朝日IDをお持ちの方はこちらから
AFCのログインIDをお持ちの方(2024年7月31日までにAFCに入会された方)はこちらから
新規入会はこちらから(朝日IDの登録ページが開きます)
この三店、昔からあります
かつて、定山渓にも多くの定住人口があった時代があった。製材、営林署、豊羽鉱山、鉄道。何よりホテルや旅館の多くの従業員が、家族で会社の寮に住んでいた。
飲食店も多かったが、時代の流れとともに減っていく。そんな中で、定山渓で開業し、今も続く食事どころ3軒を訪ねた。昭和2年創業の「生そば紅葉亭」、同35年創業のラーメン「可楽」、同49年創業の喫茶「フランセ」だ。
創業91年の老舗そば屋は、今年6月に4代目の谷野剣介さんが店主となり、先代の父、孝一さんといっしょに調理場に立つ。サービスで季節の食材の天ぷらがつくことがある。夏はイワナ、冬はワカサギ、春は山菜だ。川に山に、すべて親子で採りに行く。店はまだまだ歴史を刻みそうだ。
・11:00〜19:30 水曜定休
「可楽」は岩戸観音堂から観音坂を登りはじめてすぐの右側にある。
「店もそろそろ還暦だよ」と店主の加賀議次さんが笑う。父親が創業した店を継ぎ、奥さんと2人で切り盛りする。朝11時半から、午後の休憩をはさみ、夜10時半まで開いている。夜、遅くに食事ができる店は定山渓では少ないので、貴重だ。
毎朝8時に店に来て、豚骨のスープを仕込む。その日使いきれなかったスープは捨て、毎日のスープは必ずその日のものを使う。豚骨とは思えないほど透明感があり、奥深い味だ。「やっぱり醤油が基本かな」と、先代からの味を守る。ずっと地元客の方が多かったが、最近は観光客の方が多くなった。札幌オリンピックのときに作ったという英語表記のメニューがまた役に立っているそうだ。
・11:30〜22:30 (午後休憩あり)不定休
「フランセ」は国道230号沿い、中山峠方面に向かってそろそろ定山渓の温泉街が終るあたり、片側2車線の道路が1車線になる直前の左手にある。店主の宮西三雄さんが23歳のとき、札幌オリンピックの2年後に始めた。今も白シャツに黒い棒タイ姿でカウンターに立つ。コーヒーは今は懐かしいサイフォンで一杯ずつ入れる。
「一時期はアルコールも出したんですけど、どうも合わなくてやめて、ずっと純喫茶でやってます」と語る。食べ物メニューの中でも、揚げたてのカツを使ったカツサンド、カツカレー、カツ重は人気だ。そして「パスタ」ではなく「ナポリタン」。「純喫茶」の名前がこれほどしっくりくる実直でな店も珍しい。最近、息子さんも戻ってきて一緒にカウンターに立つ。家族経営の店だ。
・10:30〜19:00 日曜休
大学生のときに、JAL(日本航空)が自社養成でパイロットを募集することを新聞で知り、へぇこういうのもあるんだ、と思い応募したのがきっかけです。読む
幕末の長岡藩は、会津を征伐しようとする新政府軍の進軍路にあった。その藩に忽然と現れ、藩の独立と「武装中立」を頑なに推し進めようとしたのが河井継之助(つぎのすけ)だ。読む
十勝川温泉は十勝平野の中にこつぜんと現れる温泉地だ。「温泉地」という言葉からイメージされるような山や渓谷というものはない。読む
シュトレンの本場、ドイツではクリスマスをどう過ごし、どんなときにシュトレンを食べるのだろう。札幌在住でNPO法人・八剣山エコケータリング代表のビアンカ・フュルストさんに聞いてみた。読む
北海道のパンやお菓子の店にはシュトレンがすっかり定着した。毎年楽しむ人が増えた証といってもいいだろう。そうした中、お客の幅が広がるにつれ、オリジナリティのあるシュトレンも登場している。読む
