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>HOME >投稿塾 >VOL265「お酒にまつわる、ほろ苦い思い出は?」
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お酒にまつわる、ほろ苦い思い出は?
2026年10月1日から酒税法が改正。ビールと清酒の価格が少〜しだけお手頃になります。
ビールと言えば、シュワッとしたのど越しと、あのほろ苦い大人の味がたまりません。
頑張った自分へのご褒美にも最高ですよね。
そんなビールと同じくらい、ほろ苦いお酒にまつわる思い出はありませんか?
誰かに話したくなる、あなたのほろ苦いお話、聞かせてください。
お酒を飲まないあなたも、ビールのように苦い話、ありませんか?

20代後半の話です ある時会社の方々とお酒を飲む機会がありました、そこに八丈島のクサヤの干物があり美味しくて沢山食べ余り飲めないお酒を飲みました 次の日の朝口からのクサヤのにおいと二日酔いで会社に出勤しましたが仕事にならなく帰宅いたしました(まさはるさん)

ほろ苦い思い出……思いつきません。(エコじじィさん)

20代で大失恋を経験。眠れないのでお酒を飲むようになりました。ただ、さまざまないきさつの末に、失恋した彼と結ばれました。苦いお酒から嬉しいお酒に変わりました。(moominさん)

アルコール飲料は大好きでほぼ毎日飲んでいます。定年退職後はあまり深酒はしていませんが昨年8月中学のクラス会があり3次会の記憶が全くありません。恥ずかしい限りです。(銭ニャンコさん)

飲んでのほろ苦い思い出は、帰って来たらイヤリングの片方だけ見当たらなかったこと。(猫のりりぃさん)

初めて喫茶店でメロンフィズ飲みましたお酒は飲んだことがなかつたので
ドキドキしましたはつ恋の人に誘われていったのですかちょっと危険な味が
しましたねー(なつえさん)

お酒は飲めません!練習しましたが、身体がアルコールを分解出来ない様です。
でも皆んなとワイワイガヤガヤは大好きで宴席は進んで参加してました。(しんじさん)

酔っ払って転んで、財布とスマホ落としてしまった。翌朝気づいて、転んだ場所に行ってみたらあってホッとした。(まさるさん)

ほろ苦いお酒はなんといっても、22才のときの失恋。意識がなくなるまでと、安い一升瓶の赤ワインを飲み干しました。あ、若い頃はただの大酒飲みだったんです。(とびもんさん)

若い頃、友人たちとの飲み会でつい話が盛り上がり、終電を逃してしまったことがあります。寒い夜に駅で途方に暮れたのは苦い思い出ですが、今では笑い話です。(たかゆきさん)

限界まで飲んだことがないのでほろ苦い思い出、特ににないです。(lalalaさん)

学生時代は飲み会の次の日は二日酔いが当たり前!
どうやって家までたどり着いたかもよく覚えていませんでした。
脚によく覚えの無い青タンができてたなあ。(団子坂さん)

冬の日に、日本酒を飲み帰宅、靴底に雪が付いていたのか、玄関前の階段ですべり、足を痛め、翌日医療機関を受診、アキレスけん断裂と診断され、生まれて初めて入院、手術することに、本当に雪国に暮らす人たちは私のような経験をしないよう、気を付けよう。(teruさん)

初めての高校同期会でビールをを飲み、椅子から立ち上がる時に尻もちをついた。今、思うと何と初心だったのでしょう。(茶トラさん)

寝坊して仕事に遅刻しそうになりました(しーぷすりーぷさん)

二十歳の夏、大学時代の友人と二十歳のお祝いでお店でお酒を飲んでいました。かなり飲みすぎてしまい、気がついたら二人とも砂浜で寝ていて、そこに至るまでの記憶がまったくありませんでした!笑 今では笑い話ですが、なぜ海にいたのか?どうやって行ったのか?本当に何があったのか分からずかなり焦った記憶があります。若気の至りといいますが、学生時代のほろ苦い思い出です。(りょうすけさん)

