このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
>HOME >「常設」に会いに行く >「第一洋食店(苫小牧)」(2022/5/16)

VOL14:第一洋食店(苫小牧)


老舗洋食店で美術作品に出会う

 2019年に苫小牧市美術博物館で『特別展 第一洋食店の100年と苫小牧』が開催された。

 明治期から王子製紙の厨房で働き、大正期に独立した山下十治郎が開いたのが苫小牧の第一洋食店である。氏は横浜グランドホテルでフランス料理を学び、札幌の豊平館にも勤務し、苫小牧王子製紙の迎賓館の司厨長として迎えられた。独立後はなんと初代の苫小牧消防長でもあったという。実に多才であり、多彩な人脈を築いていたようだ。

 二代目の正氏は民芸運動に共鳴して、濱田庄司、芹沢銈介の作品などを揃え、川上澄生の版画を飾った。什器の多くは銀座のたくみ、札幌の青盤舎などで購入したという。白老に疎開していた川上澄生や芹沢に作ってもらった蔵書票、カレンダー、マッチラベル等はとにかく沢山ある。現在でも使っているメニュー表は川上の手による。濱田、芹沢、バーナード・リーチなどが店を訪れた。

 現在残る氏の蔵書を見ると当時の日本でも最良の選書眼の主だったとうなずける。教育委員長を務めたりした経歴の持ち主だった。店が苫小牧の文化サロンになるのは当然の巡り合わせだろう。

 三代目の明氏は東北大学の混声合唱団でバリトンを受け持ち、卒業後は全音楽譜出版社に勤務の後に店を継いだ後は店内でのコンサート開催などを重ねた。北海道文化財団理事、苫小牧オペラ同好会会長などを歴任する。

 かように多才な血が三代も続いたのは幸運であったが、何と言ってもここはレストランであり、料理の味が一番重要なのである。合成調味料の味が一切ないコーンスープ、素朴なコロッケやハンバーグ。苦くない濃いコーヒー。古き良き日本の洋食を守ってきたこのレストランがハーフ・ティンバーの建物とともに閉店しようとしている。2階の個室洋室や和室も含めて、近代化遺産ともいうべき素晴らしい洋風建築がまた一つ消えようとしているのだ。

 銀のカトラリーや特注の食器、益子焼や富本憲吉などの陶磁器。すべてまとめて保存する手立てはないものだろうか。例えば、苫小牧民芸館としての再出発はできないものだろうか。

第一洋食店
苫小牧市錦町1丁目6-21 tel. 0144-34-7337
JR苫小牧駅より徒歩約10分
月~金 11:30~15:00 17:00~21:00
土・日・祝 12:00~15:00 17:00~21:00
不定休
※コロナの状況により営業時間等が変わる可能性があります。詳しくはお問い合わせください。

全文を読むにはログインしてください。


「常設」に会いに行く バックナンバー

「常設」に会いに行く vol.23 2023年2月20日

荒井工芸館

白老で創作木彫り作家・荒井修二の作品に出会う読む

「常設」に会いに行く vol.22 2023年1月16日

有島記念館

美術館の個性は常設コレクションにあり!北海道内の美術館の「常設展」を訪ねます。読む

「常設」に会いに行く vol.21 2022年12月19日

北海道立釧路芸術館

釧路芸術館は写真のコレクションが充実している。読む

「常設」に会いに行く vol.20 2022年11月21日

モエレ沼公園

大地に刻んだイサム・ノグチの夢読む

「常設」に会いに行く vol.19 2022年10月17日

北一ヴェネツィア美術館

北一ヴェネツィア美術館は、株式会社北一硝子が建てたヴェネツィア風の建物に本場ヴェネツィアのガラスを招いて作った美術館である。読む

「常設」に会いに行く vol.18 2022年9月20日

木田金次郎美術館

中学の国語の教科書に載っていた『生れ出づる悩み』が、有島武郎を読んだ初めだった。読む

「常設」に会いに行く vol.17 2022年8月15日

ニトリの小樽芸術村に4月に加わったアールヌーヴォーの館

この春に小樽で開館したばかりの西洋美術館にはステンドグラス、アールヌーヴォーのガラス、近代のブロンズ彫刻などの他に家具がある。読む

「常設」に会いに行く vol.16 2022年7月19日

苫小牧市美術博物館

苫小牧市美術博物館はその名の通り、博物館と美術館の両方の機能を持つ。もっとも英語では同じくミュージアムであるが。読む

「常設」に会いに行く vol.15 2022年6月20日

相原求一朗美術館(中札内)