釧路市の住宅街で偶然、行商する人を見つけた。リヤカーの主は、新木トシ子さん。お天気の日の昼ごろ、和商市場あたりからひと回りするという。住宅や店の前で停めるたびに人が出てきて、おしゃべりしながら買物が始まる。読む
箱に入っているのは、茶色い鉄鉱石、黒い石炭、白い石灰石の三種類、を模したクッキーだった。箱の中にそれらの本物を写した写真が入っているが、クッキーの写真かと思うほどそっくりだ。鉄鉱石はココア、石炭は黒ゴマ、石灰石はきな粉味だ読む
室蘭市にあり、2014年に閉校した室蘭市立絵鞆(えとも)小学校に円形の校舎が2棟並んで建っている。一棟は教室、もう一棟は体育館で、昭和30年代に建てられた体育館棟は老朽化のため、解体の方針が出ていた。読む
昭和20(1945)年3月、第2次大戦のさなか、栃木県から戦火を逃れて、1人の版画家が妻の親類のいる白老に引っ越してきた。その名を、川上澄生という。読む
白老町に、飛生(とびう)という場所がある。今は「字竹浦」という地名になったが、「飛生」は町内会や川の名前に残る。人家も少ないところだが、かつてここには「飛生小学校」があった。読む
昭和の頃、札幌のイチゴは甘酸っぱくて柔らかかった。市内の果樹園は今もイチゴを栽培するが、果肉がしっかりした品種が主流。そんな中、わずか数軒が作る「さとほろ」という品種がある読む
当別町と北欧との関係は、日本とスウェーデンの協力により、日本にスウェーデン村を作る目的で、輸入住宅地・スウェーデンヒルズを同町に民間業者が開発したことに始まる。読む
今回の特集で取り上げたパンやバターができるまでに、大きな役割を果たしたのが「アマムの会」というグループの存在だ。これは、道北、天塩川流域の農家、食品製造者、料理人など、おいしものを作っている人たちが中心となって、地域の食文化の向上と発信を進めるための団体だ。読む
寿都町は積丹半島の西側に位置し、日本海に北に向けてぽっかりと口を開けたようなきれいな弓形の湾に沿って町がある。札幌から約150キロ。読む
森と林業の町、下川。そこが産する木材を利用して木工品を作っている工房が札幌にある。チエモク株式会社。社名は社長の三島千枝さんの名前にちなむ。読む
全国、全世界に愛好者のいる民謡「江差追分」、北海道最古の神社といわれる姥神大神宮の大祭、「姥神大神宮渡御祭(とぎょさい)」。読む
「FMはな」の愛称で親しまれるコミュニティFM局が中標津町にある。正式名称は「FMなかしべつ放送株式会社」。使用周波数の87MHzから「はな」の名前がついた。読む
かつて、定山渓にも多くの定住人口があった時代があった。製材、営林署、豊羽鉱山、鉄道。何よりホテルや旅館の多くの従業員が、家族で会社の寮に住んでいた。読む
「円山球場の名物は何か」と野球好きの知り合いに尋ねたら、「それはカレーだろう」とのことだった。野球に関係することではなくカレーなのか、と思ったが、ひとまず食べに出かけてみることにした。読む
夕張メロンの初競りが行われた札幌中央卸売市場。競りの開始午前7時めがけて、報道陣や関係者が特設の競り会場に続々と集まり始めていた。読む
辻石材工業株式会社の札幌軟石採掘所に行くと、軟石のでき方がよくわかる。熱がこもらなかった上の層は降り積もった火山灰がそのまま残る。読む
ふわふわ、こんにちは。「ふわふわラムキン」作者 大家典子さん
北海道の羊の毛でできたマスコット、「ふわふわラムキン」。すべて大家(おおいえ)典子さんの手から生まれる。読む