VOL.9
本物の探偵には会ったことがないけれど、映画に出てくる探偵は格好いい。
といっても私が好きなのは、どこかおどけて三枚目、でも、ここぞという時には強くて優しい、哀愁漂う探偵だ。レイモンド・チャンドラー原作の「ロング・グッドバイ」(1973年)、ロンドンが舞台のラブストーリー「フォロー・ミー」(同)、松田優作主演の「探偵物語」(83年)。そんな探偵映画の中でも愛着があるのが、「探偵はBARにいる」だ。ご存じ北海道出身の大泉洋が札幌・ススキノの“プライベ-ト・アイ”を名乗り、とある依頼から事件に巻き込まれるアクション・エンターテインメントである。
1970~80年代に流行った東映のハードボイルドスタイルを懐かしむ方も多いようだが、当時を知らない私にはそのアナログ感がかえって新鮮。大泉と相棒・松田龍平のとぼけた掛け合いに笑い、小気味よい音楽とアクションに乗り、探偵の熱い涙にぐっときた。匂い立つような札幌の街の活写も魅力的で、行きつけのラーメン屋が登場してニヤリとしたり、偶然訪れた喫茶店が撮影に使われたと知り驚いたり、ロケ地に住む楽しさを味わわせてくれた。
また嬉しいのは、札幌出身の洋画家・三岸好太郎(1903~34年)の作品が随所に映ること。最初に気づいたのは、探偵が根城にするバーに飾られた「飛ぶ蝶」。これは、ピンで留められた6匹の蝶のうち、1匹がなぜかふわりと舞い上がる図で、三岸晩年の代表作でもある。実は2013年、プロデューサーの須藤泰司さんを招いて三岸と映画の関わりを語ってもらうセミナーが道立三岸好太郎美術館で開かれたのだが、残念ながら私は行けなかった。そこで当時の学芸員に聞いたところ、三岸ファンの映画スタッフのこだわりで、ほかにも道化がモチーフの作品など計5点のレプリカがさりげなく登場し、物語やキャラクターに深みを与えているという。「飛ぶ蝶」に話を戻せば、自由を求めたあの蝶は、探偵が危険から逃そうとした依頼人(女性)なのか、それとも探偵自身なのか…。あれこれ想像を巡らせるのも面白い。
ちなみにバーのマスター役は、札幌で「SAKE BAR かまえ」を営む本物のマスター・桝田徳寿さん。若いころから俳優を志し、「戦場のメリークリスマス」(83年)「まあだだよ」(93年)などの名作に出演した経験もある彼だが、本作は「ポスターに名前が載ったのは初めて」という記念碑的作品。そんな感慨や撮影秘話を聞くと、わずかなシーンでも見逃せない気持ちになる。
キャストにロケ地、美術セットと、札幌愛に詰まった本作はシリーズ化され、2013年に第2弾、2017年には第3弾が公開された。このコラムにもコメントが多く寄せられ、根強い人気ぶりを感じる。ぜひこれからも、北海道を代表する娯楽映画として続いてほしい。
ところで本作は、ススキノの片隅にあった「ディノスシネマズ札幌劇場」が6月の閉店時に上映した名作特集23本の中に選ばれた。嬉しいような、悲しいような気持ちでスクリーンを見つめ、映画館を出ると黄昏時。余韻を噛み締めたあの瞬間を、私は忘れない。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ)9月28日(土)、私が参加するNPO法人北の映像ミュージアム主催イベント「シネマの風景フェス2019」が札幌プラザ2・5で開催されます。成瀬巳喜男監督「コタンの口笛」(1959年)の上映&トーク。会場でお待ちしています!
「映画と握手」は「北海道マガジンKAI」のサイトでもご覧いただけます。