地の人が生活を楽しんでいる姿がカルチャーショックだった。昼には家に帰ってゆっくり食事やシエスタ。また仕事に行って夜まで働き、夜遅くからにぎわう飲食店。仕事第一ではない生活。「会社を辞めて、仕事もしないで」といった後ろめたさがだんだんと消えて行った。
「何でもありだな。失敗してもそれはそれでいいのかな」と思うようになった。
日本に帰って、1989年2月に小樽にレストランを開店した。ランチでは1年間一切同じメニューを出さないことを心がけ、ほぼ実現させた。1992年にはソムリエの資格も取得。その後もヨーロッパへ食材研究の旅は続け、これまで15回以上足を運んでいる。
ある日、レストランのなじみのお客さんが、自分で作ったというベーコンを持ってきてくれた。「自分でも作ってみたい」という気持ちがふつふつと湧いてきた。
さっそく薫製機を一斗缶で自作。途中で火が消えたり、温度管理がうまく行かなかったりという失敗を繰り返しながら作り続け、自分の思う味に到達したあとは、店で出す料理の食材に利用した。レストランと創作料理をパッケージにした通信販売の二路線で営業を続けた。
転機は2008年だった。当時の札幌すすきののロビンソンデパートの閉店セールに出店。作っていたベーコンを、あいさつのつもりで周りの店に配ったり、お客さんにおまけであげたりしていたところ、「売ってないの?」との声が多数寄せられるようになった。
一カ月分を見込んでベーコンを作って持ってきたら、3日間ですべてがなくなった。その後、注文が途切れることなく入るようになり、レストランの開店20周年を機に、ベーコンを中心とした食品販売に特化することに決めた。
「『神様のお告げ』みたいな感じでしたね。よし、これで行こう、と。自分では思いもしなかったようなことが起こるときがあるもんですね」と当時を振り返る。
店主の田畑広司さん。道外の物産展での販売も多い。お客さんに接するときは、ワイシャツにネクタイでベーコンを切り分ける。
ベーコンには当初道産の豚バラ肉を使っていたが、ある日、デンマーク産のランドレース種に出会う。一目見て、脂身と赤味の見事なバランスと安定した品質に驚いた。生産者のトレーサビリティーがとてもしっかりしていることも決め手になり、以来この肉を使っている。
薫製に使うサクラの木は地元のもの。切ったり枯れたりしたものを地元の人たちが調達してくれるので、材料にはことかかない。
肉に自家調合した塩をもみ込んで数日寝かせる。1枚の肉にすり込む塩の量は常に気をつかう。数日寝かせた後、余分な塩を洗い落とし、フックにかけて薫製室に吊り下げる。季節によって火加減を調整しながら、約12時間いぶしてベーコンができあがる。
料理方法はさまざま。ブロックでの販売なので、好みの大きさに切って自由に使える。焼くなら弱火で、スープに入れればスモークの香りが味を引き締める。なじみのお客さんからアイデアを聞くことも多いという。
「みそ汁の鍋にしばらく入れて、ベーコンは引き上げて付け合わせで食べる。みそ汁にもアクセントがきいて、あとのベーコンは食べても美味しい。これはいけましたね」
年間を通して薫製を製造する。今日も薫製室からはふわふわと煙が立ち登る。(文・写真:吉村卓也)
めるかーど株式会社(小樽市最上1-12-13)
0134-25-5536
http://mercado-otaru.com/
ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。
面白かったコメント、私も同じ!と思ったコメントは、ぜひいいね!を押してください。
1ページ
2ページ
3ページ