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>HOME >投稿塾 >VOL257「高校生」
投稿塾
今月の投稿テーマ
『高校生』

部活に夢中でした。その当時はミスドが100円だったので、帰り道に友人とよく食べて帰っていたなと思いだします。今はドーナツも高くなりましたね。(あきさん)

地元の人が誰もいない高校に進学して、学生時代で一番楽しく過ごした時期でした。(みきさん)

まさかプロ野球チームが北海道にくるとは思いませんでした(アダムスミスさん)

今年こそは日本一に!(H)

高校での3年間、部活はバレーボールをやっていました。当時は高い木の小枝の下を通るたびにジャンプしながらアタックの練習をしていました。還暦を過ぎ昔を思い出しながら木の小枝を見上げると届いていたはずのその距離は遠のくばかり。その瞬間に老いを感じながらも高校時代の思い出が走馬灯のように横切り、小枝の上の空を見上げる今日この頃です。(さん)

70年も前、男女共学になり旧制中学からの上級生が何か?怖かった記憶です。(ノリコさん)

もう50年も前の事になります。授業をサボったり悪さもしたけど、今の自分があるのはあの時代の様々な経験があってのことと思っています。(みつゆきさん)

半世紀前、女子高生でした。チカンだらけの満員バス、女子だけで営まれる学校社会、異性は男子校。女子を強く意識し考えながら異性のいない女子学校社会は自律自立していける自由を感じました。それでも学校は良妻賢母に向けた教育を施していましたけれど。(ちゃめさん)

ロバートレッドフォードが大好きになった頃で、アメリカへ行きたいと憧れていました。(あんさん)

毎日バイトに行っていました。
掛け持ちして週7日。
今ではそんな体力なくて若さって凄いなと思います。(ひまわりあんちゃんさん)

吹奏楽部でよく練習してしました。当時の流行りの曲を今でもよく覚えています。世の中のことを何も知らない子どもでした。今も未熟です。(けいちゃんさん)

記憶にないです(まきこさん)

南高在学中、子どもの頃から身体が弱くでも、皆ほとんどが進学するが、母子家庭でそれは望めず何も希望がなかった。卒業後は収入の良い企業に就職するために就職組の中では1番の学力を維持したが、社会の差別にあい、興信所も来たりして、ふつうは学校推薦で入社出来るはずが、私は5社めで卒業間近で就職出来た。先生は私を心配してくれ、入社後も何回か会社まで来てくれた。その事にはほんとうにかんしゃしている。(たかこさん)

かなり前ですが楽しかったぁ~♪
いまだに、その仲間と食事に行ったりLineしたり楽しんでます。
会うとあの頃と変わらないテンションでお喋りマックス!!(みな呑兵衛さん)

「汽車通」でした。今は、「汽車」って言わないですね(笑)(なおさん)

学区で決められた中学校までと違い
自分で選択し入学した高校生活は
好きな映画や音楽の話が出来る本当に
楽しい毎日でした。
その頃からの友人達は私の欠点も知った上で
今でも付き合いが続いています。(mindoraさん)

40年前、部活と好きな子のことしか覚えていない。(なかたんさん)

競馬に出会い、テレビをよく見ていました。(とらうまさん)

高校時代は家がたまり場でとにかく毎日誰かいた。親には死ぬまで頭上がらない。やりたい放題わがまま放題よくやらせてくれました。(福太郎さん)

17歳といえば、もう62年前ですか。文武両道、勉強と部活に一生懸命でした。思えば、一番頑張っていた時期だと思います。娯楽といえば、1年に2回くらい、友達と映画を見に行くくらいでした。夏は汗タラタラの毎日だったことが浮かびます。
(しゅうゆうかんさん)

私は1979年から1981年まで札幌光星高校へ小樽からJRで通学していました。当時は今と異なり男子校で学ランのボタンも7つではなく5つでした。現在の学園の雰囲気はわかりませんが、当時は学年ごとに9クラスありガリ勉タイプの優等生と学生寮にいる地方出身の荒くれ息子がごちゃ混ぜになった環境でした。札幌市の人口は確か110万~120万ほどで個人的には非常に過ごしやすい規模の街と感じていました。(さん)

17歳の夏、夕闇が迫るグラウンド、泥にまみれて追いかけたのは白球と熱狂。 帰宅して白米をかきこみ、眠りに落ちるだけの単調な日々は、今思えば純粋な祈りのようでした。

目標としていた一桁の背番号は届かなかったけれど、あの夏、掌に残った熱い振動は消えません。
夢中で駆け抜けた時間こそが、私の確かな青春の形。 眩しい光の中で、ただ、ひたむきに生きていました。(燻製さん)

何事も中途半端だった私には眩しいくらいの思い出です(H)

悩みが尽きない日々を過ごしてましたが、なんだかんだで数十年。あの時の悩みはたいした事じゃないことが分かります(ねこ吉さん)

51年前に高校生でした。新設高校の1期生でその高校が昨年50周年を迎えました。第1期生は全員高齢者になりました。(テンジャンチゲさん)

アルバイトでこつこつためたお金でロードバイクを購入して、ツーリングを楽しんでいました。(がっちゃんまんさん)

中高一貫校で受験せずに高校生になった丙午の私たちは、しかも女子校だったため本当に“のほほん”とケタケタ笑いの絶えないのんびりな毎日を送っていましたね
おかげさまで40年以上も経った今でも時々何人かの同級生で集まっては女子会を開き当時の話をよくしますね
あの頃は自分たちもまさか60代になるなんて夢にも思っていませんでしたね
現実逃避なのかまだまだ学生気分の抜けないところがあるような気がします 笑

(フランカフランカさん)

高校生時代は部活に励んでいました。
当時のように、ひたすら1つのことに夢中になってみたいですね。(ぼーさん)

毎日遊んでいました。何も考えずに。あの頃の高校生に戻りたいです。笑(なってぃーさん)

高校生時代は、まったく覚えていません。笑
ただ、もう一度過ごしてみたいです。(うさぎさん)

学生時代は最高でしたね。(たかしさん)

札幌市内でしたが、高校までの臨時バスに乗り遅れるともうたいへんで…高校の前には牧場の牛達と何故か一頭の馬
バス酔いがひどく、朝食が食べていけなくなりました(雪桜さん)

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