VOL.26
今年は見ることができるだろうか。ニシンの放精で海が白く濁る現象「群来(くき)」を。
漁師でも水産関係者でもない私が、春が近づくと妙にソワソワしてしまうのは、映画「ジャコ萬と鉄」を観たから。かつて厳しい北国の冬が終わる頃、北海道の沿岸に押し寄せたニシン。肥料や食料として重宝され、一攫千金をもたらしたという“春告魚(はるつげうお)”に沸く浜の活気を、まざまざと感じたからである。
舞台は北海道のニシン漁場。強欲な網元・九兵衛(進藤英太郎)のもとに、樺太引き揚げの出来事で恨みを持つ男、通称・ジャコ萬(月形龍之介)が現れる。奇しくも、戦死したはずの息子・鉄(三船敏郎)が帰郷し、漁場を荒らすジャコ萬と対決。ところが鉄は、ジャコ萬の事情に理解を示し、また不当な扱いに反発する漁夫たちにも同情し、父・九兵衛を憮然とさせる。ジャコ萬を執拗に追うユキ(浜田百合子)の愛憎も絡み、漁場の空気が緊迫する中、待ちに待ったニシンの大群が現れる!
若き黒澤明が谷口千吉監督と共同脚本を担当しただけあって、豪快なアクションと巧みなストーリー展開は見どころ満載。さらに、私の目をくぎ付けにするのは、今や幻となったニシン漁の情景だ。それは、「やん衆」と呼ばれた東北からの出稼ぎ労働者たちが駅に降り立つ様子(小平町の羽幌線鬼鹿駅が一瞬映る)に始まり、漁場での生活の場となる木造小屋「番屋」のにぎやかな雰囲気、「船頭」「磯舟乗り」「炊事係」といった役職を刻んだ立派な番付札など、画面の細部にわたる。
とりわけ、ニシンの水揚げシーンは圧巻だ。「ソーラン節」の原型となる作業唄で音頭を取り、網をぐいぐい手繰り寄せる男たち。大量のニシンを「モッコ」と呼ばれる木箱に入れて背負い、せっせと運ぶ女たち。増毛の漁場で撮影された映像からは、「昼も夜もない」というニシン漁の凄まじさが伝わってくる。とはいえ、ニシンの漁獲量は1897年のピークをとうに過ぎ、昭和20年代には“賭け”のような側面が大きかったとか。そうした時代背景を知ると、沖を一心に見つめ、漁の準備に神経を尖らせる網元の姿も頷ける。ちなみに1964年には、深作欣二監督&高倉健主演でリメイクされたが、すでに北海道からニシンは姿を消しており、群来シーンは噴火湾のイワシ漁で代用されたという。
本作の公開は、映画の時代設定と同じく戦後まもなくの頃。衣類も食料もろくにない当時、幼い息子たちを誘い、札幌の映画館で観たのがこれだったという男性の回想コラムを北海道の地元紙で見つけた。数少ない娯楽、それも地元を舞台にした映画は多くの人を楽しませたことだろう。70年余りを経た今でも、活劇の面白さは健在。ただ、立場の弱い労働者が団結して雇い主に立ち向かう様子に、現実が重なるのが情けない。気になるニシン漁は、地道に放流を続け、資源回復の兆しが現れている。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター。個人で作っているミニ冊子・ZINE「映画と握手」の最新号が2種類完成しました。北海道ロケシリーズ第9号「佐藤泰志×函館ロケ」と洋画編第5号「追悼 イルファン・カーン」です。モノクロ印刷版を札幌の喫茶店「キノカフェ」、函館の市民映画館「シネマアイリス」、音更のカフェ「THE N3 CAFÉ」で配布中!よければお手に取ってみてください
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