VOL.35 登場する地域:【谷】(富良野市)
「富良野」という名前を聞くと、田舎での自給自足暮らしみたいなものをイメージする人が一定数いるようだ。この小説での【谷】の生活は、まさにそのイメージに近いだろう。
主人公のスミトは、俳優と脚本家を育てる演劇塾【谷】の二期生になるべく、北海道へ来た。【谷】では住む場所を自分たちで建て、農家の手伝いをして生活費を稼ぐ。共同生活をする仲間たちとの人間関係、過酷な肉体労働、地元に残してきた恋人未満の女性など、ドラマチックになりそうな要素は多々あるが、この小説は青春小説とも成長小説とも言い難い。スミトがただ【谷】の生活を営む物語だ。
この小説の作者である山下澄人氏は、脚本家の倉本聰氏が開設した私塾「富良野塾」の二期生である。あきらかに【谷】=「富良野塾」であり、スミト=作者のようであるが、これは実録小説ではない、と作者は言っている。
なるほど、この小説で起きたことは真実ではないのかもしれない。しかし、この小説からは、作者が富良野の地で過ごし、畑仕事をし、仲間と会話した「時間」が確かに伝わってくる。
私たちが過ごしてきた「時間」も、それらのすべてが映画になるようなストーリーではない。でもそれでも良いのだ。そんなことを感じさせてくれる一冊である。
北海道に関係する文学作品や書籍を紹介しているこのコーナー。誌面では道内の高校や高専の先生達に評者をお願いしていますが、ウェブ版ではAFC会員の皆様から、あなたの「地域を知る一冊」を募ります。
今お住まいの地域や、生まれ育った街、旅行で訪れたあの場所…。あなたが読んだことのある、北海道内の地域に関係する、あなたのおすすめの「一冊」をぜひご紹介ください。
北海道の地域が舞台となったり、北海道に関係した本であれば、小説、ノンフィクション等、ジャンルは問いません。以下の応募フォームよりお送りください。
地域を知る一冊 Vol.13
八木 圭一(宝島社文庫)
登場する地域:陸幌町(架空の町、通称「オーロラ町」)
■この記事の執筆:田口耕平(北海道帯広柏葉高等学校教諭)
地域を知る一冊 Vol.7
杉山 滋郎(北海道大学図書刊行会)
登場する地域:札幌市西区
■この記事の執筆:菅原淳(北海道小樽桜陽高等学校国語科教諭)