子供たちの結婚、そして孫の誕生。 私自身も3人の幼い子供を連れての初めての転勤の大変さを経験してるだけに、娘家族の転勤先に何度も手伝いに。今でもその時のことが 思い出され、懐かしく、一度訪ねて周辺を歩きたいと思います。(ピーさん)
永年勤続の表彰を受けた。荒れた私立高校の教師として25年。組合の委員長として学園との賃金交渉。何度か辞めたくなったが妻に助けられて頑張った。なんとか続けた結果の褒美だった。(のりひでさん)
2022年に40年勤めた職場を定年退職しました。これが一番の出来事です。(テツミさん)
息子(41歳)娘(37歳)が成人し就職して私の子育て終了、 それぞれ結婚して、孫も合わせて4人になりました。 この20年で両親実兄も亡くなりました。 今年は2歳から69歳の私まで総勢10名でのお墓参りに、時の流れを感じます。(rieさん)
半世紀ぶり幼なじみの真知子ちゃんに会えた(チロさん)
すぐに真知子ちゃんだとわかりましたか?(H)
昨年結婚50年を迎えて子供孫皆で祝ってもらったこと(タエコさん)
20年前は丁度、還暦であった。息子たちに高級な温泉ホテルを招待され贅沢な気分を味わった。息子の嫁の計らいであると思ったが嬉しかった。(茶トラさん)
20年前はまだ仕事してました。その後、定年で自由時間が増え、仕事道具の片づけや、使っていない物の整理や身の回りをスッキリさせるよう頑張っています。大学の同期会が毎年あり、いろいろな所で開催され、今まで鎌倉、神戸、倉敷、出雲大社、石見銀山、奈良、大阪、川越など毎年楽しみにしています。今年の予定は天橋立です。元気なうちは参加します。(さん)
バブルが弾け勤め先の会社が合併。その余波を受けてリストラ。運良く同じ業界に再就職出来たがその後その会社の吸収合併の繰り返しでした。(いごっそさん)
ちょうど結婚20周年の頃。私自身50代になったばかりなのに、10歳は若く見えていたはず。それよりも、「二足のわらじ」で始めた出版翻訳の3冊目の作業中。フランスの某有名作曲家に関わる本でしたが、その生誕百年記念出版だったので、出版時期に合わせた作業がこの後きつくなりますが、それがまだ感じられない頃。今手がけている7冊目は、この秋で一段落できそう。20年は長いようで、思いのほか短いことを改めて実感。(Yukiさん)
孫、男2。女1がうまれたこと。バレーの踊りや陸上の応援等、大いにたのしんでいます。(ルハさん)
この20年に限れば…娘が志望高校に合格した事です。自分が志望高校に合格した時に匹敵するくらいだったと思います。合格発表を見に行き、帰宅して笑顔満面で自宅のドアをあけた時の笑顔は忘れられません。上の子がダメだったから尚更かもしれませんが…でもこれまでの人生ならば最初の妊娠がわかった時です。(ミケさん)
振り返ると20年もあっと言う間だと感じます。20年前は丁度30歳、自分の人生どう生きていこうかと模索して模索して、目の前の事をただひたすら、こなす日々を重ねていたと思います。 日々楽しく生きる、新しい事への挑戦、発見。未知体験、知らない場所へ行ってみる。新しい人と出会う。そうするとまた新しい自分にも出会える。人と出会いによって、変化、成長、進化しているのかな、なんて。 今も見つけられたとは言い切れませんが、それもまた自分の人生なのかなと感じます。(あかりさん)
何と言っても退職。長いサラリーマン生活を継続契約せず60歳で完。長い休日生活へ突入・・・(ひろ3さん)
数字だけを見ると20年は長いが、過ぎてしまえばあっという間。私にとって過ぎた20年は、退職して生まれ故郷の函館に戻ってきての年月になる。その間母、姉、兄を見送り、自分の命のゴールも否応なく見えるようになって来た。この先のことはもう計画するのは不可能だが、ということは1日を大切に過ごして行きなさいとの先人の教えに従う事と思う年頃だと再確認している。20年、先は長いが振り返ると短い時間だった。(ショーちゃんさん)
辛いことも嬉しいことまあったけれど、一番の変化だったのは、やはり北海道に住むことになったこと。首都圏から一度も引っ越したことがなく、観光でも北海道に来たことがなかったのに、思いがけず住むことになりました。住み始めた時は、毎日が観光客気分で楽しかったです。(りょうこさん)
