VOL.43
四方を海に囲まれた北海道。漁業生産量は全国の約2割を占め、漁業従事者数も日本一の「水産王国」とあって、ロケ作に漁師が登場することも少なくない。ニシン漁場を舞台にしたアクション映画「ジャコ萬と鉄」(1949・64年、※1)を金字塔とするならば、マグロ漁を巡る愛憎劇「魚影の群れ」(1983年、※2)、道南のコンブ漁師に嫁いだ女性の葛藤を描く「海猫」(2004年)も忘れられない。「シムソンズ」(2006年、※3)の大泉洋も、「ハナミズキ」(2010年、※4)の生田斗真も漁師だった。
「荒い海」も小樽の漁師一家で育った若者・洋二(渡哲也)が主人公。だが、先に挙げた作品群と一線を画すのは、捕鯨船で働く男たちの群像劇という、今なら映画化困難なテーマに挑んだ点だろう。
物語は、東京の大学に通う洋二(渡)が、漁師の兄・太一郎(伊藤初雄)のもとに突然帰省する場面から始まる。聞けば学生運動に参加した友達を助けようとして停学になり、人生に疑問が生じたという。「大学を辞めて働きたい」と言う洋二を叱り、再び漁に出る兄。焦燥を募らせる洋二は、幼馴染の克之(高橋英樹)と再会し、南氷洋行きの捕鯨船にともに乗り込もうと決意する。
クジラ肉になじみがなく、不勉強な私はピンとこなかったけれど、捕鯨船と聞いて驚いた方もいるのでは。何しろ捕鯨をめぐる国際情勢は今や混沌としており、海外ではタブーな話題といっても過言ではない。映画の公開時は反捕鯨活動がまだ活発でなかったとはいえ、国際捕鯨委員会(IWC)が減少鯨種の捕獲を禁止し始めており、商業映画で「捕鯨」を扱うにはそれなりの覚悟が必要だったと思う。
それが実現したのは、ひとえに山崎徳次郎監督の情熱ゆえ。当時の小樽ロケを伝える北海道の地方紙によると、監督はシンガポールで「日本人漁民の力強さに打たれ(中略)ひとりで日本水産(※筆者注、ニッスイ)などに働きかけ協力を獲得」。なんと日活を退社して会社を立ち上げ、フリーのスタッフと撮影に奔走した裏話が紹介されている。確かに捕鯨シーンはドキュメンタリータッチで迫力満点。巨大なクジラを水揚げ・解体する作業の過酷さが、血みどろの甲板やリアルな音から鮮烈に伝わってくる。
興行的には振るわず、北海道ロケ史の中でも目立たない本作だが、今見直すと貴重な捕鯨の記録はもちろん、物語の随所に織り込まれた戦争の生々しい記憶が目を引く。出航前に生みの母(左幸子)と初対面し、戦死した実父について聞かされる克之(高橋)。魚雷船で戦死した弟を30年間供養し続けるベテラン砲手・大垣(永井智雄)。大垣の弟の攻撃を現場で指揮し、一人生き残った宗方船団長(西村晃)。事情が明かされるにつれ、それぞれが平和で国際的な海の仕事に誇りを持っていることがよく分かる。
青年が4人並ぶイラストは映画のラストシーンから。戦後を前向きに生きようとする笑顔がひたすらまぶしい。ちなみに、一番右は若き日の田村正和! 生意気な新入り役をナチュラルに演じ、この大真面目な映画に爽やかな風を吹かせている。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。山崎徳次郎監督は日活専属時代、赤木圭一郎主演・釧路ロケありのアクション映画「俺の血が騒ぐ」(1961年)を監督!原稿執筆中にDVDを見つけて注文し、到着待ち。面白かったら、いつかご紹介したいです。 ※1~4は、本コラムでご紹介した作品です。プレミアムプレスの公式サイトで読み直すことができます。
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