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不動産屋のはずなのだが、写真付きの「3LDK、駐車場付き、○○万円」という貼り紙はそのガラス窓にはない。函館山の麓に広がる「旧市街」と呼ばれる函館の観光スポット、坂があり教会が立ち並ぶ地域に調和するようにこじんまりとしたオフィスがある。店にいたのは蒲生寛之さん。祖父の代から50年以上続く、宅建業・株式会社蒲生商事の常務取締役だ。「箱バル不動産」という看板を掲げているが、これは蒲生さんとその仲間が2015年に立ち上げた会社の名前で、本業の不動産業とはちょっと違う。「不動産」の看板を掲げてどんなことをやっているのだろうか。
蒲生さんは函館生まれ。中学生のときに旧市街に家族で引っ越してきた。初めてこのエリアに暮らして、地域の見え方が変わった。山や海が近く、学校の部活帰りに海に寄れた。都市の機能もあり、家族での外食では非日常を味わえた。暮らしていてとても楽しい気持ちになったのを覚えている。
高校を卒業してワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアで暮らし、その後東京での仕事を経て30歳のときに函館にUターンした。戻ってきて、フレッシュな気持ちで町を眺め、思った以上のペースで古い建物が壊されているのを間近に見た。ドア1枚にしても、家の部材にしても、貴重なものがどんどんゴミにされていく。「どうして?」と思った。不動産業を継いで経験を積んだ今でこそ、そうなる理由は理解できる。
「やはりコストがかかるのです。維持管理も大変。目先の経済合理性だけを考えれば古い建物は壊して更地にするか、そこにマンションを建てて売った方がいい」。
だがそれで地域の価値は上がるのか、という疑問を持った。「エリアリノベーション」という、小さな地域を設定して集中して再生する方法に興味を持った。中学生時代に感じた、何となく暮らしていて楽しいという気持ちを言語化して人に語れるようにもなっていた。
古い建物が壊れるのは悲しい。歴史的な建造物となれば助成金が出ることもある。だが文化財的になりすぎると、どうしても敷居が高くなり、身近なものと感じにくい。公的なお金だけに頼っては市民の賛同も得られない。どうやったら暮らしの一部になるのだろう、と考えた。「その場所が経済的な力を持っていないと、残すこともできない」と痛感した。
空き家となった物件を発掘して、価値を見いだしていく。壊して更地にして売るために探すのではない。ここを生かしてくれる人と空き家をマッチングしていく。だが、それには手間もかかる。
「これが簡単にもうかる事業なら多くの不動産屋さんがやっているはずですからね」と蒲生さん。
そんな考えを持った蒲生さんが、同じような価値観を持った人たちと巡りあったのは幸運だった。近くに住む建築士の富樫雅行さんはその1人。愛媛県出身で千葉県育ち。大学進学で北海道へ。旭川にあった東海大学芸術工学部で建築を学び、「人の顔が見える規模感がいい」と、函館に移住した。自身も和洋折衷の昭和9年築の古民家を手に入れて、自分の手で約2年半かけてリノベーションした。
「それまではそれほど古いものに固執していなかったのですが、古い家とじっくり向き合ったのがよかった。見えない所の梁など古い部材をけっこうリサイクルして使っている痕跡が見て取れました。ふだんから自分で家に手をかけていれば、悪くなってきたところも気付きやすいですよ」と語る。
富樫さんの知り合いに、やはり古い家をリノベーションして「天然酵母パン・トンボロ」を営む夫妻がいた。「古い物件を探してくれるような不動産屋さんてなかなかいないよね〜」と話していたときに、蒲生さんがUターンしてきたという訳だ。
そして4人は2015年、「箱バル不動産」という団体を立ち上げ、後に会社にする。空き家を使って何かをやりたい、という人を見つけて物件とマッチングし、それによって地域の価値を高めていく、そんな会社だ。
暮らしの魅力をどう発信していくかを考えた。「価値を創造する人、場を作り出すような人が来てくれるといいと思った」と蒲生さん。
