VOL.49 登場する地域:札幌
私の忘れ物は、何か?今となっては何を忘れたのかも忘れてしまっている、そういう不確かなものを求める物語だ。
主人公の中辻恵麻はH大学の学生。彼女は存在感の薄い自分を透明なセロファンに例えて「ミス・セロファン」と自虐する。H大学と言えば、キャンパスが観光スポットになっている、あの大学だ。中央ローン、百年記念館、薬用植物園……。関西出身の私にはワクワクする場所なのだが、その描写は最初だけ。恵麻もキャンパスには興味がないようだ。
彼女がふらりと訪れたのは、学生部庁舎。女性職員から半ば強引に紹介されたアルバイト先は、地下鉄駅に隣接する大型複合商業施設の忘れ物センターだった。生きづらそうな恵麻を自然体で受け止めてくれるセンターのスタッフ。忘れ物の中には誰かの大切なものもある。大切なものは、人それぞれ違う。彼らと共に忘れ物の持ち主と出会い、その思いを知っていくうちに、恵麻は少しずつ成長していく。
関西の地下鉄は、電車のゴーゴーという音がひっきりなしに聞こえる。それに比べて札幌の地下鉄は何と静かなことか。人の往来が多くても、追い立てられる騒々しさはない。都会でありながら、人の心には大らかさが残っている。地下鉄の音までが優しく人々を包み込む。そんな、この地ならではの温かさを感じさせる作品である。
※評者の肩書きは執筆当時のものです
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地域を知る一冊 Vol.37
札幌芸術の森美術館(マール社)
登場する地域:旭川市、阿寒町、音威子府村、札幌市
■この記事の執筆:仲尾光康(北海道石狩翔陽高等学校 国語科教諭)
地域を知る一冊 Vol.13
八木 圭一(宝島社文庫)
登場する地域:陸幌町(架空の町、通称「オーロラ町」)
■この記事の執筆:田口耕平(北海道帯広柏葉高等学校教諭)
地域を知る一冊 Vol.7
杉山 滋郎(北海道大学図書刊行会)
登場する地域:札幌市西区
■この記事の執筆:菅原淳(北海道小樽桜陽高等学校国語科教諭)
※評者の肩書きは執筆当時のものです