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>HOME >新聞の片隅に >「削り取られる戦争の記憶」(2022/8/15)

VOL5:削り取られる戦争の記憶

 朝日新聞の「声」欄では、偶数月の第3土曜日に「語りつぐ戦争」の特集を組んでいる。過去に掲載された体験談もデジタル版で見ることができる。その中で、2018年に投稿された滋賀県の藤崎高男さん(当時92歳)の文面に目がとまった。

 『シベリア凍土 積まれた遺体』との見出しで、次のような一文が綴られていた。

 「荷下ろし、鉄道工事、伐採。食事は粗末な黒パンなどわずか。冬は零下35度でも作業。私は凍傷になり左足の指先2本が腐って切った。ある朝の起床時、2段ベッドの私の上の男性が起きてこない。冷たくなっていた。仲間と運んだが、遺体置き場は凍土の上にテントを張っただけ。約50体が積まれていた」

 シベリアでの抑留生活の過酷さは想像を絶する。さらに文中には、私にとって忘れることのできない地名があった。

 「イズベストコーワヤ地区」。ソ連軍に武装解除された藤崎さんは昭和20年9月末、シベリア鉄道の貨物に乗せられ、ハバロフスクを経てさらに西のこの地に連行されたという。

 厚生労働省が保管する旧ソ連邦抑留中死亡者名簿に、私の祖父の名前がある。推定される死亡場所として記されるのが「イズベストコーワヤ地区」。祖父は昭和19年に34歳で招集され、旧満州に送られた。その後、捕虜としてシベリアに抑留されたが、戦病死した時期や経緯など詳しい記録は残っていない。

 藤崎さんの投稿は「体の続く限り、語り部をさせてもらいたい」と締めくくられていた。もしかしたら祖父のことを何か知っているかもしれない。藤崎さんが体験談を語っていた滋賀県平和祈念館に問い合わせたが、2018年5月を最後に活動の実績は確認できないという。

 戦後77年。その記憶は一日一日と着実に削り取られている。

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