中札内村にある六花亭アートヴィレッジで、もっともよくそのコンセプトを表すのは相原求一朗美術館ではないかと私は思う。読む

「常設」に会いに行く vol.14 2022年5月16日

第一洋食店(苫小牧)

 2019年に苫小牧市美術博物館で『特別展 第一洋食店の100年と苫小牧』が開催された。読む

「常設」に会いに行く vol.13 2022年4月18日

国立アイヌ民族博物館(ウポポイ内)

5月15日までウポポイで開催されているテーマ展「白老の衣服文化」はウポポイの収蔵品を中心に各地の館からも貸借しての意欲的な展示である。読む

「常設」に会いに行く vol.12 2022年3月22日

芸術の森美術館

 札幌芸術の森美術館ではこの3月13日まで『きみのみかた みんなのみかた』と題した展覧会を開催していた。これは収蔵品の「みかた」について一つの視点を提示し、鑑賞の幅を広げようという企画である。読む

「常設」に会いに行く vol.11 2022年2月21日

市立小樽美術館

文学館と隣り合った美術館で出会う小樽の作家たち読む

「常設」に会いに行く vol.10 2022年1月17日

小樽芸術村 ステンドグラス美術館

 「ステンドグラス美術館」はニトリが運営する小樽芸術村の中にある。旧高橋倉庫と旧荒田商会の歴史的建造物を再生して、小樽の古い町並みを保存する一助ともなっている。読む

「常設」に会いに行く vol.9 2021年12月20日

本郷新記念札幌彫刻美術館

宮の森の本郷新記念彫刻美術館への道を登っていくと、途中の松の木の下でブロンズ製の乙女がギターを奏でていた。読む

「常設」に会いに行く vol.8 2021年11月16日

北海道立近代美術館

 道立近代美術館は、大きな企画を持ってくる所と一般的には思われている。ゴッホ展などにはたった2、3ヶ月の会期中に何十万人も入る。しかし実は5000点以上の収蔵品を持つ大きな美術館でもある。読む

「常設」に会いに行く vol.7 2021年10月18日

札幌芸術の森野外美術館 気持ちよい屋外空間で出会う作品群

 札幌芸術の森野外美術館はとても気持ちの良い美術館だ。野外美術館はどこもそうかもしれない。読む

「常設」に会いに行く vol.6 2021年9月21日

北海道立帯広美術館 自然との対話

 広い広いどこまでも続く土地。私たちが帯広と聞いてイメージするのはそういう風景である。読む

「常設」に会いに行く vol.5 2021年8月16日

中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館 ブロンズと友情の作家

中原悌二郎(1888〜1921)といえば、東京新宿中村屋を連想せざるを得ないだろう。読む

「常設」に会いに行く vol.4 2021年7月19日

北海道立函館美術館 西洋文化の窓口、東洋美術の精華

 北海道立函館美術館は、道内では最も早く開けた土地柄からして古くからの文化があり、特に書に関するコレクションが充実している。読む

「常設」に会いに行く vol.3 2021年6月21日

小川原脩記念美術館 失意と回復の狭間で

小川原脩(おがわらしゅう)(1911〜2002)は北海道以外の地域で意外に知られる画家である。読む

「常設」に会いに行く vol.2 2021年5月17日

北海道立旭川美術館 北の木工を支える人々

美術館の存立理由は世界中から借りてくる名品を展示する企画展にではなく、その館が所有する所蔵品にある。読む

「常設」に会いに行く vol.1 2021年4月19日

北海道立三岸好太郎美術館

三岸好太郎の代表作は?と副館長・五十嵐聡美氏に問うと「のんびり貝」と「飛ぶ蝶」だという返事が返ってきた。読む

先頭へ戻る