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お酒にまつわる、ほろ苦い思い出は?
2026年10月1日から酒税法が改正。ビールと清酒の価格が少〜しだけお手頃になります。
ビールと言えば、シュワッとしたのど越しと、あのほろ苦い大人の味がたまりません。
頑張った自分へのご褒美にも最高ですよね。
そんなビールと同じくらい、ほろ苦いお酒にまつわる思い出はありませんか?
誰かに話したくなる、あなたのほろ苦いお話、聞かせてください。
お酒を飲まないあなたも、ビールのように苦い話、ありませんか?

ガンで手術をし1年間禁酒していました。その後飲むようになったのですが、350缶ビール1缶でホワホワしています。以前はビアガーデンでも男の人に負けないくらい飲んでいたのに...年も取ったしこれで良いのかしら?(まりこさん)

お酒は飲めないので全然ネタになるようなことはないですね~(かおりさん)

20〜30代(ほぼバブル時代)に先輩諸氏と痛飲、終電を逃し泊まり歩いた。コロナ禍を経た今 良い悪いを超え私が形作られたと恥多き想い出と共に得難い時間を過ごしたと思い出す。(ゆうぞうさん)

お酒を飲まないので私のほろ苦い話ではないのですが、記憶がなくなるまでなんで救急車を呼ばれて、店長が付き添って行くと言う場面では、店長がかわいそうに思えましたね。(さささの母さん)

父は毎晩ビールを飲んでいるのに子どもはジュースを飲んではだめ。ビールは毎月びんで一ケース届くのに子どものジュースはない。おとうさんずるいなーと思っていたが、自分が父親になると、夜はビールが飲みたくなり、子どものジュースは食事どきにはダメ、甘いだけで栄養がない、太るなどと難くせをつけて飲まさない。同じことをやっていることに気がついた。ただし、わたしのビールは自分の財布から支払いしているが…。(ミサトさん)

お酒があまり飲めないので、ノンアルコール飲料で、飲んだ気持ちになっています。
昔からノンアルがあったら、もっと楽しかったかも…と思う今日この頃です。(ちかさん)

成人式には、自宅外で大学に通っていてアルバイトで生活費を賄っていたため、初めから不参加でバイトの予定でしたが、前日に友人と前祝いでお酒を飲み、二日酔いでバイトを休みました。


(ヨシヒロさん)

昭和51年、入社したての独身の頃、吉祥寺の寮住まいの身ながら、渋谷、六本木界隈で豪快に飲酒し、終電に間に合わず、六本木からタクシーで帰途。当時で2万円を超えるタクシー請求を受けた記憶がある。初任給が5〜6万円だった頃と思う。頭が回れば、安いホテルに宿泊した方がずっと安上がりのはずが、脳天気な事をしたと酔いが冷めてからしみじみと後悔した記憶がある。(じゅんじぃさん)

ほろ苦い事柄でお酒を飲み始めても、ほろ苦い程度で済まなくなるのです。タクシーを降りた途端に、腰が抜けてしまって、しばらく、雪の降る中を座り込んでいたり、正月に上司の家に呼ばれた後に、近隣の社長の家に押し掛け、皆と一緒に帰るまで、トイレを占有していた事など、とっても苦いのです。(よしあきさん)

子供の時 当時は各家庭で“ドブロク”なる物を作っていました。
子供の口にも甘く美味しく、お正月に皆んなで飲んだら酔ってしまい気付いたら布団の中。
フーフー寝入ってしまい親も慌てたそうです。
戦後間も無く昭和25年頃の話ですが。(丸さん)

私はお酒が飲めないのでノンアルコールビールでほろ酔い気分を楽しんでいます

(ユキノブさん)

7年前の冬、大学生の息子の留学先ベルギーを夫・友人と3人で訪問。北海道在住の我々にとって寒さは問題なく、ブリュージュでは船に乗り、アントワープやブリュッセルでもそれぞれの地ビールを堪能。種類が多くあれこれ迷うのも楽しかったです。若い頃ビアガーデンで中ジョッキ7杯の記録を持つ私ですが、近頃はグラス2杯が限度(酔うより眠くなる)、この現実=年齢を受け止めるのは大好きな黒ビールのようにほろ苦いものです。(ミシャさん)

