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発生から9月で5年になった北海道胆振東部地震で、山の大規模表層崩壊があった厚真町吉野地区に通って、農業を営む早坂信一さん(58)を取材した。地震後、誰も住まなくなった集落で、ほかの住民らから託された農地を含め、1人で3㌶余りの田畑を守っている。
町の農業委員や土地改良区の役員を務める早坂さんの元には、被災後の農業について研修に訪れる人も多い。両親や親しい人たちの多くを亡くした悲しみの大きさは想像すらできないが、手塩にかけた水田や畑を背に、自身が見聞きしたことを時に笑顔を交えて気丈に話す姿に、メモを取る記者の方がいたたまれなかった。
その中で不思議な思いを抱いた話がある。吉野地区では十数軒の家が崩落した土砂に一気に押し流されたなか、1軒の住宅だけが被害を受けず、元の場所に建っている。「あの家のオヤジさんは、丁寧に家の周りの草刈りをしていた」。早坂さんを含め地区のほとんどの住民は、除草剤に頼っていたのだという。
薬剤で根絶やしにしてしまうのではなく、こまめに草刈りを繰り返したことで、地中に張った草の根の力が、大地震や表層崩落から家を守ったということだろうか。科学的な根拠や合理的な説明がつかず、記事にはできなかった。
「湧き水が急に濁った」「大雨で山の中腹に、もやがかかると斜面が大崩れする」。これまでにも自然災害の現場で取材をすると、地域の言い伝えなどに従って、生き延びた住民の話を何度も聞いた。
そういえば最初にお目にかかった8月下旬、例年より早く収穫期を迎えた田のあぜ道で、早坂さんは熱心に草刈りをしていた。「9月になれば追悼式。発災の6日が過ぎれば、すぐ稲刈りです」。草刈りはイネに害虫を寄せ付けない重要、不可欠な作業だ。
あの家を巡る話を聞いたためか、自然と向き合う早坂さんの姿が鮮明に記憶に残る。災害が起きても犠牲者を出さない対策、準備とは何か。被災地を歩き回りながら思いを強くした。
執筆者
朝日新聞北海道支社・苫小牧地区担当記者
松本 英仁
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