父は大のお酒好きで毎日晩酌をしていました。その息子の私、お酒に弱いわけがない。今から考えると根拠がない自信。大学2年のとき、友人4人と知り合いの別荘に泊まりに。当然、お酒を買ってというこで、各自好きなものを。私は父が飲むのを見ていたので、日本酒を4合瓶で。買ってきたつまみをテーブルに広げてパーティーの開始。飲みやすい冷やでぐいぐい飲んていたら、急に目が回り、そのままダウン、気分が悪く辛かった~(草取り名人さん)

お酒を飲めない体質なのに 試飲もらったお酒がおいしそうで飲んでみたら
わずかな量なのに寝込んだwwwww(うちの今市くんさん)

家は埼玉県北本ですが、若いころ、時々乗り過ごして終着の高崎まで乗り過ごして駅の外で始発まで待った事がありました。冬の寒い日でした。(てっちゃんさん)

お酒は好きです。
若いころは職場の仲間とよく飲みに行き、二日酔いも度々でした。
二日酔いはつらいので、今はほどほどに飲むようにしています。
(ともゆきさん)

飲み会で飲みすぎてほろ苦い経験はあります(くにこさん)

私はお酒が飲めません。亡くなった主人から、いつも飲まなくて残念といわれておりました。
ふたりで海外旅行に行った折、残念がりながらも私に出された分までも飲んでもらっておりました。私としては飲んでもらえて良かったと思っておりましたが、主人からはいつまでも「お前が飲めなくて残念だ」と言われ続けました。今は懐かしいおもいでです。(ひろこさん)

夫はとてもお酒を飲む人で記念日デートなどでも必ず飲み放題があるようなお店でした。最初の頃は夫がお代わりするタイミングで自分も一緒に注文していたのですが、飲む量がハンパじゃなかったのです。だいたい途中で私が気持ち悪くなりトイレから出てこれなくなったり立てなくなったりして、この人に合わせて飲んではいけないと学習しました。(向日葵さん)

私の若い頃は,会社が終わり次第,飲みに出かけ,飲み屋が閉まるまで,はしご酒でした。
次の日目が覚めると,何処の店で,誰と飲んでいたか思い出せないことが,何度かありました。
今度飲むときは,そんなことが無いようにと,自分に言い聞かせて,飲みに行くのですが,又同じこと繰り返して居ました。(てつおさん)

二十代の頃、気になっていた同僚と初めて二人で飲みに行きました。緊張をほぐそうと勢いよく生ビールを何杯もあおった結果、すっかり酔い潰れてしまい、介抱される羽目に……。翌朝の猛烈な後悔と頭痛、そして結局その恋が実らなかった甘酸っぱい苦さは、今でもビールを飲むたびに思い出します。あの時の青くほろ苦い思い出も、今では良い酒の肴です。(えいじさん)

まったくお酒が飲めないのですが、冷蔵庫に入ってたお酒を水だと思ってごくごく飲んでしまいました。心拍数がなかなか下がらなくて大変でした。(みゆきさん)

大学入学の頃、新人歓迎会で強制的に芋焼酎を飲ませれてしばらくの間芋焼酎等のアルコール類が飲めなくなっていました。(いごっそさん)

ビールと言えば、なんと言っても「札幌大通公園のビヤガーデン」ですね。昔は仕事帰りに行っても座る席がなく、公園の芝生に座って飲むしかなかったけどいい思い出です。成人になってビールを飲んだ時は「苦いなー」と思いましたが、いつの間にか「まずビール」となってしまいました。(チュー助さん)

アルコールは嫌いではないけれどめっぽう弱い私。縁があり某ビール会社に就職をしました。
飲み会はほぼビールなので、たくさん飲めなくて悔しくて家でコソ練しました。
コソ練の成果があり500缶を2本まで飲めるようになり、会社の人に褒めてもらいました。笑
今思えばなぜ飲む量を頑張って増やしたのか…時がたち、今はやはり350缶を1缶で満足しています(mikioさん)

ないですね、せいぜい酔って寝込んでしまったくらい(よっしーさん)

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