お酒はひと口目のビールが一番好きです。お酒は強くないので、いつも家族からひとくちいただいてます。(ひろこさん)

初恋(くまちゃんさん)

入社して初めての慰安旅行で、酔ってしまい、腹を出して踊ってしまいました。腹に同僚が口紅で顔を描きました。紙テープの代わりにトイレットペーパーを舞台に、上司が投げてくれました!(ヒデミさん)

お酒は飲めますが、一切飲みません。お店の騒がしさ、雰囲気等全てが肌に合いません。家にアルコールは一滴もない。そもそも、お酒の宣伝自体が不快です!(アンノウンさん)

今から50年ほど前の新人の歓迎会でのこと。土鍋のふたの穴をゆびでふさいで持たされ、そこにビール、日本酒、コーラ、一味、胡椒、タバコの灰など手当たり次第に入れイッキ飲みを強いられ、当然悪酔いしたこと。今ならパワハラの際たるものも、当時は当たり前の恒例行事でした。(マサトさん)

「ほろ」苦い話はありません!苦い話は忘れます!楽しいことだけおぼえています。と、いうようにしています。(ゆさん)

新人の頃飲めないお酒をなんとか飲まなければ商談に支障を来すと飲んでは吐き飲んでは吐きしました。少しは飲めるようになりましたが経験を重ねるうち商談の要諦さえ外さなければOKと気づきました。人間が酒に飲まれる悲しい場面をたくさん経験したあとでした。(たかおさん)

自分の結婚式の二次会で飲み過ぎて姑女に怒られました。あれから40年今だに怒られてます。(えじゅこさん)

若気の至り
日本酒を2合プラスビールなどを飲んで帰宅。
天井がぐるぐる回るのを一度だけ経験しました(rieさん)

申し訳ありませんが、話したくないし言いたくありません。(眞一郎ちゃんさん)

20歳なった頃、大学生の友人達数人と小さなバーに入りました。彼らは何時も自宅の部屋で酒盛りだったのでしょう。社会に出た女性は眩しく思え、お洒落を装ったのだと思います。下戸の私に、大丈夫だから飲んでみなと勧めます。私も大人ぶり、青だったか赤だったかのカクテルに口をつけたのですが、すっかり酔ってしまい、友人たちに抱えられてバーの階段を下りました。恋とも愛とも無縁の、若かった頃の懐かしい思い出です。(ノリコさん)

居酒屋のトイレで眠ってしまった(ライスマンさん)

わが家では、私以外はアルコールに弱くて、いただいたお酒は一人で飲むことが多く、今から思えば家で飲むお酒は楽しくなかったです。(おじさんさん)

小さい頃から父に、呑む、搏つ、買うに気をつけろと、言われて来ました。が、酒には弱く、とても人には言われない失敗は、数知れず。ここでも、恥ずかしくて、とても言えません。悪しからず。(アツシさん)

40年前、新人研修の最後は1泊7日というハードな合宿研修でした。無事修了して帰京する電車の中で飲んだビールのおいしさを凌駕するものはまだありません。(たかこさん)

あまりほろ苦い思い出はなく、私は外では飲まず 落ちつく家飲み派ですが、何時も良い気分で 今ではお風呂上がりに 缶酎ハイ1本を楽しんでいます(凸凹さん)

会社の飲み会で、ワイン店に行って、ワイン3杯を飲んだら、千鳥足になった。(かおりさん)

高校3年18歳時、大学合格祝いで先輩宅に招かれ初めてお酒を飲みました。炬燵で身体も温まり、アルコ-ルがまわって胸がむかつきだし、トイレに向かおうと立ち上がった瞬間、おもいっきりテーブルの前で吐き出し、せっかくのご馳走も見るも無残な姿。先輩曰く、俺は高1から飲んでた、お前が初めてとは知らず、つい飲ませすぎた。悪いことをした。いえいえとんでもない、謝るのは私のほうです、部屋を汚して御免なさい。その後、就職してからも駅のホームや
車内でも経験し、失敗の人生でした。教訓:チャンポンはしないこと。
(たかおさん)

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