VOL.53
「サムライ」といっても、刀を差したお侍のことではない。札幌や旭川、函館など北海道各地にかつてあった、ごく貧しい人たちが集住した場所=通称・サムライ部落のことである。
紋別に住む田島ユミ(田中鈴子)は、祖母を亡くし、離れて暮らしていた父(小沢昭一)に引き取られる。「都会の市営住宅」と聞いて喜ぶユミだったが、到着したのは小樽の町外れにあるオンボロ長屋。住民の大半はくず拾いで日銭を稼ぎ、「サムライ部落」と白眼視される場所だった……。
原作は、小樽出身の山中恒さんによる児童向けの同名長編小説(1960年、講談社)。山中さんといえば、大林宣彦監督の映画「転校生」「さびしんぼう」の原作者(前者は『おれがあいつであいつがおれで』、後者は『なんだかへんて子』が原作名)で、ほかにもたくさんの児童読み物やノンフィクションを手掛けているが、本作はデビュー当初の作品。故郷・小樽を舞台に、被差別地域に住むことになった少女のまなざしを通して、社会の実相や人間の在り方を見つめる。
と聞くと、堅苦しい苦労話や涙をそそる美談を想像するかもしれないが、そこは子どもたちにとって本当に面白い物語を追求し、〝児童読み物作家〟を自称する山中さん。気が強くて心根の優しい主人公・ユミをはじめ、登場人物誰もが生き生きと描かれていて楽しい。今村昌平が脚色した映画版では、原作の明るさをすくい取りながらも、実際に小樽で長期ロケし、現地の劇団員や子どもたちも出演しただけあって独自のリアリティーが加わっている。また、サムライ部落に住みながら港で働き、婚約者との甘い生活を夢見る好青年・マキタを浜田光夫、映画版オリジナルキャラクターとなる父の再婚相手・やすを南田洋子が演じ、作品に彩りを添えている。
さて、サムライ部落から小学校に通うことになったユミだが、マキタ(浜田)や知り合った女子高生(田代みどり)から、住所は友達に内緒にするようアドバイスを受けて戸惑う。さらに、連れ子の自分にも親切なやす(南田)が、外では他人のフリをすることにショックを受ける。サムライ部落は〝恥〟なのか……。複雑な心境の彼女は、ある出会いに心を揺さぶられる。サムライ部落からも見下される浮浪者集団「ノブシ」の女の子・ミヨシ(高橋千栄子)だ。
イラストのひとつは、ノブシの子どもに請われたユミが歌を教えるシーン。原作では尋常小学唱歌「青葉の笛」だったが、映画版では当時の流行歌「上を向いて歩こう」に変更。その後、小学校の校庭に現れたミヨシが、突然歌い出すのもこの歌だ。「私も学校に行きたい!」という思いを精一杯込めたミヨシの歌声に、胸が詰まる。
原作では、ユミの善意ある行動が新聞に載ることで〝サムライの子〟だとバレるのに対し、映画版はひと味違う展開を用意する。ラスト、家族と砂利道を堂々と歩き、クラスメイトの男子に元気に声を掛けるユミ。その弾けるような笑顔に、心が洗われる。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。函館ロケ「そこのみにて光輝く」(2014年、呉美保)は、函館の砂山にあったサムライ部落を想起させるバラック暮らしの家族が登場します。北海道のサムライ部落とは全く異なりますが、日本の部落差別問題に迫るドキュメンタリー「私のはなし 部落のはなし」(2022年、満若勇咲監督)を3月、キノマド&fuchiの自主上映会で鑑賞。部落の起源と変遷、そして現代を生きる人々の率直な言葉を、今も反芻しています。
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