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監督:内田吐夢
ロケ地:岩内、北斗(七重浜)、函館
68年前の1954年9月、北海道は悲痛な思いに沈んでいた。26日に到達した台風15号が、函館港に停泊中の青函連絡船「洞爺丸」など5隻を転覆・沈没、さらに日本海に面した岩内町に大火をもたらしたのだ。前者は死者1430人に上り、後者は町の3分の2を焼き尽くす大惨事となった。
道内で同時に起きた2つの悲劇を架空の殺人でつなぎ、時代設定を「終戦2年後=1947年」に遡らせた長編推理小説「飢餓海峡」は、作家・水上勉の代表作。書籍が発売された2年後、内田吐夢監督がメガホンを取り映画化した。
物語は、火の手が上がる岩内の町から3人組の男が逃げ出すシーンから始まる。途中で青函連絡船の転覆事故を知った3人は、混乱に乗じて津軽海峡を渡ろうと画策。ところが、青森の下北半島にたどり着いたのは、がたいのいい大男・犬飼多吉(三國連太郎)ただ一人。地元の娼婦・杉戸八重(左幸子)と知り合った犬飼は、八重に札束を渡して姿を消す。一方、函館ではベテラン警部補の弓坂(伴淳三郎)が、引き取り手がない遭難遺体2体に疑問を持っていた……。
荒廃した世界観を表現するため、あえて画面をザラつかせようと16ミリで撮影したフィルムを35ミリに拡大する新手法を考案。また、喜劇役者の伴淳がシリアスな役に挑戦するなど、撮影時から話題に事欠かなかった本作。斬新な試みや熱演は今も色褪せないけれど、それ以上に私の胸を打つのは、社会の底辺でもがきながらも、他人への優しさを忘れない登場人物たちの姿だ。
たとえば、犬飼とヒロインの八重が森林軌道の車両で出会うシーン。犬飼が貴重なタバコ1箱をお年寄りにあげると、それを見た八重が「あんた親切な人ね、私にはわかる」と大きな握り飯を差し出す(うまそう!)。木材を運ぶ森林軌道は人の乗車は無料、その代わり命の保障はなかったとか。乗客は皆粗末な身なりだが、なかでもボロボロの復員服をまとう表情の硬い犬飼に対し、気さくに接する八重の明るさに救われる思いがする。それだけに、彼女が家族の借金のために「花家」で働いていることを知り、犬飼が取った行動を責める気にはなれない。10年後、再会を果たした2人のてん末が、ただひたすら悲しい。
八重殺しの容疑者となった犬飼の経歴を味村刑事(高倉健)たちが調べるうち、浮かんできたのは、京都の貧しい農村で苦労を重ね、北海道へと渡った壮絶な過去だった。殺人を認めない犬飼に若手捜査員が怒りを募らせる中、10年間この事件に振り回された弓坂は静かに語る。「貧乏人の金に対するおそろしいほどの執念は、極貧の味を知らないものにはわからない」。
戦後の混乱期、汚れた金を使ってでも生きることを選んだ犬飼と八重。2人の罪は、果たして個人の問題なのだろうか。たとえば私の亡き祖父母、当時の〝飢餓〟を実際に体験した方々なら、この物語を、あのラストをどう受け止めるのだろうか。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「飢餓海峡」は本作の後何度もドラマ化されており、1968年のNHK版では犬飼・八重・弓坂役を高橋幸治・中村玉緒・宇野重吉、1978年のフジテレビ版(浦山桐郎監督)では山崎努・藤真利子・若山富三郎、1988年のフジテレビ版では萩原健一・若村麻由美・仲代達矢が演じています。本作で私が好きな左幸子が「爪」に語り掛ける妖艶なシーンが、各ドラマでどう映像化されたのか気になります。
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