そこで始めたのが「函館移住計画」というプロジェクトだった。用意した空き家で一定の期間暮らしてもらい、この街を知ってもらう。何ができるかをリサーチしてもらいたい、という気持ちだった。
空き家として用意したのは、旧市街にある一般オーナー所有の3物件だった。。ネットで広報し、まず3世帯、7名が来た。このプロジェクトは2017年まで3年間行った。実際に移住した人もいるが、それよりもこのプロジェクトがメディアに取り上げられて、知ってもらえたことが大きかった。
どういうことがあれば移住してくれるのかを考えた。「仕事」があるかどうかが大きな懸案事項になることもわかったが、蒲生さんが至った結論はこうだ。「雇ってくれませんか」と来る人ではなく、空き家を使って自ら仕事を創り出そうとする人に絞るべきである、と。
この取り組みは2020年に全国の地方新聞社などが主催する第11回地域再生大賞を受賞した。
函館移住計画がメディアに取り上げられたことがきっかけで縁がつながった「大三坂ビルヂング」は結局蒲生商事が買い取り、富樫さんの設計で2017年にリノベーションして、正式に「SMALL TOWN HOTEL Hakodate」という一棟貸しの宿泊施設としてオープンし現在に至る。
この建物に案内してもらった。1階にはテナントしてカフェと水たばこ店。どちらも古い建物の雰囲気を壊していない。別の玄関を通って2階がホテルだ。地元の木材を使ったフローリングや、古い住宅のパーツや調度品が建物の歴史とマッチしているようだ。どこかから調達したという欄間がエアコンの目隠しに使われていた。
このプロジェクトがきっかけで、同じような価値観を持つ人たちとのネットワークも広がり、古い物件を所有する人が「誰か使わないか」と問い合わせてくる「情報の逆流」が始まった。
箱バル不動産の創設メンバーの4人は、空き家の有効活用という共通の思いを持ちながら、それぞれの仕事に戻り、箱バル不動産は蒲生さんが引き継ぐ形になった。建築士の富樫さんは、自身でも市街地の物件を入手し、再生プロジェクトに関わっている。
元々、函館の旧市街地区は、マンション建設とそれに反対した地元の人たちの闘いの歴史がある。今でこそこの地域は1988年にできた景観条例によって街のたたずまいが守られているが、条例制定の直前には、古い建物の駆け込み解体と、高層マンションの駆け込み建築を許している。
富樫さんは「昆布館」という建物を引き継いだ。元々は海産商だった旧田中商店の建物だったが、開発業者に買われて壊されそうになったとき、地元の池見石油の当時の社長、石塚與喜雄氏が取り壊しをストップさせるために買い戻したものだ。その後飲食店として使われていたが閉店し、建物も老朽化し存続が危うくなったとき、富樫さんに声がかかった。「守った人がいるから今がある。私も引き受けなくてはいけないと思った」と語る。
最近、古い空き家を探している人が増えた、と蒲生さんは言う。昔に比べれば情報は集まるようになったとはいえ、まだ古い空き家をそのまま流通させるのは多数派ではないという。需要の高まりもあり、よい物件が出るとすぐ埋まる状態だという。
さて、翻って自分の住む場所はどうなのだろう、と考えてみた。筆者は札幌市在住だが、空き家で困っている話はよく聞く。古い物件に手を入れて住むのも面白そうだと考えたこともあったが、はて、そんな物件がどこにあるのかがわからない。不動産情報に載っている物件から趣のある古い家を探すのは相当難しそうに感じた。空き家問題が言われる昨今、箱バル不動産の試みが、その解決のヒントになるかもしれないと感じた。
(文・写真:吉村卓也)
ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。
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都心からオフィスを移して田舎の一軒家を買い取って事業を行うITベンチャーも増えていますね(H)
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