VOL.35
岩見沢にあったばんえい競馬場の仕事に祖父が携わり、今や世界で唯一の開催地となった帯広で育った私だが、馬を身近に感じたことはなかった。北海道の馬文化や歴史に興味を持つようになったのは、大人になってから観た映画「馬喰一代」のおかげである。最初は「馬喰」の読み方(=ばくろう)も、意味(=馬の売り買いを商売にする人)も分からなかったけれど。
主人公は、北見で馬喰として奔放に生きる片山米太郎(三船敏郎)。義侠心が強い米太郎は、仲間から一目置かれる存在だが、大酒飲みで賭博好きな性分から一人息子・太平の粉ミルク代さえ事欠くような暮らしを送っていた。ところが、妻を病で亡くしたのを機に心を入れ替え、太平を大切に育てるようになる。映画のメインは、「馬喰の子は馬喰だ!」が口癖だった米太郎が、タイトルの言葉を口にし、息子を新しい世界へと送り出すまでのドラマを情感豊かに綴る。
若き三船敏郎が主演し、志村喬(米太郎のライバル的存在・馬追の六太郎役)と京マチ子(米太郎に思いを寄せる勝気な女性・ゆき役)共演という贅沢なキャスティング! 特に、野性的な魅力と不器用な父性愛を体現した三船の存在感は抜群で、汽車を馬で追いかける感動のラストシーンまで目が離せない。
こんなに面白い作品の原作はどんな内容なのかと、古書店で見つけた原作本を開いてびっくり。三船演じた主人公のモデルは、原作者・中山正男の実父! しかも、実際の“米さん”は映画以上に豪快で、「野性と直情を思いのままに(中略)やりたい放題のことをして一生を終った父であった」と、本書(1965年発行、東都書房)の第2部「馬喰一代の最期」で回想している。型破りな父からあふれんばかりの愛情を注がれた中山が、馬喰である父の生き様と自分たち父子の絆を物語化した原作小説は、1949年に発表されるや多くの共感を呼び、すぐ映画化されたのが本作である。
島耕二監督・市川猿之助主演で作られた「続・馬喰一代」(1952年)は、中山の故郷・留辺蘂(現北見)で撮影。1963年には、三國連太郎主演で再び映画化され、道内で大規模なロケを行ったそうだが、残念なことにどちらもDVD化されておらず、私は未見。本作の道内ロケは不明だが、“北海道生まれの名作映画”と自信を持ってお勧めしたい。
「本物の馬喰さんに会ってみたい」と願っていた私が、「父が馬喰でした」という札幌在住の方にお会いできたのは5年前のこと。足寄で馬喰業を営んでいた亡きお父様の思い出話は、映画に負けないほどドラマチックなものだった。本作の公開時、その方は札幌で寿司店を構えていたそうだが、「やっぱり題名に惹かれて見に行きました。…泣きましたねぇ、父と似ていたから」と振り返っていた。
北海道の人と暮らしを支えた馬。私の亡き祖父は、馬にまつわるどんな記憶があったのだろう。幼い頃見た、競馬場で働く若かりし日の姿を思い出す。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。原作者・中山正男の故郷、留辺蘂には保存会があり、さらに「馬喰一代」と名付けられた地酒や酒まんじゅうを通して功績を伝えています。余談ですが、今や廃れた「馬搬(ばはん)」(=山で伐採した木を馬で運び出す仕事)で起業した厚真町の男性にスポットを当てた「馬搬日和」(山田裕一郎監督)がインターネットで公開中。馬の可能性と魅力を感じることのできる短編ドキュメンタリーです。
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