20年前に生まれた息子が成人し、お酒を飲む姿に年月を感じます。、(なかたんさん)
20年前!我が家の年表では駒大苫小牧高校が3年連続の優勝をかけて早稲田実業と決勝戦再試合というマンガのような大会があったり、日本ハムファイターズが札幌移転後初の日本一になったり、我が家では自宅屋根の塗装を妻と2人で行うなど感動の年だったようです。(キックさん)
マー君とハンカチ王子の投げ合い、まさに熱血スポ根漫画の展開でしたね!(H)
一番は、退職した事。40年働いて自由の身になり、寂しさもありましたが、ほっとしたのも、本当です。そして、学生時代から続けてきた、音楽活動で、CD製作を実現できました。孫も生まれ、まだまだ頑張らねば。(アツシさん)
志望大学の受験に失敗したので一年間浪人生活を送っていました。人生最大の挫折で高校生活最後の一か月は頭の中が真っ白。もうこのまま自分の人生終わっちゃうのかなっと思っていましたが卒業後も高校時代の担任の先生が励ましてくださり立ち直ることが出来ました。この時の先生の献身には感謝しきれません。思った道からはかなり遠回りになってしまいましたが生きてればなんとかなります。(きつねはねつきさん)
10年程前に今住んでいる北海道から母のいる長崎へ米寿のお祝いにサプライズで帰宅したことが一番の思い出です。その母も2年前に亡くなってしまいましたが丁度私の退職を待ってたように看取ることができ「元気でね」というのが遺言でした。(ともこさん)
学校管理職を10年、その後大学で教師を育て10年経ちました。その間、生徒や学生さんと海外に行く機会が何度もありました。若い感性で海外の風を受け日本を俯瞰する姿に、今どきの若者も捨てたもんじゃないと体力と気力を振り絞って今も続けています。特にカンボジアのシェムリアップで小学校建設を起点に地域の発展に尽くす日本人の若者の無私の闘いに、学生と共に共感しその一端を担うべく現地に飛ぶことは最高の幸せです。(まさえさん)
20年で一番の思い出は2024年の横浜DeNAの日本一の年です。(あつしさん)
なんといっても、驚異的に体重が増えたことです。中年になると太るとは聞いていましたがまさかここまでとは…毎日泣きながらゴロゴロしています笑。(タロさん)
子供達が結婚して孫が5人できました。今は東京 埼玉と離れてますが 夏 冬帰省での孫達の成長をみるのが楽しみです。(チロ 華さん)
実家の片付けをしていたら、20年前の古いアルバムを見つけた。そこには、少し色褪せた写真の中で無邪気に笑う若き日の私と友人たちが写っていた。未来への不安など少しも持たず、ただ「今」を全力で楽しんでいたあの頃。20年という歳月は環境も自分も大きく変えたけれど、写真の向こうにある純粋な情熱や仲間との絆は、今も私の一歩を支えている。あの輝かしい思い出は人生の宝物だ。(ふみえさん)
20年前、40歳だった私は、仕事や子育てに追われながら毎日を過ごしていました。現在60歳になり、振り返ると、この20年は子どもたちの成長を見守ってきた大切な時間でした。小さかった子どもたちも今では成人し、それぞれの人生を歩んでいます。そして今は、孫の成長を楽しみにする日々。家族の笑顔や何気ない会話、みんなで過ごした時間の一つひとつが、私にとってかけがえのない思い出です。20年という長い年月を振り返り、家族の絆の大切さを改めて感じています。(たかゆきさん)
ちょうど20年前の2006年9月23日。友人と静岡県の「つま恋」で行なわれた吉田拓郎の野外ライブに行った。小学1年生の娘の運動会と日が被ってしまったが、迷うことなく拓郎のライブを選んだ。私の青春、いや私の人生は拓郎を抜きにしては語れない。2006年の野外ライブも、一生忘れられない思い出となった。(てるひこさん)
娘2人が相次いで結婚し、次々と孫娘が産まれ、いまや7歳と5歳になりました。共に首都圏なので、盆と正月に帰省します。孫の成長に反比例するように体力気力とも老いの衰えが急降下しております。いつまで頑張れるか段々と不安が大きくなりつつあります。(マサトさん)
現在、29歳と27歳の二人の娘の成人式。(ゆうこさん)
すぐに真知子ちゃんだとわかりましたか?(H)
マー君とハンカチ王子の投げ合い、まさに熱血スポ根漫画の展開でしたね!(H)