昔、アイヌのお婆さんが和人の病院に入院して、水洗トイレに驚いて退院してしまったという話を読んだ。アイヌは水の神様を大事にするので、水の神様の上に失礼なことはできない、と言ってのことだったという。
モエレというのは、アイヌ語で静かな水面やゆったり流れるという意味だと知った時、この話を思い出した。モエレ沼公園はかつてのゴミ捨て場。ゆったり流れる、つまり水の場所をゴミの埋め立て地にしていたのだから、さぞかしアイヌの神様はお怒りだったのではないだろうか。しかし、そのゴミの山の上に素敵な公園を作ったのだから、お怒りはとけただろうか。
イサム・ノグチが若い頃から生涯をかけて公園制作を望み、そして札幌の地と縁が結ばれ、生涯の夢が叶えられることになった時、その設計図を残して、彼の生涯は尽きた。84歳だった。
この公園に子供達を連れてくると、プレイマウンテンやモエレ山にすぐに登りたがる。自然の山らしい木や岩は何もない、ただ小高いだけの場所である。平地には針葉樹が植えられ、芝生が敷き詰められている。ここの芝はただ刈るだけで、除草剤などは撒いてないという。
様々な形の水の造形、各種の噴水がそこここにある。正確には水の造形というようなものはできない。人ができるのは水の流れを調節し、ある形に伸び上がり、細波を作るように誘導するだけである。アクセスがあまり良くないのに、年間80万人が訪れるその魅力は何と言っても、人工物であって自然であることだろう。彫刻家であるノグチが心血を注いだ所以はそこにある。
全ての芸術は自然に憧れ、自然を越えようとする。その皮膜の間で芸術家は苦しむ。しかし、ノグチは実に稀な幸運な作家だったのではないだろうか。札幌の東側は水が出やすい土地柄である。出水時の対策として、遊水池の役割も果たすように設計されているというが、まだ一度もその役が必要とはされていないそうだ。水の神様のお怒りはとけているかもしれない。これからもどうぞ神様、沼をゴミで埋めた人間の愚かさをお許しください。
モエレ沼公園 札幌市東区モエレ沼公園1-1 tel: 011-790-1231 札幌市中心部から車で約30分。 入場無料。7:00〜22:00 ※ゲートにより早く閉まる場所あり。公園は無休。園内施設は定休日あり。利用時間も異なる。詳しくはホームページ等でご確認ください。